05

次の日の放課後、弁当箱を返すとそのまま麻衣を連れてテニスコートへと向かった。


「赤也君、本当に大丈夫なの?」

「へーきへーき!
それより、ここにいろよ?
今日はそこのコートで練習試合する予定だからよ」

「・・・うん」


麻衣の返事は未だどこか戸惑い混じり。
そんな麻衣の表情を見て、俺は安心させるように笑みを浮かべる。


「んな心配すんなって!
何かあっても俺のせいにすりゃーいいだろ?」

「そんな・・・赤也君のせいじゃないのに出来ないよ」

「でも俺が無理やり引っ張ってきたようなもんじゃん」

「ちがっ・・・・・私も、赤也君がテニスするところもっと近くで見たいと思ったから・・・」


微かに染まる麻衣の頬。
それを見て思わずニッと笑う。


「なら他の事なんて気にせずに見てろよ。
すっげー技、特別に見せてやるからよ!」

「・・・うん!」


俺の言葉にやっと麻衣が笑顔で頷く。
それを見てから、俺は部室へと着替えに向かった。










立海テニス部の部室はフェンスのすぐ横に作られている。
部室内を見渡してみるが、入部したばかりの一年が大半で先輩達の姿は見当たらない。
まぁまだ開始まで時間はあるし一人でストレッチでもするか・・・
そう結論付けると、俺はさっさと着替えを済ませてラケットを持って外に出た。
そして・・・・・・・・・・見えた光景に思わずダッシュした。


「何やってんすか先輩達!!!」


「おっ、彼氏のご登場じゃの」

「あっ赤也君・・・」


明らかに途惑っている麻衣の周りには、部室で姿が見えないと思っていた先輩達の姿。
俺がその場に辿り着くと、途端にガシッと丸井先輩の腕が肩に回った。


「やーっと、お前の彼女見れたぜぃ」

「見せもんじゃないっすよ。
それより部活の準備しなくていいんすか?」

「うわっ、聞いたかよジャッカル!
赤也の真面目発言!!」

「あぁ、明日は台風でも直撃するんじゃないか?」

だぁ〜〜〜いいから麻衣から離れて下さいよ!
先輩らに囲まれて困ってるじゃないっすか!」

「ほぉ〜、赤也の口からそんな言葉が出るとはの〜」


明らかに楽しんでいる先輩達の口振り。
俺の事からかってそんなに楽しいっすかと叫んでやりてぇ・・・
しかしそれを実行したところで、さらに先輩達の笑いを誘うってだけなのは短くない付き合いの中で十分に想像出来た。
ここは我慢だと両手を握り締める。
するとクイッと引かれるジャージ・・・
視線を向ければ、不安そうな顔の麻衣がいた。


「あっ赤也君・・・私、やっぱりここにいない方がいいんじゃ」

「あ〜〜もう、先輩達のせいで麻衣がまた帰ろうとしてるじゃないっすか!」

「はぁ?んなの俺達のせいじゃないだろぃ」

先輩達のせいっすよ!
ここまで連れて来るのどんだけ大変だったか分かってるんすか?!」


やっぱり図書準備室から見てるからとか、迷惑になるからと言って動きの鈍い麻衣を半ば無理やり連れてきた。
昨日約束しただろとか、俺がテニスすんの間近で見たいんだろとか言い包めながら・・・
その努力が先輩達の好奇心やらのせいで全部無駄になっちまいそうだってのに平然としていられるわけがない。
どう言って追っ払ってやろうかと考える俺の耳に、クツクツと抑えた笑い声が届いた。
そして・・・


「悪かったのぉ。
赤也は可愛い後輩じゃから皆かまいたくてしかたがないんよ。」


仁王先輩だ。
何が可愛い後輩だ、からかって遊んでるだけのくせによく言うぜ!
思わず俺は顔を顰めた。
しかし仁王先輩は麻衣へと近付くと、一見人の良さそうな笑みを浮べて言葉を続ける。


