見知らぬ彼


夢と現実の境目・・・


フワフワとした浮遊感。


その心地良さにずっと溺れていたい気もする。


しかしソッと頬を撫でられた感覚に意識がフッと浮き上がる。



その手つきがあまりにも優しくて・・・


誰なんだろう?


こんな風に優しく触れられた記憶なんて・・・



そっと目を開ける。


一番に目に入って来たのは、キラキラと輝く金色。





そして・・・






「マイ!」






心配顔で覗き込む見知らぬ男の人。

















「・・・・・えっ?」




状況が把握出来ずに、とりあえず目の前の彼に視線を合わせたまま固まった。



誰だろう?



そう脳内を巡る疑問。


しかし目の前の金髪に金の瞳の彼は私の顔を覗きこんで心配気に眉根を寄せる。






「大丈夫なのか?」




「えっ、何?」




「何ってお前なぁ・・・」






呆れたように溜息を吐かれた。


わけが分からない。


状況が理解出来ない。


そう思って口を開きかけたその時・・・







「お前、図書館で台から落ちたんだよ。

本片付けてる時に走ってる子供がぶつかってきて・・・・

どっか痛むところねーか?」





「リオッ!」







見知った顔が視界に入ってきて、安堵の息を吐く。


近付いてくるその腕を両手で握り締める。


やっと私の中に安心感が広がり笑みが浮かんだ。



しかし、そんな私の様子を見て金髪の彼が一瞬困惑気な視線を向けてきたような気がする。


だが今の状態ではそれを気にするだけの余裕も無く、ギュッとリオの腕を握る。


そんな私の様子を見て、リオが不思議そうに首を傾げた。






「どうした?どっか痛むなら医者呼ぶぞ?」






医者・・・



その単語に、ここは病室なんだとやっと気付いた。


見た事のない部屋・・・


白い部屋に、家具らしいものはほとんど無い。




そうか、私は今病院にいるのか。


やっと少しずつ状況が掴め始めてきた。






「マイ?どうした?」





リオが頭を撫でる。


それだけの行為ですごく安心させられる。


リオがいるだけで大半の不安は拭い去られた気がする・・・







「なんでもない」







そう答える私に、リオが笑みを返した。


そして視線はそのまま金髪の彼へ・・・






「なぁエド、起きたらもう帰ってもいいんだったよな?」




「あ?あぁ・・・・・マイ、本当に平気なのか?」







再び私へと向けられた彼の言葉。


視線を一度彼へと向け、すぐにリオへと戻す。







「・・・ねぇ、リオ」




「ん?何だよ?」





「・・・・・・・・この人、誰?」








私のその一言に、2人の顔色が一瞬で変化した・・・



















「えぇ?!マイが記憶喪失?!」





そう驚く鎧姿の彼を、リオはアルという名だと教えてくれた。


そしてここがマンガの中の世界だと言う事、そして・・・






「・・・じゃあ兄さんの事も?」




「あぁ、たぶんうちと出会って1〜2年以降の記憶がすっぽりなくなってる感じだな」




「そんな・・・・」







そう言ってアルが視線を向ける先・・・


金髪に金の瞳の彼はエドという名前らしい。


いまいち信じられないが・・・・・・・私と彼は付き合っているのだとリオが教えてくれた。






「マイ、本当に覚えてないの?」




「・・・ごめんなさい、分からない」







今日何度目になるか・・・


問われた言葉に顔を俯ける。





リオの事は分かる。


けれどこの2人の事は分からない。



そしてこの世界・・・


病室から出て実際に外の様子を見るまで信じられなかった。


トリップしたいと願うほど、私が想いをよせていた世界や人・・・



そのはずなのに、何も思い出せない。


それは、始めからそんな記憶が無かったように・・・



どちらかと言うと、急に未来に飛ばされたような気分・・・







「まぁ、落ちて頭ぶつけたショックで一時的なもんだろうって。

医者もそのうち記憶も戻るだろうって言ってたからよ、そんな気にすんなよ。」







そう言って微笑むリオに安心する。






「とりあえず今日はもうゆっくりしろよ」




「うん」








そう返事をしてみたけど、病室から宿に帰って以降一言も喋らない彼が視界の端に映って仕方が無かった・・・



















「えっ?リオ、どこか出かけちゃうの?」






次の日の午後・・・


上着を羽織るリオに思わずそんな声を上げる。






「あ〜わりぃ・・・

昨日東部・・・・あ〜〜世話になってる所の用事の途中で病院に行っちまったからな」






リオは何かを思い出すようにして眉間に皺を寄せた。


しかしすぐに私へと視線を向けて問いかけてくる。







「一緒に行ってみるか?」




「・・・・・いい。留守番してる」







また記憶が無い事で誰かに暗い顔をさせたくない。


チラチラと脳裏を過ぎる昨日のあの人の落ち込んだ顔に小さく溜息を吐いた。







「すぐ帰ってくるからよ。

何かあったら電話しろよ?」




「分かってる」








そう笑みを浮べると、リオも笑みを浮べた。


そしてドアから出て行くその背を見送って、小さな溜息をついた。







「・・・何か、変な感じ」







枕を抱きかかえて、窓の外の景色へと目を移す。


知らない風景、知らない人達・・・


リオとの関係も変わってるんだろうと何となく分かった。


