見知らぬ彼 エドside


「じゃあ、この本戻してくるね」






そう言って俺とアルが読み終えた本の山にマイが手をつける。


その結構な数の本に、俺は眉間に皺を寄せてマイを見上げる。






「一人で平気か?」




「これぐらい平気だよ〜。

そんなに広い図書館でもないから大丈夫」






そう言って笑顔を浮かべるマイ。


いつも手伝ってもらってばかりで悪いと思う時もある。


しかしそれをマイに言うと、決まって少し怒った顔をされる。



「 私は好きでエドと一緒にいるんだよ? 」って・・・



だから悪いと思う変わりに、マイを喜ばせてやろうと思うようにしたのはもう随分と前から・・・


俺は壁にかかっている時計へと目を移して時間を確認する。







「・・・今日は早めに出て、何か食って帰るか?」




「ほんとっ?!」




「あぁ」




「なら、私来る途中にあったスティックケーキのお店がいいな!

凄く美味しそうだった!」




「了解」








マイの嬉しそうな笑顔に、自然と俺の顔にも笑みが浮かぶ。


こんな風に誰かの笑顔を見て満たされるような日がくるとは思っていなかった・・・







「じゃあ行って来るね!」



「おぉ」






そう言って本棚の向こうへと去っていく背を見送った。








やはり一緒に行くべきだった・・・


そう思ったのは、数分後。


ガタンッという音に続いて本が何冊も床に落ちる音が響いた直後


子供が泣く傍で、気を失って倒れているマイを見つけた時だった・・・




















「軽い脳震盪だろうから、目が覚めたら帰ってもいいよ」






白髪混じりの医者がそう言って病室から出て行き、俺もリオも同時に安堵の息を吐く。






「あ〜〜〜たく、ビビらせんなよ!

ぶっ倒れたっつーからリザ姉らにちゃんと説明せずに飛び出して来ちまっただろーが!」




「お前なぁ・・・

連絡しなかったらしなかったで怒るくせによ・・・・」




「んなの当たり前だろーが!

マイに何かあったらどーすんだよ?!」







そのあまりの言い切りぶりに、ある意味筋が通っているようにさえ感じてくる・・・


そんなリオの言い分に俺は溜息を吐いた。


しかしすぐにベッドで眠るマイへと視線を向ける。



・・・・・微かにだがちゃんと寝息が聞こえてくる






「・・・・まぁ大した事なくてよかったな」




「あぁ・・・」






リオの呟きに、俺は一言そう返した。


そして何かを確かめるようにソッとマイの頬へと触れる。


その温かさに、ただ寝てるだけなんだと実感する。






早く起きろよ・・・


ケーキ食いに行くんだろ?