「ここにおっても誰も迷惑とは思わんし、赤也がああまで言っとるんじゃから気にせんと見て行ってやりんさい」


そう言って仁王先輩はポンポンと麻衣の頭を撫でた。
すると途端に顔を赤くして俯く麻衣の様子に、仁王先輩の笑みが濃くなる。
・・・・・・・・・なんかその光景にムッとした。
俺は不満を表すように「仁王先輩!」と強く呼びかける。
しかし仁王先輩は離れるどころか「なんじゃ?」とかわざとらしく聞き返してくるだけだ。
麻衣の頭に乗せた手を一向にどけようとはしない。
それに苛々しながらもこれ以上どう言えばいいかが分からない。
そもそもなんで俺、こんなに苛々してんだ?
そう疑問に思いつつも、顔は自然としかめっ面になる。
そんな俺の様子を見て丸井先輩らの噴き出すような笑い声が聞こえてきた。
何がそんなに面白いんすか、可愛い後輩苛めて楽しいっすか?!
・・・いや楽しいに違いない、間違いなく先輩らは楽しんでいる。
もういっその事暴れてやろうかと肩を震わせ始めたその時・・・・


「何してるんだい?」


俺らの耳に落ち着いた声が一つ届いた。
声の主の姿はすぐに頭に浮かんで、慌てて視線を向ければそこには想像通りの幸村部長の姿。
しかもその後ろにはご丁寧に真田副部長と柳先輩までいる。


「もうすぐ部活が始まるってのに、いつまで遊んでるんだい?」


その声は穏やかで笑みさえ浮べて言っているが、妙な迫力があった。
この人だけには逆らってはいけないと本能が告げてる気がする・・・
慌てて駆け出す丸井先輩らを見送って、やれやれといった様子で微笑む幸村部長。
そしてその視線は次に俺へと向く。


「赤也も今日の練習試合一番目から組まれてるけど準備は出来てるんだろうね?」

「すっすぐに行くっす!」


ピンッと背筋が伸びるのは最早条件反射だ。
そんな俺の様子に笑みを浮べて、幸村部長の視線は最後に俺の隣に立つ麻衣へと向かった。
そして・・・


「騒がしくて悪かったね。
ゆっくりと見ていくといいよ。
それと・・・赤也の事、宜しく頼むね」


その幸村部長の言葉に麻衣は驚いたように目を見開いた。
すぐ何か言おうとしたのか一度口を開きかけたが、音になる前にゆっくりと閉じられる。
そして言葉を捜すように逸らされる視線・・・・
しかし結局麻衣は、ただ困ったような笑みを幸村部長に向けただけだった。










その後部活が始まって、練習試合はもちろん俺の圧勝。
ただ俺が技出す度に向けられる丸井先輩のにやにや顔には顔を顰めた。
それでも麻衣との約束もあるし、結果自分でも不思議なくらい力が入った試合になっていた。
いつもはレギュラーでもない奴との試合なんてやる気出なかったのによ・・・
・・・頭に浮かぶのは、昨日のナックルサーブを凄いと喜んでいた麻衣の笑顔。
媚びる感じでも無く、ただ純粋に凄かったと伝えようとしてきたあの笑顔は嫌いじゃないと思えた。
いや少なくとも、もう一度見たいと思うほどには好きだったりもする・・・

そんな調子で試合を勝利で終えて、ベンチに投げていたタオルに手に伸ばす。
そしてどんな様子か気になって麻衣の方へと目を向けた。


(あっ、なんかヤベェ・・・)


ついそう思っちまうくらいには、動揺っつーか体が固まった。
汗なんてほとんど掻いてもねーのにタオルを首にかけて、その端で口元を隠す。
・・・たぶん俺、今すっげーにやけた顔してる
それを誤魔化すように軽く咳払いをして、それでも足は麻衣のもとへと向かう。


