4.貴方のために


あの日の出会い


偶然とは思わない





私たちはあの日

















「ダメよ・・・止めて止めて」




溜息混じりのその先生の一言と共に音楽は止まり、少し遅れて私も歌うのを止めた。


そして少し俯きながら先生の次の言葉を待つ。


まぁ、だいたい内容は分かるけど・・・・・






「 マイ 、あなたの歌は確かに素敵・・・・・

でもね、どうして恋の歌になるとそんなに表面的な歌い方しかできないの?

感情がまったくこもっていない。

・・・それじゃあ歌わない方がマシよ」




ズキッ・・・・





最後の言葉はけっこうきた・・・・


練習曲を恋の歌に変えてから散々注意はされてきたけれど、こんな風に言われたのは初めてだ・・・・


確かに自分でも先生の言っている事の自覚はある。


でも・・・・





(そういう風にしか歌えないんだもの・・・・)





思わず唇を噛み締める。


すると、そんな私の耳に先生の言葉が再び届く。





「 マイ 、この曲の内容をよく考えてみて?

・・・この曲は、離れた恋人を思う少女の気持ちが歌われているものなの。

今は離れていたとしてもきっとまた会うことができる。

切ないけれど、少女の純粋な想いが歌われている・・・・」




「・・・・・・」





私は黙って先生の言葉に頷いた。


歌詞の内容なんてもうここ数日で何十回、いや何百回も目を通してきた。


ちゃんと理解しているつもり・・・・


でも・・・それでも・・・






「はぁ・・・今日の練習はここまでよ。

そんな顔で歌われる恋の歌なんて私も聞きたくないわ」



溜息混じりの先生の言葉・・・・





「・・・・ありがとうございました」



私はそれだけ形式的に言うと、先生の顔も見ずに部屋から飛び出した・・・・・
















(どうしてっ!)



溢れてきそうになる涙を必死に拭いながら家への道を走る。


擦れ違う人達の何人かは不審な顔をして振り返るが立ち止まることはない。




(何で歌えないのっ?!)



こんな自分が悔しくて、でもどうしようもなくて・・・


頑張れば頑張るほど表面的になる。


無理をすればするほど他もダメになっていって・・・






(もうどうしたらいいのか分からない!)





家までもう少しという事で気を抜いていたのと、少し取り乱していたのがいけなかった。


私は曲がり角で、お決まりのように思いっきり誰かにぶつかってしまった。





「あっ・・・」





ぶつかった衝撃プラス走っていた勢いで、私の体は後方へと倒れそうになる。




「っ・・・」




すぐに来るであろう衝撃に、私は思わず身を硬くさせた。


しかし・・・・





「おっと・・・・大丈夫か?」





衝撃はいつまで経っても私を襲ってこない。


代わりに私の耳に届いたのは聞いたことのない男の人の声・・・


どうやら私の腕を掴んで倒れないように引っ張ってくれたようだ。


硬くさせていた体の力を抜いて、それでも恐る恐る目を開ける。


すると、一番に目に入ってきたのは眩しい光。


いや、光と同じぐらい綺麗な金髪と、それと同じ色の瞳。


なんて・・・綺麗なんだろう・・・・・





「大丈夫か?わりぃ、避け切れなかった。

・・・・・でもおまえも悪いんだぜ?

前見ねぇーで走ってただろ?」



咎めるというよりかは、どこか苦笑混じりのその言い方。


私はハッとして、止まっていた脳をフル回転させ始めた。





「あっ、ごっごめんなさい!私、ほんと全然前見てなくて・・・」





急に恥ずかしさが込み上げてくる。


見ず知らずの人に思いっきりぶつかったばかりか、謝りもせずにぼぉっとしているだなんて!


思わず顔を俯けた私に、今度こそ苦笑混じりの言葉が降ってくる。




「いや、俺も気ぃ抜いてたからさ。それより痛むとこねぇ〜か?」




その言葉に、私は黙って首を振る。


本当はぶつけた腕がありえないくらい痛くなってきてるけど、ぶつかったのは自分の方なんだし言い出せるわけがない。



「わっ私よりあなたの方こそ・・・つっ・・・」




開いていた口はあまりの痛みに思わず閉じる。


目の前の少年は、私のぶつけた方の腕を手にとって顔を顰める。




「嘘つくなって。

俺のは特別製だからな、痛まない方がおかしいんだよ」



そう言って苦笑しながら少年は軽く右腕をコンコンッと叩く。


・・・・・・コンコンッ?