いつもみてーに楽しそうに笑ってろよ・・・






そんな想いで見つめていると、微かにだがマイの目元が動いた。








「マイ!」








そう呼びかける俺を、ゆっくりと目を開けたマイ。


始めはぼんやりと俺の顔を見ていた。


だが次に不思議そうな声を上げる。







「・・・・・えっ?」







それ以降何の反応も無いマイの様子に不安になり、俺はマイの顔を覗きこむようにして問いかける。







「大丈夫なのか?」




「えっ、何?」




「何ってお前なぁ・・・」







どれだけ人が心配したと思ってんだ・・・


思わず溜息を吐く。


そんな俺の後ろから、今度はリオが口を開く。






「お前、図書館で台から落ちたんだよ。

本片付けてる時に走ってる子供がぶつかってきて・・・・

どっか痛むところねーか?」




「リオッ!」






リオの顔を見た瞬間に、マイが安堵の息を吐いたのが分かった。


傍に寄るリオの腕を、まるで小さな子供が母親を頼るように握り締める。


そんなマイの態度に、俺は違和感を覚えて眉を顰めた。


何か様子が違うとリオも感じたのか、不思議そうに首を傾げる。








「どうした?どっか痛むなら医者呼ぶぞ?」







リオの言葉には答えずに、マイはゆっくりと部屋の中へと視線を動かす。






「マイ?どうした?」







どうも今のマイは反応が鈍いように感じる。


状況が把握出来ていないのか、それとも何かあるのか・・・


それでも、リオが頭を撫でると安心したように笑みを浮べた。







「なんでもない」







そう答えるマイに、リオも笑みを返す。


そしてリオの視線はそのまま俺へと移された。






「なぁエド、起きたらもう帰ってもいいんだったよな?」




「あ?あぁ・・・・・マイ、本当に平気なのか?」





やはり先ほど抱いた違和感が気になり、マイへと確認するように問いかける。


いつもみたいに笑顔を浮かべて、「 大丈夫だよ 」って答えが返って来る事を期待して・・・


しかし、マイは俺へと一度視線を向けるとすぐにリオを不安そうに見上げた。




そして・・・・







「・・・ねぇ、リオ」




「ん?何だよ?」




「・・・・・・・・この人、誰?」








マイのその一言に、血の気が引いたのを確かに感じた・・・




















「・・・・な、に言ってんだよ」






俺のその声に、再びマイがこちらへと視線を向ける。


だが、その目は不安を帯びていて・・・


それはまるで・・・・・知らない人間でも見るようで・・・・・







「っ、本当にわかんねーのか?!

本当に覚えてねーのかよ?!」





「おい、エド!」







肩を掴もうとした俺の腕をリオが止める。


そしてそのまま力を入れられて、ハッとして慌ててマイへと視線を向ける。


怯えているような、途惑っているような・・・


そんな表情に打ちのめされたような気分になる。







「マイ」




「なっ何?」







リオの呼びかけにマイが視線を向ける。


その様子はいつも通りに見えるのに・・・






「本当にこいつが誰だかわかんねーのか?冗談抜きで?」




「・・・知らない」







マイのその言葉に、その表情に・・・


目の前が暗くなるような錯覚に襲われる。







「・・・記憶喪失ってやつか?」






リオが俺の方へと意見を求めるように口を開くが、正直それに答えられるだけの余裕がない。


嘘であってほしいと思いたい・・・


けれどマイの表情や言動を見る限り、その可能性が無いであろうと冷静に判断する頭・・・



言葉を失くす俺へと一瞬視線を向け、マイは傍らに立つリオを見上げる。








「ねぇ、リオ・・・記憶喪失って?どういうこと?」






不安そうなマイの声。


そんなマイに、リオは数秒考えた後俺の方を指差した。








「こいつ、お前の彼氏だぞ?」




「・・・・・・えっ?」







信じられない・・・



その顔は確かにそう語っていた。


その事に自分でも驚くほどのダメージを受ける。







「・・・・・本当に覚えてねーのか?」







力の無い声でもう一度そう問いかける。


そんな俺の顔を見て、マイが一瞬泣き出しそうな顔をした。


そして・・・







「・・・ごめんなさい、分からない」







そう発せられた言葉に、息が止まる気さえした・・・・




















医者に見てもらい、一時的な記憶障害だろうと判断された。


どうやらここ数年の記憶だけが無くなっているらしい・・・


つまり、今のマイは俺たちと出会う前の状態になっている。


何もしなくとも直に戻るだろうと言われ、とりあえず一度宿に帰ることになったが・・・







直っていつだよ


あとどれだけ待てば戻るんだよ


そもそも・・・・・本当に全部思い出すのか?




いやな考えばかりが頭を巡る。







宿に戻って、先に荷物を持って帰ってもらっていたアルにもリオが状況を説明する。


もしかするとアルを見たら何か思い出すかもしれない・・・


そんな思いを込めて様子を見るが、マイはアルの事も分からないと首を横に振る。


リオはそんなマイに、今日はもうゆっくり休めと隣の部屋へと向かった。



部屋に重苦しい空気だけが残る。


そんな中、どれだけ時間が経ったのか・・・








「兄さん・・・」






様子を窺うようなアルの言葉に、俯けていた顔を上げる。







「・・・・・大丈夫?」




「・・・自分でも情けねーって思うんだけどよ・・・・どうしても・・・・」







どうしてもマイのあのどこか怯えたような目が頭から離れねぇ・・・


リオを頼るように伸ばされた腕。


それは確かに今朝までは自分へも伸ばされていた。


しかし今は例えこちらから伸ばしたとしても、握り返される事は無いんだろう・・・







「なぁ、アル・・・もしこのまま」








バタンッ!







