1.Don’t forget!


「ねぇ、エド・・・・一つだけ我が侭言ってもいい?」




それはある夏の日の出来事・・・


この季節になると思い出す


生涯忘れることのない、たった一日の思い出
















日差しが眩しい。


エドは手で目元に影を作りつつ空を見上げる。


雲ひとつない快晴。


普段ならカラッと晴れてて清々しい気分にもなるだろう。




しかしこの季節だとほんと熱くて地獄だ・・・


機械鎧が熱くなって余計に熱を感じる。


エドは辺りを見渡して、少し離れた丘の上に目当てのものを見つけた。


小走りで見つけたもの、大きな木が作る影に逃げ込んで、短く息を吐く。


数秒目を瞑って微かに吹く風を感じ、そっと目を開いた。






「たくっ、こう熱いとやってらんねぇ〜な・・・」




額に薄っすらかいた汗を拭いつつ溜め息を一つ・・・


いつもならここで弟のアルの「しょうがないよ兄さん。夏なんだから」というツッコミが入るのだが、今日はない。


それはこの小さな町に二つの図書館があって、今日は手分けして探すということになったからなのだが・・・







「こっちは全滅だったけど、アルの方はなんか手がかりありゃいいけど・・・」







無意識のうちにそう呟いて、もう1度空を見上げる。


先ほどと変わらない雲ひとつない空だ。


エドはその空を数秒見上げてから小さく溜め息をついた。


暫らくはこの木に世話になろう・・・


そう心の中で呟いて。








大きな木に背を預けて地に腰をつける。


日差しさえ遮れば風も心地よく吹き、本当に過ごしやすい天気だというのに。


エドが暫らく目を閉じて頬に当たる風を楽しんでいたその時、後ろの方から足音が聞こえた。


興味本位にチラッと振り向けば、そこには思わず息を飲むほど肌の白い少女がこちらへと向かってきていた。


少女はエドと目があうと、被っていた麦わら帽子を脱ぎつつ口を開く。







「初めまして。 マイ って言います。」




少女はそこまで言うといったん言葉を区切った。


そしてエドの隣を目で示しながら続ける。







「・・・ご一緒して宜しいかしら?」




そう言ってニッコリ微笑まれると、エドは考えるより先に頷いていた。


それが出会い。


忘れられない一日の始まり・・・・

















「この辺に住んでるのか?」




エドの問いに、 マイ と名乗った少女はゆっくりと頷く。


着ている白いワンピースは、 マイ のその白い肌とよく合っていた。


赤いリボンのついた麦わら帽子を膝の上に置いて、 マイ はエドへと視線を移して口を開く。





「エドは旅の人でしょ?」




マイ の確信を持っているかのような問いに、エドも頷くだけで返す。


しかしどうにもその確信めいた言い方が気になり、眉を寄せて聞き返す。


すると マイ は少し微笑むと「 だって私のこと知らないみたいだったから 」と答えた。


エドがその言葉の意味を図りかねていると、 マイ が続けて口を開く。






「この町で私のこと知らない人、いないみたいだから・・・」




マイ はそこまで言うと、いったん言葉を切った。


風がサァッと二人の間を通り抜ける。


マイ の髪が風に乗って揺れる様が何故かとってもゆっくりに見えた。


そして次に紡がれた マイ の言葉も・・・







「私ね、記憶が一日しかもたないの」




だから明日にはエドのこと忘れちゃう、ごめんね?