目を丸くする私の表情に少年はさらに苦笑いを浮かべつつ口を開く。






「・・・機械鎧。知らねぇ〜か?」




「あっ、聞いた事はある・・・・でも実際に付けてる人は見たこと無かったから」



少々驚きつつも何とか少年の問いに答える。


機械鎧・・・


義足や義手よりもはるかに性能がよくて・・・・確か・・・・・






「・・・バカ高かった気が・・・・・・」




思っていたことがつい口から出てしまった。


気付いたときにはもう遅くて、出てしまった言葉を取り消せるはずもなく・・・





「ハハッ、バカ高いって・・・まぁ、確かにたけぇーけどなぁ」



目の前の少年は噴出して笑っていた。


(はっ恥ずかしい・・・・)





第一の感想が「バカ高い」って・・・


そりゃ笑うよね・・・・






(あぁぁ、今日は失敗ばっかりだ!)



思わず頭を抱えたくなっていると、ぶつけた方とは反対の手を引張られた。






「うわっ、えっ?えっ?」




急な事についていけず間抜けな声を上げてしまう私に、少年はこちらを振り返りつつ口を開く。




「とりあえず、冷やしといた方がいいだろ。下手すると痣になるぞ?」



その少年の言葉に、私は流されるように一度頷いて腕を引かれるまま歩き出した・・・・















「ほらっ」



そう言って差し出された濡れたハンカチを受取りつつ「ありがとう」と答える。


そのハンカチをそっと打ったところに当てると、一瞬鈍い痛みが走った。


思わず顔を顰めるが、すぐにひんやりとした感覚が覆いホッとして力を抜く。


そしてチラッと少年の方へ気付かれない程度に視線を向ける。


少年はエドワードといい、旅をしているらしい。


ちょうど弟と別行動をし始めた時に、私がバカみたいにぶつかってしまったと・・・


なんていい迷惑だろう・・・・


思わず溜め息をつく。





「ん?どうかしたか?」




溜め息をついたことに気付いたのか、エドワードがこちらへと視線を向けてくる。


合わさった視線に一瞬慌てつつも、何とか口を開く。






「いやっ、ちょっと・・・・今日は私失敗ばっかりだな〜って・・・」



そこまで言って、急に先生の言葉を思い出す・・・


あぁ、ほんと私ってダメだな・・・


知らず知らずのうちにまた溜め息・・・


その様子に見かねたのか、エドワードが隣に腰掛けつつ口を開く。






「・・・・俺でいいなら話ぐらい聞くぞ?話だけだけどな」



その言葉に私はエドワードの方に視線を向ける。


エドはどこか遠くの方へ視線を向けていた・・・・


きっと今の私には想像できないほど遠くへ・・・・


強い、力を持った瞳だな・・・・


思わず心の中でそう呟く。


迷いのない、今の私とは正反対の瞳をしている。




気付いたら私は、エドワードにポツリポツリと話し始めていた・・・・













母は若い頃それなりに人気の歌手だったらしい。


父と結婚して歌手は辞めてしまったけれど、たまに小さな店の小さなステージで歌っていた。


小さいながらも私はそんな母にずっと憧れていた。


私も歌手になりたいと言えば両親は笑って「頑張って」と応援してくれて、母は一緒に歌を歌ってくれた。


それがすごく楽しくて、嬉しくて・・・・


しかし数年前、父も母も事故で急に死んでしまった。


今は親戚の家でお世話になっているけど、それでも歌うことは止めたくなくて・・・・


いや、これからもずっと歌っていたくて・・・・


だから本格的に先生に習わせてもらってるっていうのに・・・・










「上手く歌えないの・・・・・ダメなの・・・・・」



そこまで言うと、私は顔を俯けた。


父が言っていた。



「 母さんは恋の歌を歌う時が1番美しかった 」って・・・・



なのに娘の私はどうしてあんな表面的な歌い方しかできないの?


それが悔しくて、悲しくて・・・・


母みたいになりたいって思ってるのに・・・・





顔を俯けて黙り込んだ私に、エドワードがゆっくりと口を開いた。




「・・・・おまえは、どうして歌いたいんだ?」




「・・・えっ?」





予想もしていなかった言葉だった。


励ましでも、慰めでも、ましてや愚弄でもない言葉。


しかし、確かに一瞬胸がドキッとするくらい動揺した言葉・・・・





「私は・・・・私は・・・・・・・・」




次の言葉が出てこない。


そんな私の目をまっすぐ射抜いて、エドワードが代わりに口を開く。





「歌うのが好きなんだろ?

