これの続き。



パチリと、本当にパチリと、まだ夜も明けていない半端な時間に目が覚めた。障子の向こうに見える世界は暗いようなほんの少し陽が見え始めた白が混ざったような不思議な色をしていて。私はそこから寝なおすでもなく脳裏にあることがよぎる。

(沖田さん………)
彼は今どうしているだろうか。
(この刻ならまだ寝ていたっておかしくない。ううん、普通なら寝てる……はずだよね)
どうやら数日前から熱を出して床についているらしい彼の世話を頼まれたのはつい昨日のこと。それまでは具合が悪いというのに、誰も傍に寄らせたがらずに一人部屋に篭っていた沖田さんをみかねて、土方さん、要するに副長直々の命令、ということで私が看病をすることになり。
最初こそ(主に土方さんに)ぶつぶつと嫌味を言っていた沖田さんだけれど、がばっと音がしそうなほどに頭まですっぽりと掛け布団を被ったかと思うと。
聞き逃しそうな小さな、小さな声で確かに「ごめんね、ありがとう」と言ってくれた。
どうしているのかな、ちゃんと眠れているだろうか、また熱が上がってやしないだろうか。一度考え出したそれは止まることはなく、それどころかある種の不安さえ一緒に伴って浮上してくるのだから性質が悪い。
(………うん)
様子を見に行って、眠っているのならそれでいいし、熱にうなされていたり寝苦しそうだったらおせっかいだろうけど世話を焼いて帰ってくればいい。
そう自分を納得させるための答えを心中で作って「よし!」と気合を入れた。

(本当は、見られたくないんだと思うけど)
沖田さんは普段飄々としていて掴みどころがないというか、目を離したその瞬間に目の前からいなくなっている、捕えられない、風のような人。彼の行動を決めるのはあくまで彼自身で、誰にも束縛されることはない、そんな人。
私には、そう見えていて。
また、沖田さん自身も他人にそう見られることを望んでいるように見えた。
気配に敏い人だから私がこうして様子を見に行くことで起こしてしまうかもしれない。
そのことで沖田さんに怒られてしまうかもしれない。
そう思ったけど。
どうしても気になって気になってしかたなかったのだ。

夜着のまま、音を立てないようにそろりそろりと障子をスッと開き。
出来るだけ足音を立てないようにして、私は沖田さんの部屋を目指した。



(寝てる……よね?)
ごめんなさい、と呟いてから障子に手をかけて中が覗けるくらいの隙間を作る。中で部屋の中央に敷かれた布団の上に沖田さんが横になっているのを見てほっと息を吐いた。
(………?)
と、そこまでして気付く。
何かおかしくはないかと。
気配に敏い人だから起こしてしまうかもしれないと思ったのは私自身で。それは杞憂でもなんでもなく、沖田さんなら確実に彼を起こしてしまう事実、だった。
新選組一番組組長の名は伊達じゃない。屯所に奇襲をかけてくるような輩は滅多に、それどころか泣く子も黙る新選組と名が馳せている今となってはそんな人たち、いないに等しい。それでも、人を殺している以上、恨まれることもあるし、いきなり襲われることだってある。

『だからね、僕たちはいつだって、名を背負ってるってことを忘れちゃいけないんだよ』

いつか沖田さんが言っていた言葉を思い出す。気配に敏くなくてはいけないのはそういう理由から。
殺気、人の気配。
自分がいつだって襲われるであろう可能性。
それら全てを絶対に忘れてはいけない、常に頭に置いておかねばならない。

『それって、なんでだかわかる?』

言いながら、楽しげに問いかけてきた沖田さんの顔が浮かぶ。

『人ひとり死んでそれでお終い、ならいいけどね?僕の……僕たちの場合、新選組幹部の……新選組が奇襲にも気付かず討ち取られる、ってことになるから』

言ったその顔は私をからかっているようで、その瞳だけは酷く真剣で。ああ、彼は新選組であることを自覚していて、どこまでいっても新選組でしかないんだなあ、とそう思った。
だから。
沖田さんが部屋の前に私がいて、あまつさえ部屋の中を覗いているというのに。
眠っているというのはおかしいことなのだ。


(おき、た、さん?)




