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運び込まれた卓上に並んだ料理の数々は、これまた煌とは大きく異なっていた。
心なしか輝いて見える見慣れない美味そうな料理に、俺は高揚していた。
しかしそんな俺以上に、隣に座るチビのテンションは高かった。
「わぁ、おいしそうだねぇ!!」
「お、おぉ…。」
初めて正式に遇された俺とは違い、こいつは結構前からシンドリアにいた筈だ。
なのに何だよ、この目の輝きは。
まさかシンドバッド、こいつにまともな飯与えてなかったとか!?…って、そりゃねーか。
「なあ、お前なんでそんな嬉しそうなわけ?」
疑問に思って口にすれば、こてりと首を傾げる。そして白い歯を見せて笑い、「それは勿論、ご飯が美味しそうだからに決まっているじゃないか!」だなんて声高々に言ってきた。
「お前、毎日こーゆーの食ってんじゃねえの?」
「でも、毎日いろんなのが出るんだ。それに美味しいものばかりだから、嬉しいし、ご飯の時間が毎回楽しみなんだよ!」
なんだそれ。
あまりにもガキくさく単純で馬鹿らしくて、
「ははっ、単純!!流石チビ。」
と、俺は思わず笑ってしまった。
「ジュダル君は?」
「ん?」
「ジュダル君は、煌帝国の神官っていう、一応偉いお仕事をしている人なんだろう?」
一応って何だよ、一応って。喧嘩売ってんのか。
まあ確かに、紅炎や紅明達みたいに"仕事"っぽいことはあんましてねえけど。
俺はやけにデカい海老を口に入れながら、肯定の意を返した。
「煌帝国のお料理も、美味しいものが沢山あるのかい?」
「あー、まあうめぇんじゃねえの?」
「あれ、何だいその曖昧な返事は?」
「飽きるぜ?あそこで飯食うのつまんねぇし。」
「美味しいものを食べるのがつまらないのかい?贅沢だなあ。」
「違ぇよ。お前あれだぜ?親父共に囲まれて一人で飯食ってんだぜ?そりゃーつまんねぇだろ!」
それが当たり前で育って来た。だから初めて宴の席に座らせられた時は、大人の難しい話は面倒だったけど、誰かと一緒に飯を食うことが出来るってのが楽しかった。
普通、誰かと一緒に食事をするのは当たり前の光景で。独りの机が、俺が神官っつーお偉い立場にいるからだってのが理由だと知った時は、なんだか腹立たしかった。
「そっかあ。」
チビの言葉は、右肩下がりだった。
なんだよ、まさか可哀想とか思ってんじゃねえだろうな。
「確かに、誰かと一緒に食べた方が美味しいもんね!!」
微塵も思ってねえってか、俺が被害妄想かましただけかよ、なんだその元気な笑顔は。
「僕も…初めて皆でご飯を食べた時は楽しかったなあ。」
「?」
思い出すように呟かれたその言葉に、俺は首を傾げた。
なんだよ、こいつもどっかの箱入り息子だったのか?でも自称旅人らしいし、ツレもアリババクンとあのファナリスだけみてえだけど。
「ああ、でもね?"お店"でおねえさんに食べさせてもらうのも好きだなぁ!!」
「お店ぇ?」
「おねえさん達みぃんな綺麗で優しくて、おっぱい揉んでもヤムさんみたいに怒らないしね!!」
打って変わって身体をくねらせながら喋ったチビの表情は、これでもかというくらい緩んでいた。
こいつまだガキのくせに、なんつー遊びしてやがる。
「どこで覚えてきたんだよ…。」
「アリババ君に連れて行ってもらったんだ!」
問い掛けではない俺の独り言に、チビは元気に答えた。
アリババ君て…あいつ見掛けによらず、こんなガキ連れ遊び場行くなんて何考えてんだよ。まさかあいつ一人で行く勇気無かったとか?
「な、やっぱアリババクンってヘタレなわけ?」
「へたれ?よく分からないけど、アリババ君はモテないよ。」
「あっそ。」
くすりと、自分の口角が上がったのが分かった。
「ジュダル君は?」
「は?」
「ジュダル君は、おねえさん達にモテるのかい!?」
ぐいっと顔を近付けて来たチビの大きな目は、灯りが反射してかきらきらして見えた。
「モテ……ハッ、少なくともお前みてぇなチビやアリババクンよか、よっぽど魅力的だろうよ。」
頬にぐりぐりと人差し指をねじ込んでやれば、チビは痛いだのやめておくれよだの言いながら身体を引っ込めた。そのおかげで、近付いていた距離が元通りになった。
元通りになった、だけ。
チビは俺から逃げようとはしなかった。
それからずっとくだらない会話を続けて、気が付いたら皿の上は綺麗に片付いていた。
久しぶりの"楽しい"食事が終わった事対しての名残惜しさは、腹が膨れた事に対しての満足感に掻き消された。
隣を見れば、チビは相変わらず幸せそうな表情で腹を撫でていた。
……なんか、こいつちょっと体型変わってね?
そんな俺の疑問もよそに、チビは少し重たそうに体を動かした。
「ふぅ…少し食べ過ぎちゃったかなあ?」
また太っちゃったら困るなぁなんて声を聞きつつ、俺はこれからこいつがどうするのかが気になって仕方がなかった。
別に、こいつに限らなくてもよかった。
一緒にいて暇潰しになれば誰でもいい、楽しければ尚良。
そんな軽い考えのはずだった。
「僕、一緒にお風呂入る約束があるから、もう行かないと。」
そう言って歩きだしたチビを、俺は恨めしく感じた。
いや、なんでそう思ったのかは分かんねぇけど、とりあえず苛々した。
ああ、結局お前は俺を置いてアッチに戻っちまうわけね、ハイハイ。
冷めた面して、心の中でそう笑った。
なのに。
「お風呂から上がったら、また来るね。」
部屋から出る直前、足を止めてそう言うもんだから。
「っ、はぁ!?来るんじゃねぇよバカチビ!!」
せっかく冷めた表情が、こうして中途半端にぬるくなる。
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