言いかけた言葉は、突然荒々しく開いたドアの音によって途切れた。


そして・・・






「おい、エド」






真っ直ぐとこちらと向かってくるリオを見上げる。






「なっ何だよ?」





射殺す気かというような視線を向けてこられる。


こんな視線を向けられるのは初めてでは無いが、今回は理由が全く思いつかない。


そんな様子の俺を思いっきり見下ろして、リオが短く口を開く。






「ずっとそんな面してるつもりならな、マイが記憶戻るまでどっか行ってろ」




「っ・・・」




「自分の事で精一杯か?

マイの気持ち考える余裕もねーか?

マイがどんな顔してたかもお前には見えてなかったか?」





「っ!」








分からないという前に一瞬見せた、泣き出しそうな顔・・・


起きたらいきなり知らない世界で、知らない人間に覚えてないのかと急に詰め寄られて・・・


分からないと言えば目に見えて落胆されて、それ以降まともに顔を見ようともされず・・・






(本当に辛いのは、マイの方だ・・・)





その事に気付き、先ほどまでの自分の行動を思い出してリオに返す言葉も無い。


しかし、だからと言って平気なフリが出来るとも思えない。


黙る俺に、リオは腰に手をあてて溜息をついた。







「・・・・・・自信がねぇーか?」







急に投げかけられた問い。


しかしそれが何を示しているものなのかが分からない。


何も言わない俺に、リオは言葉を続ける。







「万が一記憶が戻らなかったとして、前みてーな関係に戻れる自信がねーのかって聞いてんだよ。

マイから好きになって行動してもらえねーと無理か?」





「っ・・・・・・お前、相変わらず言う事容赦ねーな」





「お前みたいな奴を甘やかしてていい事なんてねーからな」







ニィッと笑みを浮べるリオ。


容赦ない物言いだが、毎回その言葉には背中を押されている気がする・・・


どこか悔しい想いがしてきて乱雑に頭を掻いた。


・・・・・しかしこうしてても仕方がない。


すぐに気を取り直してリオを見上げる。







「・・・・・・今マイは?」




「風呂。

話す事があるなら明日にしろ。

ちょうどうち、昼からリザ姉達の所に行こうと思ってるからよ。」








そう言ってサッサとドアへと向かう背。


気を取り直したばかりな分、拍子抜けする。


だから少しの仕返しも兼ねて、俺はその背へと問いを投げかける。






「なぁリオ。

もしマイが、お前の事も忘れてたらどーした?」






俺の問いにリオはゆっくりと振り返って、口端を上げる。








「あいつの親友なんて務まるの、うちぐらいしかいねーよ」







そう言い切って閉じられたドア。


何て自信だと噴出したのは、それから数秒後・・・




















次の日の午後。



リオが東部へと向かうのを待ってから、隣の部屋へと向かう。


ドアを目の前にして、改めて気を落ち着けるように深呼吸を1回・・・


よしっと自分に気合を入れ、ノックを2度する。



しかし待ってみても中からの応答は無い。


一瞬迷うが、それでも意を決して口を開く。






「・・・・・マイ、開けてくんねーか?」




「あっ・・・」






小さな声が耳に届く。


ドアが開けられたのは、それからすぐの事だった。











「リオが出かけるって言ってたからよ・・・一人で平気か?」




「・・・あっ、ありがとう」






礼と共に浮べられた笑顔。


やはりそこにぎこちなさを見つけて、胸に引っかかる・・・






今更ながらに、マイと築けた関係は奇跡に近い事なんだと実感する。



違う世界で生まれて育ち・・・


多くの本の中からマイは俺を好きになった。


決して行き交う事が出来ないだろう空間を飛び越えてこの世界へとやって来て・・・


広いこの国の中で出会うことが出来た。


そして一緒に旅するうちに俺もマイの事が好きになっていって・・・




どこかが少しでもズレていたら築けなかった関係だ。





それが急に無かったことにされて、昨日は本当に情けねーほど自分の事しか考える余裕が無かった。


