葛藤の末・・・


「抱きてぇ・・・」






突然聞こえてきた言葉に、まず己の耳を疑った。


だが幻聴や聞き間違いにしてはハッキリと聞こえてた呟き・・・



自分は発していない。


例え常日頃思っていたとしても、口にすればどんな仕打ちが待っているのか分かりきっているので発しない。


なら誰が発したのかは考えなくとも分かる。




自然と私の視線はこの部屋にいるもう一人の人物へと移った。








「・・・・・鋼の、そういった発言はどうかと思うんだがね」




「あ?何がだ?」






窓の外へと向けられていた視線がこちらを向く。


その表情は何の事を言っているのか分からないといった様子だ。


まさかとは思うが・・・







「先ほど言っただろう?『 抱きたい 』と」




「はぁっ?!んなわけっ・・・・・・」







否定の言葉は途中で途切れる。


ハッキリと否定出来ない程度には心当たりがあるらしい。


だがしかし、そうか・・・


この態度から言って、先ほどの発言は無意識だったというわけか。






鋼の達が東部へやって来て今日で1週間程度・・・


マイは来た当日から夜はリオの部屋で寝泊りしている。


ハッキリといつからご無沙汰かまでは分からないが、少なくとも2週間は経っていないだろう。


何せマイが泊まり始めた次の日、リオに朝から盛大に沈められていたからな。


体に跡でも残していたんだろうが、それにしても・・・









「・・・堪え性が無いな」




「うるせぇ!!!」








吠えるように返され、思わず苦笑する。


しかしすぐにある物の存在を思い出し、引き出しへと手を伸ばす。








「鋼の、ちょっと来たまえ」




「・・・・・何だよ?」








不服そうにだが、窓際から離れこちらへとやって来る。


リオとマイは今鋼のが見ていた窓の下辺りでブラックハヤテ号と遊んでいる。


この部屋に現在他に人はいないが、それでも一度見渡してからある物を取り出し鋼のの前へと置いた。









「・・・何だよこれ?」









反射的に手に持つ鋼のに、私は笑顔でサラッと答える。










「媚薬だ」




「はっ?!びっ?!なっ?!」









驚きから落としそうになった小瓶を鋼のは慌てて握り締めた。


その様子に思わず苦笑する。


するとそんな私の様子に気付いたのか、若干顔を赤くさせた鋼のが仏頂面で小瓶を机の上に戻した。








「何なんだよたくっ・・・」




「興味があるかね?」








小瓶を人差し指の先で遊ばせながら問えば沈黙が返ってくる。


正直と言えば正直な反応に、また苦笑しそうになってしまった。


しかしここで笑えば鋼のが意地になるのは目に見えているので何とか堪える。


そして小瓶を鋼のの方へと押しやりながら口を開く。









「よかったら貰ってくれないかね?」




「はぁっ?!つーか何で大佐がんなもん持ってんだよ?!」




「・・・・・・・こんな物を持っている理由など決まりきっているではないか」




「・・・・・じゃーなんで大佐が使わねーんだよ?」









いぶかしむ様にして口にされた問いに、思わず目を逸らした。


当然と言えば当然の問いだろう。


私だって別に鋼ののためにこんな物を用意していたわけではない。



ただ・・・・








「・・・・・・・彼女は勘が良過ぎるんだよ」




「・・・・・・・あぁ」









鋼のも流石に何かを察したように私から目を逸らした。


暫くの間部屋の中に沈黙が訪れる。


しかし何とも重いその空気に耐え切れなくなり、咳払いをして気を取り直す。








「で、どうするかね?

・・・・ちなみに今日、彼女は夜勤だ」









私の言葉に、鋼のは目を逸らしたまま短く答えを口にする・・・




















(で、貰ってきたのはいいがどうすればいいんだ?!)







宿の部屋に帰ってきて、小瓶を手に取り悩み始めて数十分・・・






使うか使わないか



使うならどうやって飲ませればいいのか



そもそも本当にこんな物が効くのだろうか



効いた場合後からマイが不審に思わないだろうか








(いやいや、いつの間にか使う前提で悩んでないか俺?!)








そうじゃねーだろ違うだろ!


よく考えろ俺!!!



・・・・そうだ、別に今が不満なわけじゃねーしな


拒否されるわけでもねーし、物足りないわけでもねぇ・・・


まぁ、確かにマイからもっと誘ってくれりゃーいいのにとか感じた事はあるかもしれないが・・・








(・・・・・・・・・・・・・)







そーいや前に一度だけ、酔った勢いでマイに誘われた事があったな。




自分から上に跨ってきて、猫のように胸元に頬を寄せられて・・・


首元に腕を回されて、遊ぶように髪を解かれた。


耳元で囁かれ、甘えるようにキスをされ・・・


シャツのボタンを一つずつ外していく姿は確かに堪らなかった。








(って、んな事思い出したら使う以外に考えられなくなるじゃねーか!!!)








思わず頭を抱える。








(・・・・・・・・・・・・・・・・)








使う・・・・


使うのか?


使っていいのか?!