「あっ、赤也君!今の試合凄かったね!」


嬉しそうな笑顔で、興奮してんのか頬が赤くなってる。
フェンス両手で握って、それでもまるでフェンスなんて見えてねーみたいに視線は真っ直ぐ俺へと向かってくる。
俺はそんなマイの様子に自然と笑い返しながら口を開いた。


「とーぜんだろ?
なんたって立海大2年エース、切原赤也だぜ?」

「うん、本当に凄かった!
えっと、ナックルサーブ?
あれやっぱり凄いね!
近くだから音とかも迫力あって、私始め驚いちゃった」

「あれぐらいで驚くなよ。
威力セーブしてて本気じゃねーんだぜ?
つーか、音ぐらいでビビんなって、真田副部長の技なんて火が出んだからよ

「・・・・・火?」


キョトンと首を傾げる麻衣の様子に思わず噴き出す。
するとからかわれたと思ったのか、途端に恥かしそうに麻衣は俯いた。
耳まで真っ赤。
その様子にますます笑いが込み上げてくる。
やっぱりこいつ、見てて飽きねぇな
そう思ったその瞬間・・・


「楽しそうじゃの赤也」

「ゲッ・・・」


後ろから聞こえてきた声に思わず顔を顰める。
それと同時に首に回ってきた腕。
そのまま力が込められるもんだからグエッとか変な声が出た。


「彼女にいいところ見せれたからって調子乗んじゃねーよ」


笑いが含まれた声が聞こえ、腕の力も増していく。
ギブギブと腕を叩けば大きくなる笑い声。


「おい、その辺にしとけよ?
あんまり騒いでっと真田に気付かれっぞ」


少し離れた所から聞こえてくるジャッカル先輩の声。
つーか言うだけじゃなくて止めて下さいよ、あんたのダブルスパートナー・・・
その後なんとか開放されて思わず咳き込む。

「だっ大丈夫?赤也君」

「・・・・・なんとか」


フェンス越しに向けられる心配気な視線にどうにか答える。
するとバシバシと叩かれる背中・・・


「大袈裟だろぃ」

「いやあんたぜってー加減間違ってたっすよ」


恨み半分、呆れ半分の視線を丸井先輩に向ける。


「これぐらい平気だっての・・・・ジャッカルなら

「あー俺、普通の人間なんで」

「おい赤也、その言い方だと俺が普通の人間じゃねーみてーだろーが」

「普通の人間には肺は4つも無いっすよ」

「そりゃ異名だ異名!」

「・・・・・『4つの肺を持つ男』って微妙だよな。」

「そうっすよね」

「お前らなぁ!!!」


ジャッカル先輩が俺と丸井先輩に向かって叫ぶ。
すると小さな笑い声が耳に届いた。
目を向ければ、おかしそうに笑う麻衣の姿。


(・・・こいつ、こんな風にも笑うんだな)


照れたような笑みや、嬉しさを含んだような笑みなら見た事がある。
でもこんな風に思わず声が出るって感じの笑い方は始めて見た。
何故かそんな麻衣から目が逸らせなくて見ていれば、静かになった事に気付いたのか麻衣が俺らの視線に気付いた。
そして途端に笑いを抑えて慌てて顔を俯ける。


「あっ、ごっごめんなさい。その・・・」

「いや別に謝る必要ねーって。
悪いのはどーせジャッカルだしよ!」

「俺かよ!」

「そーっすよ!
ジャッカル先輩が変な異名持ってるからっすよ!」

「俺が付けたんじゃねーよ!」


軽口を再開させれば、バツの悪そうだった麻衣の顔にも安心したような笑顔が戻った。
その様子に思わず俺の顔にも笑みが浮かぶ。
しかし・・・


「いーい雰囲気なところ悪いんじゃが・・・・・そろそろ戻らんとマズイんじゃなか?」


全然マズイとも思って無さそうな飄々とした顔で言う仁王先輩。
だが確かに部活を抜けてけっこー経った気がする。
いくら練習試合を終えたとは言え、そろそろ戻らないとヤバイ・・・
どっかの眼鏡の部長さんみたいにグランド100周とかになったらたまんねーからな。
俺は慌ててコートの方へと戻ろうとしたが、その背に声が届く。


