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「……うわ。」

無事に開店していたディルクさんのお店でケーキを幾つか見繕い(ディルクさんに会った瞬間眉を顰められたのは中々に傷ついた)、自室に帰るのと試合の申し込みをするため天空闘技場のエレベーターに乗る。Gが微かにかかるのと同時に異物のようなオーラが200階にあるのを感じ取り、声を洩らした。

んん、このオーラは……もしや、いやまさかと脳裏をよぎる嫌な可能性に眉根を寄せる。

軽快な電子音と共にエレベータの扉が開く。
一歩、200階のフロアに足を踏み入れると、その瞬間ぶわりと増したオーラ。
発信源は受付付近。残念なことに、これから俺が行こうとしてる所である。ちなみに自室に行くのにもそこを通らないといけない。


……天空闘技場でこんなオーラを持つ奴って言ったら、ヒソカだよなぁ。
まだ会ったこともないというのに、オーラだけで誰かを特定している自分に苦笑する。

時間が経てば経つにつれ、こちらを挑発するオーラが増す。
完全に俺をターゲットにしてる。非情に有り難くない。

このまま200階から立ち去りたい。
しかし無情にもエレベーターの扉は閉まっている。ボタンを押し、呼び戻したエレベーターに乗り込むまで15秒以上……駄目だ、絶対捕まる。
【信頼する移動手段(ベストメンズ)】を使う?
……いや駄目だ。今ここで逃げたら、欲求不満のピエロが大量殺人事件を起こすのは確実だ。一瞬いいかもしれないと思った案を切り捨てる。


仕方がない、行くか。

吐き出したくなる溜息を押し込み足を進める。
角を抜け、受付の方向を見ると……いた。
ピエロのような恰好をし、髪を逆さになでつけたヒソカが。
心のどこかで外れててくれと願っていたのだが、目の前にいる男はどこをどう見てもヒソカ。髪の色がピンクだがアレは絶対ヒソカ。さっきのシャルとの会話はフラグだったに違いない。後で文句入れてやる。


「やあ。」
「……こんばんは。」

試合申し込みの紙を貰いながら挨拶する。
原作とはまた違う服装だけど、立派なピエロルック。知り合いだと思われたくない様相だ。

「キミいつから200階にいるんだい?」
「2ヶ月ほど前からですよ。」

ヒソカの舐めるような視線に耐えつつ記入事項を書き入れる。うーん、いつでもOKにしておこうかな。そしてヒソカ、お前何で異様に腰辺りを見てくる。ぞわってなったぞ。

あーでも、ヒソカに興味を持たれてしまった今、此処に長居するの危険だよな……。200階の闘士なら問い合わせれば、こっちの部屋まで普通に分かっちゃうし。試合入れずに此処から撤退しようかな。そう考え、チェックを入れようとしたペンを一度止める。

でも、シャルに試合楽しみにしてるって言われたしな……。
シャルなら俺が試合組まずに天空闘技場から去っても、軽い文句こそ言えど執拗に責めたりはしないだろうけど……。試合入れる、って言ったばかりだし、約束を違えるのは良い気がしない。

……よし、この一試合が終わったら天空闘技場から出よう。それで家でも買おう。未成年でも手を尽くせば買えないこともないし。お金は充分すぎるほどあるし! 何とかなる!! よし、明日から運び屋の仕事と並行して家探ししよう。

お前のオーラなんて気にも留めません、と止めたペンを動かしチェックを入れれば、それが気に入ったのか隣から特徴的な笑いが漏れた。さっきからお前尻を重点的に見てるけど何なの? 尻フェチなの? ちくしょう、こんなことだったらスーツから着替えるべきだった。

「イイねェ、キミは美味しそうだ。」
「……それはどうも。」
「どうだい。今から申し込みするんだったら、ボクと……」
「謹んでお断りさせていただきます。」

言い切る前に断りを入れた。その瞬間僅かに膨らんだオーラを察知し反射的に避ける。

コイツ、【伸縮自在の愛(バンジーガム)】付けようとしたな?!