昨日の自分の様子を思い出して、思わず自嘲気味な笑みが浮かんだ。



その時・・・








「・・・ごめんなさい」




「マイ?」







耳に届いた小さな呟きに、マイへと視線を向ける。


顔を俯けて、両手を握り締め・・・


そして搾り出すようにマイは口を開く。







「ごめんなさい。

私・・・あなたの事が分からなくて・・・・・ごめんなさい」







昨日も、きっとこんな顔をさせてたんだろうな・・・


今にも泣き出しそうな顔で、自分自身を責めているようにも見える。


今まで見た事が無いそんなマイの様子に、昨日のリオの問いが蘇って来る。





「 万が一記憶が戻らなかったとして、前みてーな関係に戻れる自信がねーのかって聞いてんだよ 」




自信なんてある訳が無い。


けれど・・・







「マイ・・・」






俺の声に顔を上げるマイ。


いくら記憶が無くなったしても、手放せる気がしねーのも確かなんだ。






「昨日は悪かったな」




「えっ?」





「急に俺の事がわかんねーとか言われてよ・・・

お前の方がつれぇはずなのに、気にさせてただろ?

悪かった」




「あっ・・・」







ハッとしたような顔で俺を見上げるマイ。


だがすぐに首を横に振る。






「そんな、私が思い出せない方が悪いんだし・・・

そっそれに、お医者さんもすぐに思い出せるだろうって言ってたから大丈夫だよ!」







ニッコリと笑みを浮べての言葉。


付き合う前までに何度も誤魔化されてきた笑顔だ。


何であの頃は気付けなかったんだと思わず眉根を寄せる。


そして今また、誤魔化そうとするマイにも・・・







「無理すんなよ」




「っ・・・・・」




「俺は、お前にんな顔させてーわけじゃねぇんだからよ」






そう言ってソッと頬を撫でると、マイの顔に熱が集まる・・・



・・・やっぱ、記憶が無くても関係ねぇーな



もう俺の心は決まっていて、たとえマイが俺を必要としなくても・・・







(俺がマイを必要としてんだからよ)






俺はマイの目を真っ直ぐ見て口を開く。









「もし、思い出せなかったら・・・」




「えっ?」




「俺の事がもしこのまま思い出せなくてもよ・・・・・・また好きにさせりゃーいいんだろ?」




「っ・・・」




「今度は忘れらんねーほど、俺でいっぱいにすりゃーいいんだろ?」









俺の言葉にかぁっと赤く染まる顔。


そんなマイの様子に一瞬目を見開いた、そして微笑む。







「やっぱマイはマイだな」




「えっ?」




「そういう反応見るの、俺は好きなんだぜ?」








記憶が無くてもマイはマイだ。


自分より人の事優先して、弱い所見せないように必死で・・・


そして・・・






(不意打ちの言葉に弱い)






引き寄せられるように顔を近づける。


口付けて、抱きしめて・・・その存在を体でも確かめたくなる。




しかし後少しという距離で、ギュッと目を瞑り身構えているマイに気付いた。


触れた肩にも力が入って、緊張しているのが伝わってくる。






(・・・何でこいつは)






避けるとか、止めるとか・・・


本当にしちまうぞ、コラ


思わず呆れそうになるが、真っ赤な顔で固まっているマイを見るとそんな気も失せてくる。







(骨抜きだな・・・)






そんなマイさえ可愛く見えて仕方がない。


俺は自分の気持ちを誤魔化すように溜息をつくと、そのままマイから体を離した。


そして代わりに頭を少し乱暴に撫でる。






「俺の事しか考えらんねーようになってからな」







今の俺がマイの事しか考えらんねーみてーによ・・・



驚いたように見上げてくるマイの顔は、これ以上ないってくらい真っ赤に染まっていて・・・





(・・・・・これ以上はヤベェな)





さすがに今度は止められる自信がねぇと部屋を出た。


盛大な溜め息を一つ落として・・・



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