19



「あ、あの紅桜?そろそろ……。」
「さあ、今度はこちらのものをお願いします!」
「いや……、うんだから。」
「その服が終わったら、今度はこちらをお願いしますね!
「……はぁ。」

もの凄く、ふわふわした服を無理やり渡されて試着室の中で突っ立ってる俺。

……なんかこれ、つい最近…一昨日にも体験したなぁ。

そう思いっきり反論したいのだが、紅桜の笑顔が輝きすぎてて何も言えない。
第一、絶対言っても今の状態じゃ聞いてくれないだろうし。
勢いに押されてお終いだ。

俺を着飾って何が楽しいのか……と、手に持っている服を睨む。

折角、身長も現在進行形で伸びて高いのに、こんな可愛らしい服を着るだなんて……、すっごい嫌だ。
そりゃあ、小さかったらそれしか着るものが無いんだから分かる。
けれど今の俺は、小さくない。前はサイズが無く、着たくても着れなかったスレンダーな服が着れるのに……、何でこんなにも周りはそれを止めようとするのか……。
自分の服くらい自分で選べるんだから、好きな服を選ばせてくれ!

まあ、修行中ほぼジャージとか機能性を重視してた服ばかり着てたから、紅桜がそんな俺の心の葛藤をよく理解する筈は無いんだけどな。
仕方がない、とは思いつつも、やはり俺も人間なので、複雑な気持ちになるのである。此処は俺が大人になるべきなのだろうか……。
それよりも先に諦めの心が来そうだが。

重々しく身体を動かし、紅桜から手渡された服に着替え始める。

外から紅桜が張り切っている声が聞こえるが、それと俺のテンションは真逆である。
店員さんとタッグを組んでいるのか、ガールズトークっぽい会話で疎外感を感じる。
……この後俺も店員さんと一緒に紅桜の服を選んでやろうか……。

あー…でも、どうせその頃には、そんな気力は無くなってるんだろうなぁ。
直ぐにその結論に至った自分の思考を殴りたくなる。縁起でもないが、絶対この予想が外れるわけがない。

大体、紅桜こそ色んな服を着てみればいいんだよ。
俺なんかより、いっぱい似合う服あるだろうし綺麗なんだから。

「マスター、着替えは終わりましたか?」

弾んだ声で呼ばれた。
……うん、凄い衣擦れの音が聞こえるんだけど。これをあけたら、今度視界に入る服の量はどのくらい増えてるんだろうか。
カーテンを開けるのが怖い。
だけど、開けないと急かされるだろうし、既に渡された服に着替え終わっている。
……結局、現実を見る選択肢しか残っていない訳だ。

一つ息を吐き出して、カーテンを開けた。
……店員さんが持っている、物凄い量の服なんて俺は見てない!

「紅桜着替え終わったよ。」
「ええ、よくお似合いです!!そうですね。では次はこれをお願いします。」
「……うん。」

真剣な表情で俺の頭からつま先までを見て、先程と同じように服を渡された。
この後、十数回このやりとりを交わして、結局紅桜が満足したのは2時間後のことである。
勿論、その頃の俺にはもう、まともに思考を働かせるだけの気力は残ってなかった。すごい疲れた……。






◇◆◇◆


「申し訳ありません。マスター……。」

申し訳なさそうな顔をし身体を少し縮めながら謝ってきた紅桜。
さっきまで俺を着せ替え人形にしてた件についてである。
流石に紅桜もやりすぎた、と思ったのか、それとも俺のあまりの疲れように同情して謝ったのか……。まあどちらでも良いが。

眉を下げ、申し訳なさそうにしている表情の中に、まだ後引くさっきまでの達成感に満ち溢れた表情の欠片が見える。
その、たくさんの感情が入り交じった複雑な、しかしどこか幼さを感じさせる可愛らしい表情を見て、誰が大丈夫じゃない、なんて言えるのか。美しい紅桜を見慣れた俺ですら言えないのだから、きっと誰も言えないに違いない。

「あー……平気、大丈夫。少し休んだら元に戻るから。」

頼んだ紅茶を啜りながら、へらりと笑う。

「……本当ですか?」
「こんなことで嘘なんか言わないって。辛くなったら言うから大丈夫。」
「それなら、良かったです。」
「じゃあ先に食べちゃうな?」
「ええ、どうぞ。」
「ん、ありがとう。……いただきます」

安心したかのように柔らかめに笑う紅桜は、やはり綺麗だ。
綺麗すぎて、ほぅ……と息を吐きながら集まる視線に居心地が悪くなるくらいに。

ショッピングモール内にあるカフェで、ちょっと遅めのお昼ご飯を注文した。
周りのお客さんは、天空闘技場付近とは打って変わって、スイーツを食べている女性が目立つ。

俺は、あまり食欲が無いのでサンドイッチと紅茶。紅桜は生パスタとやはり紅茶を頼んだ。後は、二人で食べようと言い注文したケーキセット。

紅茶と俺の頼んだサンドイッチは、すぐに出来上がるためか既にテーブルの上に美味しそうに並んでいた。紅桜に一言断わってから、俺はサンドイッチを頬張る。
そして半分ほど食べたところ、紅桜の頼んだ品が届いた。