「反応もイイ。増々キミと闘いたくなっちゃったなァ……。」


あっ、コレ駄目なやつだ。
今これ絶対股間見たらいけないやつだ……!!原作で集中線と効果音がしっかり描かれてるの見たことある。

矛先を変えろ、っつっても生憎、俺はゴンのように空気を壊すことなんて出来やしない。
出来る、って言ったら……、ヒソカの本質を突いて、この場をやり過ごすぐらいだ。

「……意外ですね。」
「何がだい?」
「俺は貴方をルール無しの戦闘を好む手合いだと判断したのですが……間違えてましたか?」

横目でヒソカを見ながら言う。
すると一度細い目を見開き、クツクツと喉を鳴らした。

「その通りだ。……あ、そうそう自己紹介がまだだったね、ボクはヒソカっていうんだ。」
「……ルイです。」
「ルイ、ね。今いくつだい?」
「13歳ですが、それが何か。」
「おや随分と大人びてるんだねぇ。もう少し上だと思ったよ。……念を覚えて、どのくらい経つ?」
「……その質問に何の意味が?」

人差し指を顎に当てながら楽しそうに問うヒソカ。
表情は変えぬまま問いの意図を聞く。
大方、俺がまだ発展途上の青い果実か、熟した果実か見極める質問だろうが。


「質問してるのはボクだ。」

別に教えてもいい内容だろう。これだから気まぐれで嘘つきは。
いや、この言い方は良くないな。気まぐれで嘘つきだけでヒソカと同列にされる世界中の数多の人間が可哀想だ。そうだな……、これだからヒソカは。と訂正しておこう。

「……未熟か適熟か判断するための質問ですよね。」
「おや、キミは随分ボクのことに詳しいんだねェ。嬉しいよ。」
「貴方は有名人ですから。天空闘技場内に限らず、ね。」
「ふぅん……、ということはキミ賞金首ハンターかい?」
「いえ? ライセンスは取る予定ではいますが賞金首ハンターではないですね。」

うん、取る予定。

試験内容もしっかり把握出来てる再来年のハンター試験でな。まかり間違っても試験管を半殺しにする受験生がいる来年の試験は受けない。下手すると俺まで試験管半殺しの罪を着せられる可能性がある。それだけはご免だ。受けるのなら一発で合格したい。

「へェ、ハンター試験受けるのかい?」
「ええ。ライセンスがあれば何かと便利ですしね。」
「キミがいるなら面白そうだ。ボクも受けようかなァ。」

どうぞご勝手に。
来年のハンター試験には俺はいないがな。

現段階では、まだ受ける気じゃなかったことに少し驚いたが、まあいいだろう。コイツの口ぶりから、来年受けることは決定したみたいだし。俺はいないけど。

そう一人結論付けていると、ヒュッと空を切る音と共に小さな細長い紙が飛ばされた。肩口に当たるかどうかのところで、それを人差し指と中指で受け止め、ちらりと見る。

チケット……?
細長い紙には、ヒソカVSカストロという文字。
んん? 何か選手関係者席とか書いてあるんだけど。正直いらない。


「ソレ、ボクの試合。良かったら観にきておくれよ。」

にっこりと効果音が付きそうなくらいな笑みを携えたヒソカはジョーカーのトランプを口元に当てながら背を向けた。
背中が曲がり角を抜け、見えなくなるまで待ってから息を吐く。


……随分と簡単に引き下がったな。

ヒソカと俺のやり取りに冷や汗を流していたお姉さんに申込用紙を提出し、自室へと足を進める。
ただならぬヒソカのオーラが静まったのを不思議に思ったのか何人かの念能力者が部屋から顔を覗かせていたが素知らぬ顔をして通り過ぎる。


ヒソカから渡されたチケット。

ヒソカの対戦相手。

「カストロ、ねぇ……。」

観に来いっつっても、相手が念能力者じゃないしなぁ。
ヒソカからダウンを取るのだって、アイツが変なパフォーマンスを入れたからだろうし。

興味の湧かぬ誘い。


「……行かぬが吉だな。」

とりあえず、このチケットはダフ屋にでも売りつけよう。

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