ラプンツェル
暗い暗い森の中。
高い高い塔の上。
一人の少女が、月を見上げて一雫の涙を零しました。
少女の名前は マイ 。
幼い頃から、高い塔の上の一室に閉じ込められていました。
それは少女の父が、娘を溺愛するあまりの行動からでした。
そして母親は少女が物心付く前に死んでしまいました。
少女は外の世界を知りません。
知っているのは、塔に一つだけある窓から見える景色だけでした。
「外の世界は危険なんだよ。おまえの母さんは外の世界が殺してしまった」
幼い頃から何度も繰り返された言葉。
「私はおまえは失いたくないんだ。愛しているよ、 マイ 」
そう言って抱きしめてくる父親の愛が、歪んだ物だと気づいたのは今から何年前の事だったでしょうか?
でも、気づいたところで・・・・少女にはここから抜け出す手立てはありませんでした・・・・
部屋の中には、世界中から集めたのではと思わせるほど本がたくさん置かれていました。
絵本から始まり、小説や辞書、聖書や画集など様々な種類の本が置かれていました。
少女は毎日、その本から知る外の世界へと夢を馳せていたのです。
しかし、現実は冷たい壁がそれを阻んでいました。
父親が出入りする、この部屋にある唯一つの扉は頑丈にできており、鍵も沢山ついていました。
たとえ父親を殺してこの部屋をどうにか出たとしても、待っているのはまた扉。
少女は2重の扉によって外の世界と隔離されていました。
だから少女は悲しみをのせて、夜空へと歌を贈るのです。
でも夜空は少女には遠すぎて、声は闇へと吸い込まれていきます。
それでも少女は歌い続けます。
広い世界を夢見て・・・
明るい世界を夢見て・・・
まだ見ぬ、沢山の世界を夢見て・・・
少女は頼りない旋律に言葉をのせて、その憂いに満ちた瞳を静かに閉じて、縁取られた夜空へと歌を贈ります。
すると、その時・・・・
「ずいぶん悲しい曲だな」
突然の声に、少女はビクッと体を強張らせました。
自分のものより低く、父親のものより少し高い。
それは少女の知らない声でした。
でもその声は、少女のすぐ傍から聞こえてきました。
少女が瞳を開けると、そこにはいつの間にか黄色の綺麗な髪をした少年が窓に腰掛けていました。
「あぁ、驚かせたか?わりぃ、別に怪しいもんじゃないぜ?
ちょっとこの森に迷っちまって、歩き回ってたらあんたの歌が聞こえてきたんだ」
少年はそう言うと、窓枠からストンッと部屋に降り立ちました。
そして部屋の中をクルリと見渡します。
「本だらけだな。こんだけあれば、小さな本屋が開けそうだ」
少年はそう言うと、再び少女に視線を向けました。
そして少女の顔を覗きこんで首を傾げます。
「俺の声聞こえてるよな?・・・もしかして言葉通じてねぇ〜か?」
少年の言葉に、少女は未だ混乱しつつなんとか口を開きます。
「・・・・・・・あなたは誰?」
少女の言葉を聞いて、少年はなぜか嬉しそうにニッと笑ってから答えます。
「俺はエドワード・エルリック。エドでいいぜ?・・・あんたは?」
少年の名前が脳内に幾度と無く繰り返し流れてきました。
父親以外に、初めて会った人物。
しかもその少年は自分に微笑み掛けてきてくれる・・・
「・・・・・・ マイ 」
少女は消え入りそうな小さな声で、なんとか答えました。
「じゃあ、 マイ 。悪いが、近くの村への道教えてくれねぇ〜か?
