黙考の末・・・
「久しぶりに一緒に食事にでも行かないかね?」
そう誘われたのは今日の昼過ぎ・・・
「・・・あーはいはい。
今溜まってる仕事が全部終わったらな〜」
いつもの軽口だと思い、適当にあしらったのは確かにうちだ。
しかし、夕方になり寮へ帰る準備をするうちに笑顔で近付いてくる奴の姿。
それに気付いて思わず顔を顰めたのは仕方がない事だと思う。
「さぁ、行こうか」
「・・・どこにだよ?」
「食事の約束をしていたと思うが?」
「溜めてる仕事が全部終わったらって言ったよな?」
「終えたから迎えに来たんだよ」
そう言うこいつの後ろを、大量の書類を抱えたブレダ少尉が走っていく姿が見えた。
その忙しそうな背を見送って、うちは一度溜息を吐いて目の前の笑顔へと口を開く。
「あの量が出来たのか・・・どんなインチキしたんだ?」
「君と食事に行くために頑張ったんだよ」
「へぇ〜なら普段からそれくらい頑張ってもらいたいもんだな」
やって出来るなら、普段からあんなに溜めなければいい。
出来るのにやらないなんて意味分かんねぇ
うちはそれだけ冷たく言い置くと、奴を残して出口へと向かう。
「っ、リオッ!」
うちの態度に焦った様子の奴の声。
その情けない声にうちはしぶしぶとドア口で振り返った。
そして奴が何か言おうとする前に口を開く。
「何だよ・・・・・・・飯食いに行くんだろ?
言っとくけどな、不味かったら途中で帰るからな」
そう言って再び歩みを進めるうちの後ろから、数秒して苦笑する気配を感じた。
連れて行ってもらった店の料理が不味かったことなど一度も無い。
けれど、うちの性格上ああでも言わねーと素直に行く気になんてなれねーんだよ!
毎度の事ながら飯は腹が立つほど美味かった。
そのままどこか流れで奴の家までやって来たが、今日はどうも様子がおかしく感じる・・・
いつもならすぐに隣へとやって来て、それとなく泊まっていくよう促される。
別にその気がないなら始めからうちも来ねーんだが、その奴の様子がどこか面白くて毎回気付かないフリをしてからかったりしていた。
しかし、今日はそれがない。
ソファーに座るように促されたが、奴はすぐに何か飲む物でも準備しようと台所へと行っちまった。
(食ったばっかだし、喉も渇いてねーんだけどな・・・)
膝に肘をついて、その上に顎をのせて台所の方へと視線を向ける。
見えるわけではないのだが、この方が何となく考えが進み易いように感じるんだ。
(・・・酒・・・・・なわけねーか。
うちが酔ったら手がつけらんなくなる事は知ってるしな)
以前、ここで一度飲まされた事がある。
飲んでる途中からの記憶がうちには全く残ってないが、翌日何故かもの凄く疲れた様子の奴の顔はよく覚えている。
「 君はもう飲まない方がいい・・・ 」
そう言われ、理由を聞いても答えは返ってこなかったが・・・
あれから本当に一度も酒を出された事はないので、それだけの事を何かやらかしたんだろうと勝手に結論付けている。
なので、酒を出そうとしてるって事は無いだろう。
(・・・・・・・じゃー何だ?)
考えてみるが、答えが分かるはずもない。
必死にならなくてもうちが帰らないと思えるほどの余裕が出てきたんだろうか?
いや、そんな気を起こさせるような言動はしていない。
これは断言できる。
なら何かうちの気を引くような飲み物でも手に入れたとか?
