part3 「遭逢×限界×成長」
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肌を刺すようなピリピリとした空気の中、PDAを何度かタップする音が響く。

〈運び屋ロイレクス。目的のものを届けに来た。確認を頼む。〉

目の前の体格のいい男に文字が表示されているPDAを差し出す。
既に目的のものは傍にあるテーブルに置いてある。

「……おい確認しろ。」

眉の無い無骨な男が警戒を緩めぬまま、傍に控えていた男に命令する。

いっそ馬鹿馬鹿しいほどに広い部屋、大理石の床に緻密な刺繍がなされている絨毯。置かれている家具の一つ一つに目を凝らしたくなるほどの装飾が施されている。
本革の座り心地の良いソファに浅く座りながら、運んできたものを確認する様を見つめる。

視界は暗く、最近見慣れてきた金糸が揺れた。

黒服に身を包んだ男たちが頷くのを見て、新たに定型文を画面に打ち込む。

「……確認した。報酬は振り込んでおいた。」
〈了解した。では当方はこれで。〉
「また頼んだぞ。」

その言葉に一つ頷き、屋敷から出た。
立ち止まり重苦しい空気を吐き出したかったが屋敷が見えなくなるところまで歩き、人通りの少ない路地に入り込んで立ち止まる。

「つっかれる……。」

そう呟きながらウイッグとサングラス、鳥をモチーフにしたイヤリングを乱暴に取った。鳥の嘴には赤い実を模した宝石が咥えられている。
【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】にそれらを仕舞い、携帯を取り出しながら大通りへと出る。スーツを着たままだが何処にでもあるようなものだ。問題はないだろう。ああ、手袋は外しておこう。
暫く使っていなかった携帯の着信を確認するのは、もう少し後にしよう。

疲れる、と呟いた言葉を癒すため目に入ったカフェに入りケーキを食べた。もう少し休憩していこうと、ゆっくり珈琲を飲む。ガヤガヤと見知らぬ人々が奏でる程よい雑音。五月蠅いのは嫌だが、さっきのように静かすぎるのも嫌だと背もたれに身体を預けた。

ピリリ

ポケットに入れていた携帯が鳴る。

「……シャルか。」

表示された名前を確認し、通話ボタンを押した。

「もしもし。」
『あ、ルイ。久しぶり。』
「……一週間前に電話してた気がするんだけど。」

二ヶ月前に出会ったシャルナーク。あれから結構頻繁に電話やメールなどのやり取りをしている。
その内容は美味しいカフェ見つけた、とか面白そうな本のこととか、他愛もない愚痴だとか(その度に勧誘してくるのだから諦めが悪い)。

『急に一週間とか連絡つかなくなるの止めてよ。死んだかと思うじゃん。』

そう物騒な事を軽口のように言うシャルナークに呆れる。
一週間くらいで死んだと勘違いされたら堪らない。というか、毎日電話かけてきてたのか……ちょっと引く。

「俺にだって色々あるんだって。……で、今日はどうしたんだ?」
『んー、まあいつも通り大したことじゃないんだけど、ルイって200階の試合いつ入れるのか気になってさ。』
「あー……。」
『……もしかして忘れてた?』

シャルナークの言葉に暦を思い出してみれば成程、そろそろ200階の戦闘準備期間が迫っている。
いや、あと一ヶ月ほどあるけれど、丁度良いときに試合が組めるとも限らないだろう。そろそろ申し込みをしたほうがいいな、とお代わりが注がれた珈琲を一口飲んだ。

『オレ、何気にルイの試合楽しみにしてるんだけど?』
「まあ近々試合入れるよ。……あそこの使い手でそこまで楽しめるとは思えないけど。」

何度か合間を見て200階闘士の試合を見たことがあるため、そのときの光景を瞼に思い浮かべながら言う。
ヒソカならともかくとして、あそこの連中相手にシャルナークが楽しめるような試合が出来るとは到底思えない。

『んー、いるかもよ?』

心当たりがあるかのように口を開いたシャルナーク。その声からは少し苦々しいものがあるような気がする。

「心当たりあるのか?」
『まあね。オレはソイツとは闘いたくないけど。』
「……シャルが嫌がるような奴と闘えって?」
『闘って欲しくはないよ?ルイのことは気に入ってるしね。……あ、でもルイがそいつを殺してくれるっていうんなら闘ってほしいな。』
「……どんな奴?」

物騒な言葉に目元を引き攣らせながら聞く。
ヒソカに間違いないだろうけれど、ここは聞くのが自然だろう。というかヒソカってシャルに嫌われてるのか……。

『一言で言うなら殺人ピエロってとこ。』
「殺人ピエロ?……そいつってさ、賞金首になってる?」
『あ、やっぱり分かる?』
「いや、だって……ヒソカ、だろ?有名じゃんか。あれ今天空闘技場にいるんだ……。」

この間、興味本位でヒソカについて調べてみたら後悔した。
分かってはいたけど、賞金首ハンターで知らない人はいない、ってくらいの有名人だった。画面を見て俺は頭を抱えた。

ヒソカとは絶対に闘わない、と嫌そうに言えば、そのほうがいいなと笑いながら返された。けど小さく舌打ちしたの聞こえてるからな。お前、俺にヒソカ殺させて「アイツ蜘蛛の一員だったんだよねー、困ったなぁ……ルイ責任取って蜘蛛に入ってよ。」とでも言うつもりだっただろう。全く油断も隙もない。
それからまたいつものように取り留めのないことを話し、時計の長針が一周しようかという頃にようやく通話を切る。相変わらずシャルナークと話すと長電話になるなぁ、面白いからいいんだけど。ちょっとした情報も得られるし。

