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天空闘技場に参加してから約一か月。一週間前無事に200階へと上がり、部屋の広さにも慣れてきた頃。
つい先日散歩をしていた際に見つけた古書店で買った本を読み終え、思いのほか疲れていることに気が付いた。ちなみに天空闘技場に着いた翌日に買った本はもう全て見終わっている。

……ここ最近本を読んでばかりいたからなぁ、と自分自身に呆れながらソファに背を預ける。
後はいざという時のためブラックリストの情報をひたすら頭に入れていたりと脳を酷使しすぎたかもしれない。微かに痛む頭を押さえながら、そろそろ脳に休息が必要かと息を吐いた。
紅桜が「やりたいことがあるので。」とここ数日ヨークシンへ出かけているのをいいことに少し無理をしすぎた。このままでは、きっと紅桜が帰ってきたら怒られる。

天空闘技場のカフェにでも行こうかな。脳の疲れには甘い物、というし。

思い立ったが吉日、とばかりに俺はソファから立ち上がり200階の俺の部屋を出た。
ああ、そういえば既に200階クラスにいるヒソカだが、どうやら此処に定住しているわけではないようで、戦闘準備期間が切れる頃にフラッと来て試合を組み泊まる程度だと最近少し話すようになった天空闘技場のスタッフに聞いた。
200階に着いたら待ち伏せされてるのかな、と危惧していたため嬉しい誤算だった。因みに新人潰しは睨みながらオーラで威嚇したら直ぐさま退散してくれた。

エレーベーターに乗り「200階での試合楽しみにしています!」と頬を染めて言ってくれるお姉さんにお礼を言い、一般人が多く行きかうカフェエリアへと足を進める。

「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「ええ。」

相変わらずカフェは中々に賑わっていた。

「申し訳ありません。只今混んでおりまして相席、という形になってしまうのですが……。」

天空闘技場で有名になっている自覚があるため、一瞬相席に悩んだがカフェにいる人ならば、そこまで選手に興味を持っていないだろうと結論付けお姉さんの問いに笑顔で頷いた。ついでに、「いつものとお勧めのケーキで。」と言えば笑顔で「分かりました。」とかえってくる。
ほら、店内を歩いても少しだけ視線が集まるだけで騒ぎが起こるほどじゃない。
お姉さんに案内されたのは店の奥の方。席の直ぐ傍はガラス張りの窓になっており外の景色が一望できる。
ああ、ぼーっとするのに丁度いいか、と思いながら視線を相席の人に移すと実際には会った事はないが、その見覚えのある容姿に眉をしかめた。
違う席はないか、と静かに探すも、こんなカフェに一人でくる人は少ないらしく希望は直ぐに断たれた。

「……相席失礼します。」
「ああ、いいよ。……あれ君、天空闘技場の選手だよね?」

特徴的な服から覗く逞しく且つ綺麗な筋肉。
さらさらと流れるような金髪。翡翠を閉じ込めたかのような緑の瞳。恐ろしいほど整った顔立ち。
そして極めつけは澱みない美しい纏。

……どう考えても幻影旅団のシャルナークです。

「ええ、はじめまして。」
「やっぱりね。ふぅん、瑠璃の戦乙女といわれる子でも、やっぱり甘いもの好きなんだね。……あ、そんな緊張しなくてもいいよ?オレ、女性には優しいフェミニストだから」

どの口がそれを言うか。
老若男女、戸惑い無く殺してる奴の台詞じゃない。

整いすぎている、と言っても過言でない顔に満面の笑みを浮かべている目の前の青年。
きっと普通の女の人だったら警戒心も解いて顔でも赤くするのだろうが、シャルナークの凶悪さを知っている俺にはそんな気は起きなかった。

「あ、自己紹介がまだだったね。オレ、シャルナークっていうんだ。シャルでいいよ?」

思い立ったが吉日、って何だろうか。
十数分前の俺を叱りに行きたい。

「…ルイです。よろしくお願いします。」
「固いなぁ、まあよろしくねルイちゃん。」

どうしよう、凄い胡散臭い。
なんで凶悪犯罪者とこんな所で鉢合わせなければならないのだろうか。

纏だけでも分かる濃いオーラ。
念について……いや、戦いの知識、全てにおいてコイツの方が上だろう。まだ二人しかまともな念能力者に会ってない俺と多くの念能力者に囲まれ育ったシャルナーク……、実際の戦闘になれば不利になるのは明らかに俺のほうだ。
出来れば、俺に興味を示さず只の相席者として扱って欲しいところなんだけれど……。必要以上に話すわけでもなく、ただその席で一緒に食事を摂ってどちらかが先に席を立つ。そうなって欲しい。

というか、最近ちゃん付けする人多いなぁ。あまり、ちゃん付けって好きじゃないんだけど……。
サイさんもそうだし、気さくな商店街のおじさんやおばさんだって最初こそ天空闘技場の選手である俺に戸惑っていたようだが、最近は笑顔でそう呼んでくる。
あ、でも此処の関係者は何だかルイさんとかルイ様とか呼んでくるな。

……ん?あれ…?
そういえばコイツ最初のほう、俺のこと奇妙な名前で呼ばなかったか…?