それがいい事なのか悪い事なのか、今の私には分からない。



ただ思うのは・・・・・







コンコンッ







急に部屋に響いたノックに思わずビクッと反応する。


動けずにいると、ドアの外から声がかかる。






「・・・・・マイ、開けてくんねーか?」




「あっ・・・」







聞こえてきた声は、昨日病室で何度も聞いた声。


私は考えるよりも早くドアを開けていた。



















「リオが出かけるって言ってたからよ・・・一人で平気か?」




「・・・あっ、ありがとう」







心配してくれているんだろうと分かり、短く礼を口にする。


しかし目の前の彼は微かに笑みを浮かべただけで、それ以上何も言わない。



彼が今何を考えているのか・・・


彼が今どんな気持ちでここにいるのか・・・



私には彼がどんな人なのかすら分からないので検討もつかない。




でも一つだけ確かに分かること・・・







(私は、きっと凄くこの人の事を傷つけた・・・)






分からない、覚えていないと言った瞬間の表情が脳裏を過ぎる。


本当に覚えてねーのか?!と何度も問われ、頷くたびに傷付いた表情をした彼・・・


知らず、両手を握り締めていた。







「・・・ごめんなさい」




「マイ?」







私の小さな呟きに、彼がこちらへと視線を向ける。


けれどその目を真っ直ぐに見る事が出来ずに顔を俯ける。






「ごめんなさい。

私・・・あなたの事が分からなくて・・・・・ごめんなさい」






他に何て言えばいいのか分からなかった。


今の私の記憶の中に彼はいない。


けれど、言い表せられない程の罪悪感に似た感情がある。




きっと私は彼の事が凄く好きだったんだろう・・・


携帯の中に残ってる写真や、昨日寝る前に聞いたリオの話。


正直始めは、私がそんなに人を好きになれわけないと信じられなかった。




けれど・・・




写真の中の光景が温かくて・・・・


お前はエド一筋だったと話すリオの声が優しくて・・・






訳も分からず涙が溢れそうになった。









「マイ・・・」







頭上から聞こえる声に顔を上げる。







「昨日は悪かったな」




「えっ?」







急な謝罪が何を指し示しているのか分からない。


ポカンとする私に、彼は続ける。






「急に俺の事がわかんねーとか言われてよ・・・

お前の方がつれぇはずなのに、気にさせてただろ?

悪かった」



「あっ・・・」






確かに傷付いた顔が頭から離れずに気になっていた。


けれど、それを顔に出しているつもりはなかった。







「そんな、私が思い出せない方が悪いんだし・・・

そっそれに、お医者さんもすぐに思い出せるだろうって言ってたから大丈夫だよ!」






ニッコリと笑みを浮べた。


しかし目の前の彼はそんな私を見て眉根を寄せる。








「無理すんなよ」




「っ・・・・・」




「俺は、お前にんな顔させてーわけじゃねぇんだからよ」







ソッと頬を撫でられて、顔に熱が集まる・・・



あぁ、この人には上辺だけの笑みは通じないんだ・・・


もっと深いところまで分かってくれてるんだ・・・



そう思うと、なぜか急に恥かしくなってきて瞳を逸らす。


向こうは私の事をこんなにも知っているのに、私は彼の事を全く知らない。


けれど、この向けられる感情は確かに好意なんだと分かる。




それがどこか気恥ずかしくて、けれどそこはかとなく嬉しい・・・






「もし、思い出せなかったら・・・」




「えっ?」







呟かれた言葉に、逸らしていた視線を戻す。


すると、今までに見たことの無いほどの強い瞳がそこにはあって・・・






「俺の事がもしこのまま思い出せなくてもよ・・・・・・また好きにさせりゃーいいんだろ?」




「っ・・・」




「今度は忘れらんねーほど、俺でいっぱいにすりゃーいいんだろ?」







その言葉に、その挑戦的な瞳に・・・


気付くとかぁっと顔が熱くなった。


そんな私の様子を見て、彼は何故か安心したように微笑んだ。







「やっぱマイはマイだな」




「えっ?」




「そういう反応見るの、俺は好きなんだぜ?」







そう言って近付いてくる顔。



ここで避けたらまた彼を傷つける事になるのだろうかとか・・・


そもそもそこまで抵抗感がないって事は記憶に無くても何かは覚えているのだろうかとか・・・



急な展開に内心パニックになる。


しかし結局はギュッと目を瞑り身構える。


しかし予想していた感触はいつまでも経っても来ない。


途惑いつつも目を開けようとした瞬間・・・






「俺の事しか考えらんねーようになってからな」






そう言って少し乱暴に撫でられた頭。


ドアへと向かうその背を黙って見送る。






(・・・・・・・う、わ)






クラッとするほどの熱が集まる。


ドアが閉じて暫くの間呆然とする・・・


あれほど求めていた記憶がゆっくりと戻ってくる・・・






(・・・私、2回もエドに恋をしちゃったよ)






きっと何度記憶を無くしたとしても好きになる・・・


エドしか好きになれないのかもしれないと思うほどその想いは強くて・・・






(骨抜きだなぁ・・・)






熱くなった頬に手をあてて・・・


これが冷めるまではエドの元には行けないと小さく溜息をついた。



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