シンドリアの周囲には、デカい結界が張ってある。破れないこともないが、それには結構な魔力量を必要とする。それに結界が破られたとなれば、バカ殿含めバカ殿の部下共も黙っちゃいない。面倒事は極力避けたい。
そんなことを考えているうちにも、海上にシンドリアが見えてきた。
どーすっかなぁ…。
持ってきた桃を噛りながら考えていると、目下に小さな船が見えた。
「……お。」
ああ、あれ奪っちまうか。
そんで商人だの旅人だの適当なこと言って、堂々と港から入ってやろう。
そう思い絨毯の高度を下げようとすると、突然海面からでっけえ蛇みたいなのが出てきて、俺が狙っていた船を睨み付けた。
南海生物ってヤツか、あれも食えんのかな?
気味の悪い模様に眉をひそめていると、そいつはいきなり牙を剥き出して船に襲い掛かっていった。
船員の絶叫が響く。
「あ"ぁ!?…んのヤロッ!!人の獲物を横取りすんじゃねーよ!!」
船に近づく絨毯の速度を上げながら素早く杖を取出し、ルフに命令を与える。杖を勢い良く振り上げれば、海面から突き出た氷柱が蛇の顎を貫いた。
間一髪船は無事だったが、突然の激痛に悶え苦しむ蛇のせいで、周りの波が荒々しくなっている。
「ったく、うぜぇんだよッ!!」
揺れ動く船の甲板に降り立ち、とどめと言わんばかりに鋭い氷柱を一発、蛇のこめかみに突き刺した。
死んだな。
俺が口元を吊り上げると同時、南海生物は巨大な波を立てながら倒れていった。
船を潰す勢いだったから、そういうのはまた水魔法で弾き返した。相殺した波の欠片が、船の上にびしゃびしゃと降り掛かった。
さてと、っと。
んじゃあ早速…全員殺すか。
そう思って振り返った瞬間、陽に焼けた色のじいさんがスゲー勢いで俺に向かって走って来た。
「ああ、なんてことだ!!あんたは海の神様の使いか何かか?本当に助かった!!ありがとう!!」
「え?、ちょ、はあ!?」
杖を持ったままの俺の手をがっしりと両手で包み込み、ぶんぶんと上下に振るジジイ。いつの間にか、他の乗組員の奴らも笑顔で俺を取り囲んでいて、状況の理解に戸惑った。
「いよいよ儂らの命もここまでかと覚悟を決めた時、突然海から出た氷の剣が南海生物の顎を貫いたと思えば、お前さんが空から現れおったのだ!!」
いや、一々言わなくても分かるっつの…。
感謝の言葉やらなにやら熱く語っているが、熱すぎて正直引くレベルだ。
何?こいつ等魔法使いも知らなねえわけ?シンドリアにも何人かいたんじゃなかったか?
「あの…じいさん、分かったから、取り敢えず放して。」
「おお、すまんすまん!!」
やっと暑苦しい掌から解放され、両手いっぱいに感じた涼しげな外気にほっと息をつく。
「儂は貿易商をしている者なのだが、どうかお前さんに礼をさせてはくれまいか?命の恩人だ、叶えてやれることなら何でも言っておくれ。」
「礼っつったって…。」
ああ、そうだ。
「じいさん、俺をシンドリアまで送ってくんね?」
送ってくれるっつーなら、わざわざ魔法で海流を操作する必要もないし、昼寝でもしながら楽にシンドリアへ行くことができる。
「シンドリア?勿論だとも!何を隠そう、この船はシンドリアへ向かっていたのだからね。それだけでいいのかい?」
「あー…。そんじゃあ、着替えと、数日遊べるだけの金。くれる?」
「ああ、お安い御用だとも!!」
この格好じゃ色々目立つだろうし、適当に遊ぶにも、あそこじゃ煌は使えねえからな。
にしても……。
「じいさん、アンタいい奴だな。」
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