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「シンドバッド…。」
いつもなら馴れ馴れしいぐらいに笑って近付いてくるものを、この時のジュダルは、人に慣れない野良猫よろしく俺を睨んでいた。
まるで今にも杖を出して攻撃を仕掛けて来そうな勢いだったが、その手が握っているのは杖ではなく、傍らに立つ小さな少年の掌だった。
「お…おかえり、アラジン。」
警戒心よりも驚きの方が勝っていた俺は、とりあえずアラジンと同じように片手を上げた。
「実はねおじさん、お願いがあるんだ。今晩お城に、ジュダル君を泊めてはくれないかい?」
アラジンはあくまで偶然を装いつつ、予め用意していたであろう台詞を述べた。
俺もそれに習い、アラジンの希望通りの答えを返す。
「ああ、構わないよ。」
「はぁ!?」
笑顔の俺に対し、ジュダルは今度は豆鉄砲を食らった鳩のような表情をした。
そんなジュダルに、アラジンは「ふふ、よかったねえジュダル君!」と愛らしく笑いかけていた。
その笑顔に吊られた様に、それまで強張っていたジュダルの顔から力が抜ける。
「はは…マジかよ。お前って、ホントバカ殿だわ。」
「随分今更だな。…アラジン、客人を部屋に案内してくれるか?」
「勿論さ!」
二人が向かおうとしているのは、アリババ君達が使っている部屋からは少し離れた場所にある部屋だ。
アラジンはなるべくジュダルと一緒にいたい(目の届くところにおかなければならない)と言っていたが、流石に隣の部屋というのもいろいろ問題がある。
アラジンに手を引かれ、ジュダルは一歩足を動かしたのだが、すぐに止まり、部屋の入り口を見て薄らと笑った。
「ま、バカ殿がこー言っても、お堅い政務官サマがやれすんなりとは俺を受け入れるわけねーよな。」
ジュダルが肩をすくめると、入り口の影からジャーファルが姿を現した。
瞳は暗く細められ、直ぐにでも襲い掛からんとする雰囲気だ。それをしないのは、俺がジュダルにここに存在する許可を与えているからだ。
「妙なことをすれば、例えシンが許さずともお前を殺す。」
「おーおー、おっかねぇ。」
口元を吊り上げて笑うジュダルに、ジャーファルは舌打ちをした。まさに一触即発という状況に対し、俺は苦笑いを浮かべながら内心ハラハラしていたのだが、ジュダルの手を握るアラジンは始終冷静な表情をしていた。
「でもま、そーいう心配はいらねえよ。」
表情を一変させてふっと息をついたジュダルは、そう言って懐から赤い宝石の輝くロッドを取り出した。
おいおい言葉と行動が一致してないじゃないか!!
思わず立ち上がってしまった俺は、勢いよく椅子を倒してしまった。
ガターンッ!!、と、盛大に木製の椅子が床にぶつかる音。
しかしそれよりも早く、その場には金属が落ちたような高い音が響いていた。
「アンタがソレ預かってれば、何も問題ねーだろ?」
ジュダルの投げたロッドが床上を転がり、ジャーファルの足元で停止する。
「なっ!?」
その行動に流石のジャーファルも驚いた様で、険しい表情を崩して口を開けていた。
「行こーぜチビ…そんじゃ、杖大切に扱ってくれよなー。」
小さく笑ったアラジンに手を引かれ、ジュダルはひらひらと片手を降りながらジャーファルの横を通りすぎて行った。
「……。」
投げられたロッドを拾い上げたジャーファルは、それを俺の机の上に置いた。
「油断してはいけませんよ、シン。」
「……悪いなジャーファル。またお前の心労を増やしてしまって。」
これでも申し訳ないと思っているんだと言えば、彼は「まったくですよ。しかし、もう慣れましたからね。」と言って、小さく笑った。
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