・・・・じゃあそれでいいじゃねぇ〜か。

無理して母親みたいになろうとするからいけねぇ〜んだよ・・・

マイ は マイ でいいじゃねぇーか。」



瞳と同じ、まったく迷いの無い言葉。




「俺は歌のことなんてよく知らねぇ〜けど・・・・そういうのって感情が大切なんだろ?」



エドワードの言葉に私は目を見開いた。


その言葉・・・・確か、前にも一度・・・・・・


あっ・・・・・・











「  マイ 、歌はね感情が大切なのよ。心を込めて歌えば、聞いてくれる人も自然と笑顔になってくれる。母さんはね、それが何よりも嬉しいの 」










・・・・・・・・・なんでこんな大切なこと、今まで忘れてたんだろう


練習で上手くなる事ばかりに気をとられて、何のために歌うのかを忘れていた。


何のために歌って、そのためには何が1番必要なのか・・・・





そうか・・・・だから父には母が恋の歌を歌う時が1番綺麗に見えたんだ。


母は、父の事を想って歌っていたから・・・


その気持ちが父にも届いていたから・・・・


だから・・・・・・・


だから私の恋の歌は表面的でしかなかったんだ・・・・








「エドワード、ごめん、ありがとう・・・・」



私はエドワードの瞳をまっすぐ見返しながら口を開く。







「私、頑張るね!恋の歌も今なら歌えそう!私、頑張る!!!」




「おう!」



私の言葉に、エドは嬉しそうに返事をする。


今日は失敗続きで散々な一日だと思ったけど、あなたに会えて本当に良かった。


悩んでいたことも綺麗になくなって、迷いが消えた。


私、私・・・・





「エドワードのためになら、歌える気がする・・・」




「えっ?」


「あっ!」





「「・・・・・・・・・・・・・・・」」








・・・・・・・・・・・・・・またやってしまった


今日は本当に失敗ばっかり!


思わず盛大に頭を抱えたくなってくる・・・・




(もうヤダ・・・穴があったら入りたい・・・)




そんな今にも恥ずかし過ぎて死ぬんじゃないかっていう状態の私の耳に信じられない言葉が聞こえてくる。







「頑張れよ。旅してる俺の耳まで届くくらい」



「えっ?」




何?


これは幻聴?


ポカンとした顔で思わずエドワードを見返す。


すると、今度は幻覚だろうか?


微かにエドワードの頬が赤い気がする・・・・





「返事は?!」




「っ!・・・・うっうん、もちろん!」




黙って見ていたら、いきなり大声で返事を求められ反射的に答えてしまった。


でも、それはさっきの出来事が幻聴でも幻覚でもない事の証明で・・・・





「もし聞こえたら、そん時は迎えに来てやるから」




「えっ・・・・」




一瞬なんて言ったのか理解出来なかった。


またまたポカンとする私に、エドワードは思いっきり顔を逸らしてから口を開く。






「なんでもねぇーよ!!!」








それからエドワードは時間だと私に告げて弟との待合場所へと向かった。


引き止めたい、付いていきたい気持ちは確かにあったけど・・・・


それ以上にエドワードの言葉を信じたいと思ったから・・・・・


私はエドワードの背が見えなくなるまで見送った後、踵を返してある場所へと向かい走った。


今度は人にぶつからないように気をつけて


目的につくなり階段を駆け上って、そのままの勢いでドアを開ける。





そして・・・・




「はぁっ、はぁっ、先生!もう一度歌わせて下さい!!!」




本を読んでいたらしい先生は、私のいきなりの登場に思わず固まっていた・・・・













「・・・・・じゃあ、始めるわよ」



最初こそ驚いていた先生だけれど、私が今までにないほど歌いたいと告げたらすぐに準備をしてくれた。


流れ出した前奏に、私は落ち着いた呼吸を繰り返しつつ目を閉じる。






もう、迷いも何もない・・・


私は・・・・私らしく歌えばいいんだ・・・・


今ある気持ちを、私はエドワードのために・・・






スッと目を開ける。



そしてゆっくりと口を開き、歌い始める・・・・・






先生が目を見開いたのが見えた。


そして次に、嬉しそうに微笑む姿も・・・















あの日の出会い


偶然とは思わない





私たちはあの日


恋をするために生まれてきたの






あぁ、運命の人


共に歩いていきましょう





たとえ今は離れていたとしても


きっとまた巡り合う事ができるはず






これからの未来


ずっとあなたと二人で歩んでいきたい










私のたった一人の愛しい人






















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