・・・それか、今日一晩だけ泊めてくれるとすげーありがてーんだけど」
少女の答えは一つしかありませんでした。
近くの村への道なんて当然知らない少女は、少年を一晩泊めることにしました。
本以外に特に何もない部屋で、少女は自分の事について話します。
今までの生活。
父親の歪んだ愛情。
外の世界を知らない自分。
少年はその全てを黙って聞いてくれました。
そして少女が話し終えると、一言呟くのです。
「まるで『 ラプンツェル 』みてーだな」
少女は首を傾げました。
その少女の様子に、少年はさらに口を開きます。
「知らねーか?『 ラプンツェル 』。こんだけ本があるなら読んだ事ぐらいあるだろ」
少年の言葉に、少女は今度は口を開いて意志を伝えます。
「私にはラプンツェルのような長い髪はありません。
だから塔の下から人を招き入れる事なんてできないんです。」
少女の言葉に、少年は小さく笑うと急に立ち上がりました。
そして静かに口を開きます。
「『 ラプンツェル 』の、もう一つの話しは知ってるか?」
少年の言葉に、少女は首を傾げました。
少年は少女の目の前までやってくると、耳元でこう囁きました。
「・・・・・・・・・・ラプンツェルはその容姿を利用して、塔の下にいる男を誘惑するんだ」
少年はそれだけ言うと、少女をその場に押し倒しました。
ゆっくりと顔を近づけてくる少年に、少女は何も言えませんでした。
そして何も出来ませんでした。
唇を塞がれて、少年の手が服の下へと滑り込んできても・・・
服が徐々に乱れて、下着が露になっても・・・
少年の唇が胸へと吸い付き、何とも言えない感覚が体中を駆け回っても・・・
少女は何もする事が出来ませんでした。
きつく腕を掴まれているわけではないので、抵抗もできたはずなのに・・・
少女はあえて抵抗もせず、少年を静かに受け入れました。
それは暗闇の中、近くで見た少年の目が、ずっと遠くに見えていたあの夜空に輝く月の色に似ていたからかもしれません。
次の日の朝、目を開けるとそこには既に少年はいませんでした。
昨日のことが夢だったのではと思わせるほど、部屋には少年のいた形跡がありませんでした。
でも、少女の胸元にはいくつもの紅い小さな華が咲いています。
その華を見た途端、少女の目からはいくつもの透明な雫が零れ落ちました。
「いなくなるなら、夢だと思わせてくれればよかったのに・・・」
少女は小さく呟くと、力なくその場に膝を付きました。
涙は次から次へと溢れてきます。
止める術も知らず、少女はただ泣き続けました。
夢のような現実。
時にそれは、残酷で・・・
甘い蜜を舐めたら、人間はどこまでも貪欲な生き物になる。
一度舐めてしまったら、忘れられない蜜の味。
もうその蜜なしでは生きていけなくなってしまうほど・・・
あぁ、私はこんなにもあなたを必要としています。
あぁ、私はこんなにもあなたに恋焦がれています。
少女の目からまた新しい雫が零れ落ちたとき・・・・
「 マイ っ!!!」
窓の外から、声が聞こえてきました。
少女は一瞬目を見開いた後、飛びつくような勢いで窓へと駆け寄りました。
塔の下では少年がこちらを見上げていました。
「エド・・・」
少女の呟きが少年に届いたのか・・・
少年は少女に目を合わせたまま口を開きました。
「俺はこれから次の町に向かう。もうここには戻ってこない」
少年の言葉に、少女は黙って耳を傾けました。
本当は胸に突き刺さって、今にも涙がまた溢れてきそうなのに・・・
少女は何も言えず、ただ黙って耳を傾けていました。
少年はそんな少女を見つめたまま、強い口調で口を開きます。
「俺は王子じゃない。それでもいいなら飛び降りろ!」
少年の言葉に、少女は思わず息を飲みました。
高い高い塔の上。
飛び降りたら、大怪我をするだけでは済まないことなんて分かりきっていました。
しかし、塔の下でこちらを見上げる少年の強い眼差しを見て、少女は意を決して窓の外へと身を投げ出したのです。
瞳を閉じている間に、地面がどんどん自分へと近づいてくるのが感覚で分かりました。
いえ、少女が地面にどんどん近づいているのです。
少女が衝撃を覚悟したその瞬間・・・
パンッと手を叩き合わせる音が響きました。
そして次の瞬間には少女の体は、ほとんど衝撃を受けずに少年の腕の中にありました。
ギュッと抱きしめられる感覚が体を駆け抜けた後、少女は周りに目を向け自分は外の世界に出れたんだと認識しました。
数秒後、少女の目にまた透明な雫が浮かんできました。
暗い暗い森の中。
高い高い塔の下。
一人の少女が、愛する人の胸の中で一雫の涙を零しました。
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