すっかり冷めてしまった珈琲を口に入れれば、舌を襲う酸味に思わず眉を寄せた。
……もう一度ケーキ頼もう。

口直しのため店員さんを呼びつけ、注文する。
店内をそれとなく見渡せば、来た時よりも大分人が減っている。

随分長居をしてしまった、と思うが、治療活動の後に休憩もそこそこに運び屋の仕事をしたため結構疲れたのだ。注文はしているから問題はないだろうと窓の外を眺めながら、この二ヶ月の日々を思い返した。



シャルナークと会った翌日、ふらりと最初に訪れた紛争地帯ではあまりの惨状に眉を寄せながらも、目に着いた怪我人を片っ端から念で治していった。激しいオーラの消費、睡眠不足、そして碌に食事を摂っていなかったせいか、三日ほどで限界がきた。重い身体を叱咤しながら、ようやくのことで森に辿り着き気絶するかのように眠りに落ちた。ふと誰かの気配を感じ、まだ疲れを訴える身体を無視して気配の元を見やれば遠慮がちに窺う数人の子どもが怯えたように体を揺らした。口を動かすのも億劫なところだが、見つかってしまったのなら仕方がない。気配を消し少し離れた木の上で寝ればいいだろう、と身体を起き上がらせようとしたとき「ありがとう。」と拙い共通語が聞こえた。子供たちはそれだけ言うと俺に背を向け走り去った。

次に訪れたところは現地人が殺気立っており後味が悪い結果となった。異国の者は信用ならん、と殴られそうになったところを気絶させ無理矢理水を飲ませ治療。そこの宗教の関係だろうか、瞬く間に傷が治った男を見て悪魔になってしまった、と騒ぎ立てるのを全員気絶させた。勿論その後きちんと治療した。前回の反省を踏まえて小さいところを狙ったのと気絶させてから治療したため一日で済んだ。しかし一度に大量の怪我を治したため、やはりオーラが枯渇し近くの森の樹上で絶をしながら眠った。下に見えた、たくさんの松明の灯りと怒号は寝起きに辛いものがあり、移動するオーラが戻り次第直ぐに帰った。

三度目は環境が良かったため適度に休憩を取りつつ、どのくらいまで行けるかと二週間滞在した。しかし裏側の人間に目をつけられたのか見るからに堅気じゃない男たちが押し入ってきた。よく懐に潜り込んでは笑顔を見せていた子供の頭に銃を突き付けられれば見捨てることなんて出来なくて仕方がないと素直に連行された。男たちの会話からどうやら盗賊だと判断。それならば捕らえてやろうと、頭領と対峙し野卑な笑みを浮かべたのと同時に賊を一網打尽にした。不法入国をしているため素直に警察に届けることは出来なかった。どうしたもんかと悩んだ末にハンター協会の目の前に飛んで賊共を放り投げてきた。きっとどうにかしてくれるだろうと信じて。以来捕らえた犯罪者はハンター協会の前に放り投げることにしている。

二週間は流石に居過ぎた、と次は一週間の滞在にした。
此処も最初から友好的だったため居やすかった。怪我人の数がとても多かったが休憩を摂りつつ治療したのと、修行の成果か然程疲れずに済んだ。五日を過ぎれば少し時間にゆとりが生まれたため擦り寄る子どもたちに民族語等を教わり、こちらは共通語を教えた。去る、と告げたとき分かりやすく表情の揺れた村人たちだったが、一週間しかいないと最初に宣言していたのを思い出したのか唇を噛む姿に苦笑した。一週間、という期間が丁度いいと頷ける良い機会となった。後日、運び屋の初仕事として誰にも見つからぬよう様々な本や筆記用具などを届けた。

「最初の頃はまともだったんだけどなぁ……。」

運び屋ロイレクス。
どんな荷物も有り得ない速さで届ける運び屋。
スーツに金の短髪、サングラスをかけ鳥を模した拳程のイヤリングを右耳、左耳と気まぐれにつける運び屋。言葉のやりとりはPDAを介してのみ。性別及び名前の由来は不明で他の追随を許さないロイ王、という意味なのかロイとレクスという二人の人物が依頼を引き受けているかなど様々な憶測を呼んでいる。少し前に調べた情報はここまでだった。

この運び屋が軌道に乗り始めた。
それ自体は有り難いのだが、今日のようにマフィアからの依頼が今のところ多く受け渡しのときに結構神経をつかう。
PDAを使ってやり取りをすることから不審がられ、ちゃんと機能するまで時間がかかるだろうと思っていたが、即日配送というのは思いのほか需要があるようだ。報酬もいいし。

そろそろマフィア以外の顧客も増やしたいなぁ。まだ仕事を選好みする段階でないことは分かるけど……、このまま手を打たずにいると裏側の仕事ばかりになってしまいそうだ。
運ばれてきたケーキをつつきながら思案する。
んー、何度かの治療活動で自分の限界も分かってきたし、運び屋のほうに精を出そうかなぁ。
となると暫くの寝起きは天空闘技場の自室でいいか。

一息つき、フォークをケーキに刺そうとすると考え事をしている間に食べてしまったのか空になった皿しかなかった。さっき頼んだばかりだというのに……、二個目だったというのに衰えぬ食欲に思わず苦笑する。きっと疲れてるんだなぁ。

やっているかは分からないけれど、久しぶりにディルクさんの店行ってみるか、と甘さを求める口に珈琲を流し込む。

二か月間オーラ供給の交流しかなかった紅桜への貢ぎ物としても丁度いいだろう。自室に帰っては紅桜に問答無用でオーラを供給して、食べて寝て、また新たな地へ という二か月間を送っていた。

……紅桜怒ってるだろうなぁ。
帰りたくない。