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すっかり暗くなってしまった空を見上げた。
街の明かりで星は見えず、月が控えめに浮かぶだけの空。
修行中は満天の星が頭上にあることが当たり前だったから、此処に来て最初は味気ない空に寂しさを感じた。まあ二、三日もすればそれも慣れてしまったのだが。
だからといって決して居心地が良いわけではないけれど。ああ、そんなことを考えたら脳裏に数えきれないほどの星が瞬く空が浮かんでしまった。
街は嫌というほど賑やかで、人の波を上手いこと交わしながら歩く。夜と人混み、そしてフードを被っているおかげで闘技場の近くを歩いても俺に気付く人はいない。

時が流れるのは早く、いつの間にか夜になっていた俺とシャルナークは夕飯まで一緒にした。といっても、昼間のうちにおびただしい量のお菓子を食べていたせいかお腹はあまり空いてなかったため近くのファミレスで話しながら軽く食べただけだが。

そして、今は帰りの道中。
シャルナークは元々此処に長く留まる気は無かったようで、今日のところは天空闘技場の近くのホテルに泊まり、明日にはこの街を去るそうだ(ちら、と仕事手伝わない?とさり気無く聞かれたが鼻で笑っておいた)。
別れ際に、こまめに連絡すると言われたが、それだけで暫くは会うこともないだろう。


紅桜以外の人と、あんなにも楽しく話すのはジン以来だ。
久しぶりのその感覚に歩く足は、サイさんから与えられた馬鹿みたいに重い錘なんて気にならないほど軽い。

「……何か仕事でも始めてみようかな。」

なんと表現したら良いのか分からない高揚感の中で呟く。

天空闘技場で闘い、ただいたずらに時間を潰す日々。今後のための軍資金は十分すぎるほど貯まった。

シャルナークと出会い、話したことで少し変わったのだと思う。
勿論、まだ裏の世界に身を置かない、という考えはまだ変わっていない。
こちらに来て、俺はまだ少ししか同じ目線で人と話していない。独り立ちして一か月と少し、時間を考えると行動するのが遅すぎた。そろそろ、自分の意思で動き、自分の目で世界を見るべきだろう。

暫くの本拠地は天空闘技場で十分。だが、あそこはこれからを過ごすには狭すぎる。

修行中はジンが話す世界を、そして今日はシャルナークの見た世界を聞いた。それは、このいびつな塔なんて比べ物にならないほど大きな世界。二人とも、それぞれ違う世界を、ただどこかで繋がるような世界を見ていた。

シャルナークの話を聞き、ジンの輝きに溢れた瞳を思い出して、二人が見る世界に憧れた。

俺はどんな世界をこの目で見るのだろう。

直ぐにはジンやシャルナークのような濃い世界を見ることはできないと思う。けれど、二年、三年経ったら?その間、色んなものを見て学べばそれに並ぶものが見れるのではないか。
まだジンに敵わなくてもいい。
時間はまだたくさんある。だからその時間を使って、まずは自分の思うことをやろう。
それが、今の俺にとっての最善の近道。

「そうなると、何がいいかな。」

まだ何もやりたいことがないのだから、まずは自分の能力に合った仕事をしてみるのが妥当だろう。
そうなると……、【世界で一つの万能薬(メディカルヒール)】で医療活動を、【信頼する移動手段(ベストメンズ)】で運び屋を、ってところか。
どちらも人脈を広めるには十分だろう。
……けれど運び屋は土台を固めるまでが難しいだろうな。暫くはお手伝い程度の依頼しか来ないだろうから…、これはある程度人脈を広げてからやったほうが効率が良いか。

となると、医療活動だな。
……俺の能力の限界や可能性を知るために多くの怪我人を治せる環境が必要。そんで、時期が来たらすぐ去れる場所。
病院は論外、頼りっぱなしにされるのはご免だし、本職の医者に念で治療するところなんぞ見られたくない。

どうしたものか、と考えていると思い出したのは一か月前に出会った人物。
自己満足の塊とも言える自称戦場カメラマン。

「……紛争地帯、ねぇ。」

軽傷から重傷まで多くの怪我人がいる場所。
最初こそ警戒し治療を拒まれるかもしれないが、一度無理矢理にでも治してしまえば後はこちらのもの。そして、ある程度そこで活動して、時期が来たら国に帰るとでも言い撤退する。
まあそうなると完全に慈善活動になるわけだから、収入は一切望めないが、目的はお金じゃないからそこは良いとしよう。
そう考えると、これは今の俺に都合のいい場所なのではないか。自分の念能力の追及、人脈や情報の確保……、うん考えれば考えるほど都合がいい。

不謹慎だ?
偽善でいたずらに憐れむより、苦しんでいる人たちを確実に治療するほうが、当人たちは救われるだろう。
あちら側は俺のことをただ傷を治す余所者として利用すればいいし、俺は俺で自分のことだけを考えて治療する。そう割り切ればいいだけの話だ。

自分で身勝手だと自覚してる分、あのお嬢様よりマシだろう。

「暫くの間、慈善活動して余裕出来たら他のことにも手を出してみるか。」

……ああ、紅桜にちゃんと報告しないとな。
俺がただの銃火器で、どうにかなることは無いとはいえ、戦場に身を置くんだ。一言くらいは言っておかないと後が怖い。まあ、とは言っても紅桜にも手を出させはしないけれど。
所詮これは俺一人の問題だから。

相変わらず星の見えない空を見上げながら、ちっぽけな塔の中にある自分の部屋へと戻った。