そう言って悲しそうに笑った マイ の顔が、何故か泣きたいほど綺麗だった。
















事故以前の記憶はちゃんとあるの。


でも頭を打っちゃったみたいで、事故後の記憶は一日しか覚えていられなくなっちゃった。


どんどん忘れちゃうの、昨日のこと。


時間が進むたびに、どんどんその分忘れちゃう。


淡々と話す マイ の言葉は衝撃的だった。


確かに以前何かの本で、そういう記憶障害があるというのは読んだことがあった。


しかし実際にこの目でみることがあるとは・・・・






「辛くないか?」




エドは自分の言ってしまった言葉に即座に後悔した。


無神経な言い方だった。


マイ の表情が歪むかもしれないと思っただけですごく居たたまれない気持ちになった。


しかし・・・






「辛くはないよ。

家族も、町の人も皆優しい。

確かに忘れちゃうのは悲しいけど、私には『今』があるから」




そう言って笑った マイ の顔は、儚いけれど本当に綺麗だと思えた。


儚い故に風が吹くと消えてしまいそうだった。


けれど触ったら壊してしまいそうで腕を伸ばせなかった。


だから、せめて・・・






パンッ






両手を合わせてその場にあった枝を小さな置物へと錬成する。


初めは驚いていた マイ だが、木製のその人形を拾い上げると嬉しそうに微笑んだ。


何も出来やしないから、せめて笑っていて欲しいと思った。


曇りのない、本当の笑顔を浮かべて欲しいと思った。






「見てろよ!次はもっとすげぇーもん錬成してやるから」






立ち上がって次々にイロイロな物を錬成するたびに、 マイ は本当に嬉しそうに笑った。


それが明日の今頃には忘れてしまう記憶だとしても、 マイ にとって輝く今になればそれでいいと思った。









「ありがとね、エド」




いつの間にか時間が経って、あれだけ晴れていた空に段々と赤みが差してきた。


錬成をして、話をして、結局は木の下に座って風を感じて・・・


マイ の言葉に、エドはゆっくりと視線を向けた。


エドと視線が合うと、 マイ は嬉しそうに微笑んだ。


つられてエドも笑う。





その時、またサァッと風が二人の間を通り抜けた。


マイ は風が吹いてきた方向に顔を向けて目を閉じる。


するとまたサァッと風が吹いて マイ の髪を揺らす。


エドはその様子をただ黙って見つめていた。


暫らくして マイ が目を開き、前方に視線を向けたまま口を開いた。







「エドは明日にはもうこの町を出て行っちゃうの?」



マイ の言葉に、一瞬エドは言葉に詰まってしまった。


答えは決まっているのに、即答するのを心のどこかが躊躇った。


しかしいくら躊躇ったとしても、それが答えを変えるわけではない・・・


エドは マイ から目を逸らして肯定の言葉を告げる。







「・・・あぁ。明日の朝一の列車で」





暫くの間、二人の間に沈黙が訪れた。


それを壊したのは風に乗せられて届いた少女の掠れた声。







「本当は嘘なの・・・・」



微かに届いたその言葉に、エドは逸らしていた目を マイ へと戻す。


マイ は膝を抱えて頭を俯けていた。


たった一人で、辛そうに何かを我慢しているしているように見えるのは、きっと気のせいじゃない・・・・


本当は助けてやりたくて、手を伸ばしたいのに・・・


その姿は誰の手も拒んでいるように見えて心が苦しくなった。


マイ はさらに口を開く。






「本当は辛いの、記憶が一日しか残らないことが・・・

本当は辛くて怖くて耐えられないの!」



ギュッと腕に力を込めて、 マイ がさらに膝を体の方に引き寄せる。


頭を膝に押さえつけて悲しみが爆発しないように抑える。






「今があるって言っても、それは刻一刻と過去になっていってるんだよ?!

24時間経つともう私の頭の中からは消えちゃう!

そんな今をどうしたら大事に出来るって言うの?

結局は忘れてしまうのに・・・・・」





弱々しい マイ の言葉は、きっと隠していた本心だ・・・


事故の日から時は確実に過ぎているのに、その軌跡を記憶に残せない・・・


一人だけ置き去りにされたような感覚に苛まれる・・・






「・・・ マイ 」




エドは何も言うことができなくて、ただ マイ の名を呟いた。


するとそれに反応するように マイ が顔をあげる。


視線が絡むと マイ が本当に辛そうな表情をして呟く。






「嫌だ・・・忘れたくない。

他の何を忘れても・・・・・・・私、エドの事だけは忘れたくないよ」





無理だと言うことは、悲しいことに自分が一番よく分かっているというのに・・・


言葉にしてしまったらさらに辛くなるのは目に見えてるのに・・・


それでも言わずにはいられなかった。


他人がどう思おうと構わない。


今日会ったばっかりの人だと言われても気にしない。


だって私には今日しかないのだから・・・


・・・・・今しかないのだから






だからこの気持ちは嘘ではない。


明日には忘れてしまう気持ちだとしても、確かに今はこの胸の中にある。


私は確かにエドの事を愛している・・・







マイ は一度エドから目を逸らして目を閉じた。


小さく息を吐いて心を落ち着かせる。


ゆっくりと目を開けると、無意識に握り締めていた服に皺が付いているのが見えた。


それさえも今はどこか嬉しい。


確かにエドと一緒にいたという小さな証になるのだから。








「ねぇ、エド・・・・一つだけ我が侭言ってもいい?」





言い終わってからゆっくりとこちらに顔を向ける マイ 。







「・・・・・何だ?」




エドの短い問いに、一瞬本当に言っていいのか迷う。


この言葉はきっとエドを縛り付けてしまう。


優しい人だから・・・


こんな私の話をずっと聞いていてくれた人だから・・・






迷ってなかなか口を開けないでいる マイ の目に、エドの強い眼差しが映った。


その眼は全てを受け止める覚悟をしているように見えて・・・


マイ は微かに微笑んで、迷いを振り切って口を開く。






「忘れないで、私の事・・・・」





ピクッとエドが反応した。


それは マイ の言葉に対してなのか、それとも不意に零れた涙のせいなのか・・・


震える声で、 マイ の言葉が続く。







「お願い。勝手なこと言ってるのは分かってる。

でも、お願い・・・私の事、忘れないで?

いつまでもエドの記憶の中にいさせて?」





エドの表情が固まっていく。


でも マイ の言葉を止まらない。


いや、止めることができなかったのかもしれない。


溢れるこの想いを止める術を、今の少女は持っていなかった・・・






「どんな形でもいい。

旅の途中で出会った変な女でも、記憶障害を持った可哀想な女でも・・・

どんな形でだって私はエドの中に残っていたい。

私が忘れてしまう代わりに、エドはいつまでも私のことを覚えていて?」




儚い少女だと思った。


触れてしまったら壊してしまうんじゃないかと思った。


しかし、エドには耐えられなかった。


グッと腕を掴んで引き寄せて、腕の中に閉じ込める。


さらさらの髪が鼻先を掠めるほどきつく抱きしめて、エドは言葉を吐き出す。






「あぁ、絶対忘れねぇ・・・俺は マイ の事、いつまでも覚えてる」






「ありがとう・・・・」





そう言ってふわっと笑った少女の顔を、今でも鮮明に思い出せる。


・・・・・・・・・風と一緒に感じた少女の唇の温もりも











これはある夏の日の出来事・・・


この季節になると思い出す


生涯忘れることのない、たった一日の思い出


唯一愛した、儚くて壊れそうな少女との恋物語



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