「あっ、赤也君頑張ってね!」


思わず口端が上がっちまうのを自覚しながらも、振り返ってラケットを持った方の手を振る。
するとやはり控え目に振り返される小さな手。
それでも今のこの距離ならよく見える。
やっぱり半ば無理やりにでも連れて来て良かった。
と、思ったその瞬間・・・


「今度は俺らが試合すっからよ!
せっかくだから、俺の天才的妙技たっぷり見て帰れよ」

「えっ?」

「赤也の技とは違ってマジで天才的だから」

「丸井先輩!!!」


思わず遮るように声を上げた。
なに人のいい気分台無しにしてんだよこの人!!!
思わず睨むように視線を向ければ、返ってきたのはニマニマとした嫌な笑み。


「何だよ赤也?」

「・・・・・・」


・・・いざ問われると、何を言えばいいかわからなくなる。
丸井先輩が天才的妙技とか言い出したのは今に始まったことじゃない。
それこそ中学の頃からだし、『ボレーのスペシャリスト』とか呼ばれるのも実力知ってっから納得出来る。
こんなやり取り見んのもいつもの事なのに・・・
あれっ?そもそも何で俺こんな苛々してんだ?
自分で自分が分からなくなってきて、心中首を傾げていればおずおずとした声が耳に届いた。


「あっあの、先輩達も試合頑張って下さい」

「おうっ!任しとけぃ!」


・・・何か微妙な気分だ。
さっきまであんなに気分良かったのによ・・・
どこか不貞腐れたような気持ちになってラケットで肩を叩いた。
するとそんな俺の様子をクツクツと笑いながら仁王先輩が口を開く。


「俺らはもう行くが、赤也」

「・・・何すか?」

「彼女、まだ何か言いたい事あるって顔しとるけー聞いてやりんさい?」

「へっ?」


言われて視線を向ければ、仁王先輩の言葉が届いていたのか慌てたような麻衣の姿があった。
・・・図星さされて焦ってるって感じだな。
そんな俺らを置いてコートに戻る先輩達。
どうするか少し考えてから、結局俺は再びフェンスに向かった。
すると顔を赤く染めた麻衣がどこか申し訳なさそうな顔をして俯く。


「あの・・・」


どう続けようか迷ってるって感じで途切れる言葉。
この際だからと俺は黙って続きを待つ。
・・・・・そう言や、始めて会ったあん時もこうやって麻衣の言葉を待ったな
思えば何だかんだであれからもうすぐ一ヶ月になんのか・・・
そんな事を思い出していると、やっと言葉がまとまったのか顔を上げた麻衣と目があった。
そしてゆっくりと麻衣が口を開く。


「あの、きょっ今日は連れて来てくれてありがとう。」

「は?いや礼言われるほどのことじゃねーよ」

「ううん。赤也君が頑張ってる姿、こんなに近くで見れて凄く嬉しかった。
きっと、私一人だったらいつまで経ってもここに来る勇気が出なかったから・・・・・
本当にありがとう赤也君」


嬉しそうに、本当に嬉しそうにふわりと麻衣は笑顔を浮かべた。
・・・こんな所、呼んでもいねーのに勝手に集まってくる奴らばっかりなんだぜ?
公式の試合でもないただの練習試合で、しかも相手はレギュラーでもない。
今日の試合なんて見応え無かっただろ?
正直こんなの見にくる奴らも、よく飽きもせずに毎日フェンスの向こうでキャーキャー言ってられるよなって思ってたのによ・・・


「・・・また、見に来いよ」

「いいの?」

「あんたが退屈じゃないっていうならな」

「たっ退屈じゃないよ!
・・・・こんなに近くで見れて、幸せ」


再び浮べられた笑顔に、俺も笑い返す。
もう色々考えるのもめんどくせぇ・・・
とりあえず、こいつ連れて来て良かったって事だけは間違いないだろと一つ結論付けた。


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