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「あー、面白かった…!」
2分ほど人目も気にせず笑い続けた直後の台詞である。
その満足そうな顔に苛立つ。
こっちは欠片も面白くなかった………!
途中、なんでこんなに煩くしてるのに店員は止めに来ないんだ!と思ってたら、なんかうっとりしてるし……。営業妨害してるんだから止めて欲しかった……!
っていうか、こいつ幻影旅団だろう……?!
これが原因でブラックリストハンターに気づかれても俺は知らんぞ……。
「……気は済みましたか?」
頬杖をつき、眉間に皺を寄せながら言う。
流石にあんなに笑われた後じゃ、敬意を示すなんてことできない。
初めてだぞ、初対面でこんなに笑われたの。幾らなんでも失礼すぎやしないか?
「ぷっ………っ…………、ごめんね?」
嘗めてるのかコイツ。
思いっきり笑い堪えてるじゃないか。
しっかりと目尻に涙を浮かべて、覗き込むようにして謝ってくるシャルナーク。
その角度はとても様になっていて………これは計算してるだろ?この角度で今まで色んな女性を誑かしてきたに違いない。
「ふぅ………ルイちゃんってさ、13歳なんだよね?」
誤魔化すかのように珈琲を一口啜り尋ねてきたシャルナーク。
俺をいい見せ物にするためか、よく此処のテレビは俺の性別や年齢、容姿。果てには格闘技歴についてまで飽きることなく話題にしている。
コイツが俺の年を知ってるのはそのせいだろう。
コイツに笑われてる最中もゆっくりながら食べていたケーキの最後の一口を出来る限り味わい、素っ気無く肯定した。
「んー、まあそうだったら今のが普通なんだよねぇ。」
独り言のように呟く。
そして、一息おいて俺の目をじっと見つめる。
思わず怖気づいてしまうような仄暗い目。
…ああ、これは間違いなく“人殺し”の目だ。
きっと分かっているんだろう。俺もそんな目をしてると。ただそれはコイツ等のものと比べると随分と薄く小さいものなのだろうが。
これは品定め。
勿論、俺が姿を現したときから静かにやっていたことなのだろうが、今のコレは威圧感が凄い。
本気で自分に害が無いか………いや、俺を殺すかどうか。それを見極めてるような視線。
……本当に最初の時点で逃げるべきだったのかもしれない。
じわじわと嫌なオーラが滲み出る。
傍から見るとただ見詰め合ってるようにしか見えないのか、他のお客さんからは熱のこもった視線がおくられるばかり。
この野次馬を前にコイツがここで実行に移すことは無いだろう。
幾ら悪名高い幻影旅団といえ、ここに来たのはプライベート。こんな目立つ場所で目立つ存在である俺を殺そうとするほど無謀じゃないはず……。
その考えを裏付けるかのように、にっこりと満面の笑みを浮かべ(相変わらずオーラはそのままだが)、口を開いた。
「……人目が多いし、場所を移そうか」
声色から俺の返事は求められてなかった。
◇◆◇◆
「此処は…?」
「ん?さっきの元となる店、だよ。」
いつも来ていた商店街の路地裏を進み、少し歩いたところでシャルナークは足を止めた。
古いレンガ造りの店。
趣が感じられる外観で、ガラス窓から中を覗き見ると美味しそうなスイーツが並んでいた。ただ規則正しく並ぶそれは一般的な店と比べると、あまり種類が豊富でないらしい。どこか物足りない感じが否めなかった。
「どうぞ。」
木製の飴色のドアを引き、エスコートするシャルナーク。
ドラマや映画くらいでしか見たことがなかったその動作に…、しかもごく自然に俺に向かって行われたというその事実に一瞬呆けそうになった。
「……どうも。」
そして慣れたように軽く腰に添えられる手。
気恥ずかしさも、少しの戸惑いもなく流れるようにエスコートされた。
どこか余裕すら感じられる振る舞い。
俺はそんな行為に慣れていないため、ときめきや照れなんて甘酸っぱいものを感じる暇もなく……ただ戸惑った。
しかし、それを極力表に出さないよう平静を装い短く礼を言う。
…コイツのニヤけた顔を見る限り、そんな俺の心情なんぞお見通しなのかもしれないが。
此処に来るまでも、どうやら俺の歩幅に合わせてたみたいだし恐らくこういうことに慣れているのだろう。
「いらっしゃい。」
奥から出てきたのは岩に覆われたような逞しい筋肉を持った50半ば程の男性。
――念能力者。
ということは………ああ、そういうことか。
成程、見つからないわけだ。
一人得心し、それなら仕方がないと心のなかで溜息を吐いた。
「あ、おススメあります?」
人の良い笑顔で聞く。
その顔は可愛らしく見るものの心を解きほぐすかのようだが、対する相手は熊のような眼力で表情を一切変えず言った。
「好き嫌いなんざ客の決めることだ。」
「じゃあ、とりあえず全部頼めます?ルイちゃん、オレと半分こしようよ。」
なんて愛想の無い…、と呆れる俺に爆弾を落とした。
「さっき結構食べたしさ、そんなに入らないんだよね。でも二人で半分ずつ食べればイケそうだし…いいよね?」
シャルナークの言葉に眉が動く。
甘いものが余程好きなのだろうか、それとも何か思惑があるのだろうか……。
…毒、なんて仕込まないよな。
目の前で食べるわけだし、俺もそんな油断するわけがない。
「……別にいいですけど。」
そう答えたのは目の前で輝くお菓子の誘惑に勝てなかったからだ。
店主を操り毒を盛らせるのは無理だ。
そう簡単に店主も隙を見せないだろうし、第一俺がすぐさま気づく。
うん、きっと大丈夫だ。
一つ頷いて、シャルナークに促されるままに席についた。