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片手を顎に軽く当て、睨むように見つめる先は本が陳列された棚。

当たり前だが、見たことが無い本だらけだ。

それは、つまり読んだことが無い本がたくさんあることを示すと同時に、どれを選んだらいいかということが分からない訳である。一体、どれから読めばいいのか。

「………はぁ。」

……とりあえず、最近の流行を知るためにもお勧めらしき本は片っ端から買ってみるか。それと、この世界の文豪の作品も全部。流石に誰でも知っている作品を知らなかったら怪しまれるだろう。もしも、他人とそういう会話になった場合であるが。

今は2時ちょっと過ぎ。先程のカフェで食事を済ませた俺と紅桜は別行動をとっている。
そして俺が真っ先に来た場所が本屋。集合時間は4時。
本屋で時間を潰していたら、楽に潰せる時間だろう。

「全部、買うとしたら量がな……。」

出来れば一回で買ってしまいたい。
けれど、そんな買ったら店側にとっても迷惑だしなぁそう考えると、分割して買った方がいいのか……と躊躇する。
そして、迷いに迷い……結局、俺が選んだのはその両方だった。

まだ古本屋に並んでいないだろう新しい本を片っ端から捕まえた店員さんに流していった。
文豪の作品や、有名な本は大抵古本屋にも売っているだろうし、もし無かったらネットで買えばいい。今、選んでいる本は、その本が来るまでの時間稼ぎだ。

「では、こちらもお願いします。」
「……はい。」

自分の手に数冊、置いてからそれを渡す。
その全く同じ動作を、十数回も続けていくと流石に他のお客さんから視線を感じる。

……行きの天空闘技場よりかは視線の数は少ないけど、そろそろ止めておいた方がいいかな。
まだ、漫画のほう選んでなかったんだけどなぁ。
そう未練を残すも、ここで目立つのと我慢するのとを天秤にかけると一瞬の迷いも見せず我慢する方に傾く。それに新しい本がくるまでの、時間稼ぎは充分といっていいほど選んだし……。
仕方がないか、と最後の本を店員さんに渡した。
その時の店員さんの顔は、絶望のなかに希望の光を見つけたかのように輝いていた。


買った本は、このまま自分で持って帰っても良かったのだが、やはり目立つのは嫌なので郵送してもらうことになった。

この時、天空闘技場の部屋だということを素直に書いたら、また驚かれた表情をされたが。

……もしかしなくても、本とかに興味ある選手って少ないのか。
もし仮に興味があったとしても、武道系の雑誌とか?それも、すごく少なそうだけど。
やっぱり、筋トレグッズとかの方が売れそうな気がする。プロテインとかも凄い売れるんだろうな。
個人的にプロテインは飲もうという気は起きないので、これはあくまで俺の勝手な偏見による推察だが。というより俺が今更プロテインやダンベルなんてもの買っても意味がないだろうが。

好奇の視線を背に受けながら本屋を出て時間を確認すると3時50分を示していた。
……思ったより選んでたんだな、と時間を忘れて選んでいた自分に少し呆れた。
きっと紅桜のことだから、もう着いてるだろう。
若干、早歩きになりながら俺は集合場所に向かったが、意外なことに待ち合わせ場所に紅桜の姿はなかった。

「あれ?」

いや、時間はまだだし問題ないのだが、これは凄い珍しい。

紅桜が俺よりも遅く着くだなんて……、明日何があるんだろう。

予想もしなかった事態に暫く首を傾げたが紅桜もやりたいことがあったのだろう。ずっと俺と一緒だったんだ。やりたいことの一つや二つあるよな。
うん、紅桜が時間ぎりぎりまで粘る何かを見つけられたというのは、喜ばしいことだ。ショッピングモールの中に噴水があることに首を傾げつつ俺は紅桜を待つことにした。





「すみません。お待たせしてしまって……。」
「いや、……紅桜、すごいな。」

丁度、59分59秒から次に移り変わる瞬間に訪れた紅桜。
こんな時間ぴったりに来る紅桜が謝ることは無いと思う。ぴったり過ぎて少しだけ引いたが。

紅桜の持っていた袋を受け取り、周りに人がいないことを確認してから【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】の中にしまう。
ちら、と紅桜を見れば嬉しそうな表情を浮かべている。
……紅桜がこんな楽しそうにしてるなら、もっと長く自由に買い物させる時間とれば良かったな。
大きなところでの買い物なんて、今まで修行だらけの日常で紅桜にさせてやれなかったし……。
天空闘技場から降りたら、こういう買い物が直ぐ出来るところに定住しようかな。

「あ、そうだ。食べ物に関しての買い物、此処じゃなくてもいいか?」
「ええ、別に私は構いませんけど…えっと何処でしょうか?」

不思議そうに聞いてくる紅桜に答える。

「天空闘技場からは少し離れるんだけど商店街に行こうと思ってる。ちょっと調べたんだけど、この中に入ってるスーパー、鮮度が悪いらしいからさ」

これは紅桜を待っている間に調べた、ここのスーパーの評価である。全体のレビューとしては、農業に特化してない街だから仕方ないという印象だった。

でもさ、それだったら天空闘技場の美味しいと言われるカフェはどうなるんだ?どっから材料仕入れてんだろ、と思い更に深く調べたら、その商店街が上がったわけである。
飛行船じゃ遠くからの生鮮食品を待つのに不便、冷凍しても風味が落ちるので無理。
天空闘技場から少し離れているといっても、所詮はこの街にある商店街だ。
そこの商店街(商店街にある店、じゃなくて商店街そのもの)と契約してそのカフェは食材を確保しているらしかった。
あ、ちなみに天空闘技場とカフェはそれぞれ独立したものだった。天空闘技場の空きスペースにそのカフェが入っただけらしい。まあ、この事実を知っている人は少ないだろうが。現にお昼のお姉さんは思いっきり「天空闘技場御用達」って言ってたし。

……ここまで調べるのに、やはり携帯では調べにくかった。
必要な材料とか買って、時間があるときにでも改良しよう。

「今日、そこ行って良かったら今度から、そこで買い物しような。」

あんまり時間をかけなかったので、それが確かな情報か分からないので、今日の時点ではそれが本当なのか確認するだけ。

今が午後の4時だから、今から歩いて行くと少し遅くなるな…。

……地図だけじゃ、この街のこと良く分からないし…、出来るだけ早くこういう情報は持ってないと落ち着かないしな。俺の【信頼する移動手段(ベストメンズ)】の能力上。
うん。今日くらい晩御飯が遅くてもいいだろう。
幸いというべきか、今日のお昼はいつもより遅かったし丁度いいだろ。

「ふふ、いいものがあるといいですね。」
「この時間帯だったら、売れ残りばかりだろうけどな。」

紅桜の手を取り、この街を観察しながら歩いた。

空を見上げると、だんだんと陽が傾いている。きっと、着く頃には夕焼けの綺麗な空が出迎えてくれるだろう。