いやいや、そもそもうちはそこまで飲み物にこだわる方じゃねぇし・・・
だから自然とそんな会話をした覚えも無い。
やはり答えが見えてくる気は一向にしない。
そしてそうこうする内に、カップを二つ持って大佐が戻って来た。
「待たせたね」
そう言ってカップを差し出され、短く礼を言って受け取る。
中身は、コーヒーだ。
普通のコーヒー、に見える。
「・・・・・コーヒーか?」
思わず確かめるようにそう問いかける。
「あぁ、砂糖とミルクそれぞれ一杯ずつでよかっただろう?」
「・・・・・あぁ」
返ってきた答えに、やはり普通のコーヒーなのかと目を向けた。
つーことは、うちの考え過ぎだったのか・・・
どこか肩透かしを喰らったような気分になる。
何だかんだで、もう付き合い始めてけっこー経つしなぁ
ここに泊まった事だって1度や2度の事じゃねーし、よっぽどうちを怒らせるような事をしない限り本当に帰った事だってねーからな・・・
それがコーヒー飲むくらいの余裕に繋がったってところか?
そこまで考えて、うちは溜息を吐いた。
(なーんだ、こいつの反応見て遊ぶのけっこー楽しんでたんだけどな・・・)
やっぱり帰るかみたいな事を言ってみては、焦って引き止めるこいつを見るのは面白かった。
うちの様子を窺ったり、出方を考えているのかたまに考え込んだり・・・
そこには変な緊張感があった。
そしてその様子がうちには堪らなく面白かったのだが・・・
(まぁ、しかたねぇーよな)
そう短く結論付けると、持ったままだったコーヒーへと口をつけようとした。
しかし・・・
(ん?)
視線を感じた。
目を向けると、サッと視線を逸らす奴の姿・・・
(・・・・・この感じ)
これだこれ、変な緊張感だ。
今奴からは、うちの様子を窺う時と似た変な緊張染みたものを感じる。
(何でだ?)
別に帰ろうとしたわけでもねーし、コーヒーを持っているこの状態でどうこうしようとしてたわけでもねーだろ?
(・・・・・・・・やっぱり変だ)
そこでうちの視線は自然と手に持ったままのコーヒーへと向かった。
普通のコーヒーだ。
だが今はその普通さが逆に怪しく思えてきた。
(・・・・・・まさか)
一つの仮説に辿り着き、途端に眉を顰める。
試しにコーヒーを飲まずにそのままテーブルへと置くと、微かにだが奴の表情が変化した。
それで確信を得る。
瞬間怒鳴りそうになったが何とか抑えた。
そして睨むように奴に視線を向けると、低く問いかけを口にする。
「・・・・・何を盛った?」
「っ!!!
いっいや私は別に」
「何を盛りやがったんだ?」
「・・・・・リオ、わっ私は」
焦った様子で口を開く姿にイライラする。
だからうちはコーヒーをズイッと奴の前へと押しやった。
「飲め」
「はっ?!いや、それは・・・」
「飲めねーんだな。
んなもんをうちに飲ませようとしたわけか。
はぁーそうか。
・・・・・ふざけんな!帰るからな!!!」
苛立たしくそう言い放つと、引き止める奴を無視して部屋を出る。
途中台所の前を通った時に一瞬見えた小瓶。
その小瓶を奴がいない間に執務室の引き出しの中で見つけたのがそれから2日後。
さらにそれが無くなっているのに気付いたのは10日後・・・
どこにやったんだと追求して答えを聞き出すまでに要した時間は10分程で・・・
とりあえずうちは即行携帯を取り出して電話をかけた。
「もしもしー?どーしたの仕事中でしょ?」
「エドが何か飲み物用意しなかったか? 」
「えっ?」
「しかも自分から言い出して」
「あーうん、コーヒーを・・・
なんで分かったの?」
「やっぱりな、もう飲んだのか?」
「まだだけど」
「じゃーエドに今から言うこと伝えてくれ」
「えっ?エドに?」
「あぁ、『それ、ただの水にうちが入れ替えたから。残念だったな』ってな」
訳が分からない様子のマイ。
しかしうちが促せば発せられた了承の言葉を聞き電話を切った。
そしてキツイ視線を奴へと向ける。
「で、お前は何かうちに言う事はあるか?もしくは皆に言い残す事とか」
「リオ、まっまずはその手に持っているものを下ろしてくれないか?」
「却下だ」
その数十秒後に東部に響き始めた怒声や銃声、その他諸々・・・
皆既に心得ているように聞き流してくれた・・・
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