薄暗闇の中、瞳を凝らす。よく見れば彼は横になっているだけで、その目は開いていた。翡翠色が暗闇の中でひとつ、浮かぶ。

「く…そ………っ!!!」

ドン、と音がした。音よりもその悔しげな声に驚いて、びくりと肩を揺らす。
「おき……たさ……」
恐る恐る声を掛けるも、沖田さんは全くこちらを見ない。
それどころか、私の存在に気付いていないようだった。
「っ」
憎々しげに顔がくしゃりと歪む。
(沖田さんのあんな顔、見たこと、ない……)
もしかしたら私は今、見てはいけないものを見ているんじゃないだろうか。そう思うのに、瞳は沖田さんにくぎ付けになって、足は動こうともしない。上半身だけを起こした沖田さんが、その顔を膝に埋める。

『さびしい、よ』

「っ!」

顔を埋めているからくぐもった声ではあったけれど、耳に届いたものは多分、沖田さんの弱さで。本当なら私はそれを聞かなかったことにしてここを去るのが一番いいんだろうけど。
どうしてだろう、そんな気になれなかった。

「うっ…わ………」
この位置からでもわかるくらい、沖田さんの体が大きく震えだす。
震え、なんてものは自ら起こすものでも、ましてや意志で簡単に収まってくれるものでもない。気付けば私は。
足を踏み出して沖田さんに触れる距離にまで来ていた。

「いいんですよ、沖田さん」
「あ……?」

顔を上げないまま、沖田さんは不思議そうな声を上げた。
言葉が、勝手に口をついて出てくる。
「あなたの気持ちを聞かせてください」
「僕の…気持……ち…?」
促すみたいに、はい、と答えると「どうしたらいいか……自分でもわからないんだ…」と、そう返ってきて。
一瞬、きょとんとする。

だって、そんなはずない。
沖田さんのしたいことは、すべきことはいつだって一つだから。
彼はいつだって、それしか考えていなかったから。

「そんなことはないでしょう?何がしたいか、はわかっているはずです」
「君に…僕の何がわかるっていうの………!!?」

くすくすと小さく笑ったのが気に障ったのか、苛ただしげな声が響く。自分でも随分大胆なことをしているという自覚はあった。普段の私なら、今の状態の沖田さんにこんな態度は絶対にとらない。

「…全部は、わかりません。だって私は沖田さんではありませんから。でも……、あなたが望んでいることは痛いくらいに知ってます。彼と、あなたと、あの人たちと同じくらい」

桶にいっぱいに汲んだ水を、両の掌で掬おうとしてもどうしたってそれは指の隙間から零れていってしまう。
それと同じこと。
全部は掬えなくても少しなら。
少しずつなら。
「き…みは……」
これは私の痛みじゃない。それなのに、胸が痛くて痛くてたまらない。
(少しでも、取り除けたらいい)
自然と伸ばした掌は抱えた頭からわずかにはみ出た彼の額に当てられて。途切れ途切れの声がしたと思ったら、沖田さんの上体がゆっくりと後ろに倒れていった。
すうすうと寝息を立てるその顔には、目の下に隈があって。
「寝て、なかったんですね……」
今度は、隈の出来た瞳を掌で覆い隠す。

「……おやすみなさい。よい夢を」

すっと離した掌。気のせいかもしれないけど、その顔がなんだか先程より穏やかに見えて、私の口は小さく笑みを形どっていた。
なぜか零れそうな涙には知らない振りをして。
私はその部屋を後にした。











110824
眠れなかった理由は、目を覚ませないんじゃないかと思っていたから。



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