って待てよ、落ち着け!!!




何かもうそっちに持って行こうとしてないか?!


第一マイの気持ちはどーなんだよ?!




・・・・いや、案外正直に言ったら飲んでくれるような気がしないでもないが・・・




ってこれは俺の希望じゃねーか!!


媚薬飲んでくれなんて言ったら、普段に不満があるみてーじゃねーか!


だぁ〜〜〜でもそうじゃないって言えば、じゃあ何で飲む必要があるのかってなるよな?!


それを説明しろってか?!


たまには積極的に動いて感じるマイの姿が見たいって?




できっかよ!!!!!








(ぐわぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!)

















「・・・・・エド?」




「っ!!!」








突然後ろからかけられた声に過剰に反応する。


風呂に入っていたはずのマイがそこには居て、俺の反応に驚いた様子で固まっていた。







「えっと、何か苦しんでたみたいだったから・・・・・大丈夫?」




「あーーーちょっと考え事してただけだからよ」








誤魔化すように笑えば、マイは首を傾げつつも笑みを浮べた。


咄嗟に隠した小瓶の存在には気付かれていないらしい・・・


その事にどこかホッとする。



しかし根本的な問題が消え去ったわけじゃない。


さて、どうするかと視線を彷徨わせたその時・・・







「コーヒーか何か飲もうと思うんだけど、エドも飲む?」







風呂上りで熱いのか、襟元をパタパタと動かしながらのマイからの問いかけ。


考えるより先に、俺の口は自然と動いていた・・・




















目の前にはコーヒーが二つ。


手の中には媚薬入りの小瓶が一つ。


それらを前にして動けない俺がいた・・・







(・・・・・・・・・・)








正直入れてぇ・・・



この巡ってきたチャンスを逃すほど不健康ではない。


いや、だからと言って入れていいのかと問われれば答えに困る。


なら何故自分が飲み物を用意するなんて言ったのかと詰問されれば、チャンスは掴むもんだと開き直るしかない。







(・・・つーかどんだけ入れるもんなんだ?)







完全に偏りかけている思考で小瓶に目を移す。


無色の液体。


試しに蓋を開けて匂いを嗅いでみるが何も感じない。


コッソリ入れるにはうってつけだ。







(・・・・・・・・・・・・・)







いやいや、だから何でいつの間にか入れるの前提で考えが進んでんだよ。


・・・でもマジでそろそろ戻らねーとマイが心配するだろうしな


そこで今の自分の様子をもう一度冷静になって考えてみた。






目の前にはコーヒーが二つ。


手の中には蓋が開けられ、後は入れるだけ状態の媚薬入りの小瓶が一つ。


それらを前にしてかなり本能側に傾きかけた俺・・・




この状態ではもう入れない方がおかしいような気がしてきた。








(・・・・・・・・・・・・・少しだけ)








そんな言い訳染みた言葉を心中で囁いて、口の中に溜まった唾液を飲み込む。


そして小瓶をゆっくりと傾けると、数滴がコーヒーに波紋を作った。


しかしすぐに何事も無かったように波は収まり、元通りの姿を取り戻す。



それはもう今までの悩み具合が呆気無いほどに・・・



俺は一度息を大きく吐き出すと、コーヒーを持ってマイの元へと向かった。




















「あっ、ありがと〜エド」






俺がコーヒーを差し出すとマイが笑顔で受け取った。


さすがに媚薬を盛った後だと、返す笑顔も引き攣りそうになるが・・・


それを誤魔化すように一度咳払いをすると、俺はマイの座る向かい側の椅子へと座った。



そして視線は自然とマイの手元へ・・・



ゆっくりとマイがコーヒーを口元へと近付ける。


するとその時・・・






ガタガタガタッ・・・ガタガタガタッ・・・・・







「あれっ?」









後少しという所でテーブルに置かれていたマイの電話が震え始めた。


当然マイは電話に出るためコーヒーをテーブルへと置く。


それを物凄く残念がる自分がいた。


それと同時に、なぜか嫌な予感を抱え始める自分も・・・









「もしもしー?どーしたの仕事中でしょ?」









あの電話で連絡を取れる相手はリオだけだ。



そう、妙な所で勘が鋭くマイの保護者的存在のリオだ。








「えっ?・・・・・あーうん、コーヒーを・・・・・・・

なんで分かったの?

・・・・・・・・・・・まだだけど」








マイが一度コーヒーへと目を向け、次に俺を見た。


嫌な予感が確信に変わり始める。







「うん・・・うん・・・・・そー言えば分かるの?

・・・分かった。じゃーまた明日ね」







いつもに比べて早々と切られた電話。


マイは首を傾げつつ俺へと口を開く。







「エドー。何かよくわかんないんだけどリオから伝言」








嫌の予感は、ほぼ確信に変わっていた。








「えっとね、『 それ、ただの水にうちが入れ替えたから。残念だったな 』って」








告げられた言葉に、そうかと短く答える。








(まぁ、こんなもんだよな・・・)







妙な脱力感に襲われ、俺は大きな溜息を吐いた・・・



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