「……一つ聞いて良いですか?」
「ん?」
「瑠璃の戦乙女……って、何のことでしょう?」

俺、そんな名前で呼ばれたこと一回もないんだけど……?
なに戦乙女って、俺そんな名前もらうような白熱した試合してないんだけど。

「何ってルイちゃんのリングネームでしょ?此処で結構聞くけど決まったの最近なの?」

知らない。
ついでにそんなリングネームいらない。脱力したかのように米神を押さえた。
というより、ゴンとキルアのリングネームってもっと簡単なものじゃなかったっけ?
押し出しのゴンとか……。それに比べると俺のリングネームの異様さが分かる。
もっと平凡なものでよかったのに……!寧ろ平凡であれ。

「……大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込むシャルナーク。
大きな緑の目が俺の顔を映して……、って近い。

あまりの至近距離に思わず仰け反った。

「っ……すみません、大丈夫です。」
「そう、それは良かった。あ、お姉さん珈琲おかわりお願いします。」

クスクスと綺麗に笑う。
その表情から残酷な面は欠片も汲み取れない。

運ばれてきたケーキを口に運びながら目の前の相手の行動をそれとなく見る。
ああ、ただ呑気に甘いものを食べようとしただけなのに何でこんな目に……どんだけ運が悪いのか。

優しく生クリームが口の中で溶ける。
コイツが目の前にいなければ、この美味しさをもっと噛みしめたいんだけど……、何が弱みになるか分からないからなぁ…。
静かに表情を変えることなく咀嚼する。

「そういえば200階に上がってから随分経つみたいだけど試合はまだ入れないの?」

元々200階に上がったらギリギリまで試合はすまいと思っていたし、それに……何だか贈り物の数が半端じゃないのだ。
ここ一ヶ月はそのプレゼントの整理に追われていた。最近は本を読み耽れるくらいには落ち着いてきたが。

「はい、まだ色々とやることがあるので。」
「ふぅん……、あ、そのケーキ美味しかった?」

一瞬、残念そうな声を洩らした。
……念能力者が他の念能力者の戦いに興味を持つのは当たり前のことなんだろうが、コイツに限っては随分と敏感になるみたいだ。
探られてる。と、感じる。
こいつに念での戦いは、あまり見られたくないな…、自分でも気づいてない弱点とか直ぐに見破られそうだ。

「ええ、ラズベリーのソースがいいアクセントになってて食べやすいですよ。」
「そっか、じゃあ俺もそれ頼も。」
「……甘いもの好きなんですね。」

店員さんに、いつもの、と言って伝わるほど通っている俺が言えたことじゃないが。
近くにいたお姉さんを笑顔で引きとめ注文してから俺の質問に答える。

「まあね。それに此処のケーキ美味しいし……、此処のオーナーにレシピを教えたっていう人にも興味が湧いてきてるんだよね。」
「レシピを教えた……?」

なにそれ、
このケーキのレシピって、ここのオリジナルじゃないのか?

「あ、オレこう見えて機械に強いからね。そういう噂とか……そう、自分が気になったことに関してはかなり詳しいんだよ。」

…いや、俺も自慢じゃないけど機械に詳しいし。
あまり認めたくないが、一応ジンの友人であるサイさんに教わってたくらいだし。

そんな俺もこの店について一度調べたわけだが………そんな情報は聞いたことが無い。
俺が辿りつけなかった…いや、その情報の欠片も見つけることが出来なかったのを……、どうしよう。なんか凄く……、

「悔しい……。」
「え?」

ぼそっと零れた言葉はしっかりと相手に伝わったみたいでシャルナークは不思議そうに目を丸くさせていた。

「あ、いえ……俺も自分では機械に強いつもりでいたので……、このレシピの本当の所在を知らなかったのが何だか悔しいな、って。」

俺だって、此処のケーキ好きだし。
なのに知らなかったとか………、うんショックだ。

「………ぷっ、」

少しだけ口を尖らせていると、いきなり聞こえてきた笑いをこらえたかのような声。
見るとシャルナークが前かがみになって、口に手を当てている。
どう考えても笑いの主はコイツだ。

その態度にちょっとイラッとして睨むが、こちらを見ていないので気づく様子も……って、気づいてる。
睨んだ瞬間、肩が震え始めたから絶対これ気づいてる………!

「くっ、あっはは…!」

ついには抑えようとした手も無駄になるくらい大声で笑い始めてしまった。

おいこら、俺ここでは有名人だから目立つようなことはしたくないんだけど!
ほら、何か携帯で写メってる人いるし。

どうしたらコイツ笑い止むんだ……?