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「前と違う服だから、見付けるのに少し時間がかってしまったよ。」
久しぶりに見たその人は、最後に見たときとは違う灰白色の服を着ていた。
でも、彼をすぐに見付けられなかったのにはもうひとつ理由がある。彼の周りに飛んでいるルフが、極端に大人しいのだ。普段色濃く出ている黒い気配も薄い。
バルバッドで会った時のマギとは、まるで別人のようだった。
もしかしたら、あの時ソロモンの知恵によって見せた記憶によって、彼は心を動かしつつあるんじゃないだろうか。組織の駒として生きる自分に、疑問を抱き始めたんじゃないだろうか。
だとしたら、これは大きなチャンスだ。
この人を呑み込んでいる、大きな闇から救ってあげるための…。
杖を持ってきたのは失敗だった。念のためと思って持ってきたけど、今はただ彼の警戒心を強めるだけの物でしかない……と思っていたのだけれど、どういうわけか、彼は僕を見ても眉一つ動かさなかった。
ああ、これなら……いけるかもしれない。
そう思った僕は座っている彼に少しずつ近付いて、人一人分の間を空けた隣に腰を下ろした。
以前僕を殺そうとしていたその人は、相変わらず何かをする素振りを見せないで、ただ黙ってどこか遠くを見つめていた。
「シンドバッドおじさんが驚いていたよ。君が船を助けたって聞いてね。」
「別に…助けたくて助けたんじゃねえし。」
応えてはくれないと思ったけど、確かな返事が返って来た。それがなんだか嬉しくて、僕はまた少し笑った。
空にはちらちらと星が姿を現し始めた。誰にも言わずに宮殿を出て来てしまったけれど、まあいいか。
耳に届くのは、波の音だけ。そうして暫く、僕達の間に沈黙が続いた。でも不思議と緊張もしなくて、寧ろこの穏やかな時間がもっと続けばいいと思うくらいだった。
しかし時間というものはどうしても流れていってしまうもので。
太陽が沈んで、月の照らす時間になって、僕もそろそろ宮殿に戻らなければと思っていた。
けれどここで僕が一人宮殿に戻ったら、この人はどうするんだろう。きっと煌帝国に戻ってしまう。……それは駄目だ。組織の在るその国に戻ってしまっては、せっかく浄化しかけた彼のルフが、また元の漆黒に戻ってしまう。
それはなんとしても阻止しなければならない。
「……ねえ、今夜の宿は決まっているのかい?」
沈黙を破った僕に、赤い瞳がこっちを見た。
僕は睨まれて「もう帰る」と言われてしまうことを恐れたけれど、彼は何も言わなかった。ただ僕の目を横目で見つめて、まるで僕が言わんとする言葉を"待って"いるかのようだった……なんて、想像が過ぎるかもしれないけど。
僕は立ち上がって、一歩彼に近付いた。
「一緒においでよ、ジュダル君。」
お願いだよ。
僕の手をとっておくれ。
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