「お待たせしました。森のキノコ和えパスタでございます」

無機質な白いお皿をテーブルに新たに迎えた。

ありがとうございます。と二人揃って軽く会釈をしながら言うと、運んできた人は一瞬呆けたように固まった。しかし次には顔を真っ赤にしながら慌てて厨房に走って入ってしまった。
俺は、そんな反応に口元をひきつらせた奇妙な苦笑いをする。

まあ紅桜の笑顔を真正面から見れば、そういう反応になるよなぁ。凄い美人だし。
紅桜の美しさを少し誇るように思いながら、しかし少し呆れたように両肘を机に置いた。行儀が悪いと直ぐに気が付いて止めたが。

「…さ、じゃあ早く食べちゃおうか。」
「はい、では私もいただきます。」

ちなみに言っておくが、紅桜が食べた分の食べ物は便利なことに、そのままオーラとなるようになっている。しかし、際限無く食べられるというわけではなく、俺の胃の容量と同じ程度までとなっているが。
……俺の胃が小さくなったら、すぐに分かってしまうというのが玉に傷だけどな。すぐに食べるのを忘れていたことがバレてしまう。毎日どんなに誤魔化しても、紅桜の食べられる量が変化してしまうので、嫌でも伝わってしまうんだ。
おかげで最近は、しっかり食べてるから体調はすこぶる良い。


紅桜がパスタを食べ終わった頃、丁度いいタイミングで俺もサンドイッチを食べ終わった。

ここの味は、サンドイッチしか食べてないから、はっきり言うのはいけないと思うけれど、……もう一度食べようと思う味ではなかった。
パンは、市販されているものなのか普通の味で何の変わりもなかった(サンドイッチにするものだから、普通にしたんだ。と言われたら、それまでだが俺は、もう少し甘いやつが好みだ)
しかし、それにしても具がなぁ……。
葉物野菜が、しなしなで食べてて嬉しくなかったんだよな。噛んだ瞬間、パリッと気味のいい音が鳴らなくて……、残念だった。

それを茹でてある紅桜のパスタのほうが、まだ気にならなくて済んだな。新鮮じゃないという事実は変わらないが。

パスタにするべきだったかな、と思いつつ紅茶を啜っていると、先程のウェイトレスさんがケーキを持ってきた。

「天空闘技場御用達のケーキセットでございます。」

うつむいたまま、固い声でそっと置いてきた。

「天空闘技場?」
「はい、当店では天空闘技場のカフェから買い取らせていただいたスイーツをお客様に提供させていただいているんです。」

耳慣れた単語に首をかしげ、聞き返すと一瞬、緊張したかのように身体を強張らせた後、笑顔で答えてくれた。

へぇ、天空闘技場の中にカフェなんてあったんだ……。確かにカフェを作るだけの面積は楽にありそうだけど、意外だな。
ただ単に戦って、それで利益を出すだけの施設で、男性だけをターゲットにしてるのかと思ったら、そういう工夫もしてるのか。
うん、これは中々に効果的な客寄せだな。

旦那さんや彼氏の付き添いで、この地方に訪れた女性たちは、試合には目もくれず、このショッピングモールへと足を延ばす。そしてデザートを食べた人は、これを提供する天空闘技場のカフェに当然目を付ける。そんで、ついでにとパートナーと試合も観戦し賭博に参加してくれれば御の字、ってところだろう。もしも、観ていかなくても、カフェという利益はあげたのだから文句はない。

まあ、このためにはこのスイーツが本当に美味しくなければいけないのだが……、周りの賞賛の声を聞いてその疑問を持つことは無い。
幸せそうにデザートを口に運ぶ様を見ていれば、それがどんなに美味しいのか伝わってくる。……かといって、俺だって美味しいものは食べ慣れてるから、周りと同じ反応をするとは限らないが。
でもまあ、これが俺の舌に合えば凄く嬉しいんだけどな。

少しだけ胸を高鳴らせて、俺はシンプルなショートケーキにフォークを入れた。

すっ…、と綺麗にケーキを切ると生クリームと苺が綺麗に輝いていた。うん、美味しそう。
近くに寄せると苺の鮮やかな香りと甘い匂いが程よく香った。それに口元を緩め、フォークで掬ったケーキを口へと運んだ。

「っ、………!」
「マスター?」


う、っわぁ。なにこれ、

一瞬目を丸くして、口元へ手をあてた。

これは……、うわぁ…………。


「美味しい……。」

うん……、これは美味しい。

見た目では生クリームが濃いかと思われたが丁度良い濃度で、やさしく舌全体を包み込むような暖かい感じがする。それだけでは、少し飽きてしまうかと思うが定番の苺が絶妙なタイミングで味覚を爽やかにしてくれる。

これ、原材料からして明らかに出回ってるものと違うよなぁ……。
どうしたら、こんなに濃厚且つくどくないものが出来るのか。

……苺だって、違う品種のものを幾つか組み合わせて使っている筈だ。
酸味の広がり方が、凄い心地良いし、これは一種類のみでは味わうことのできないもの。
後は、もしかして……これスポンジに蜂蜜、入れてるかな?
口に入れた瞬間香った、どこか懐かしさを感じる優しい匂いは、蜂蜜以外に考えられない……。けれど、やはり使用している蜂蜜も違う。

こんなにも濃い食材を使っているのに、各々の味が変に主張しないって……、中々出来ることじゃない。
食材の元も勿論、今すぐにでも知りたいところだが、何よりこのレシピが凄い気になる。どうやったら、この絶妙な風味と味が出せるのか……。

俺はそう素直に感嘆し、思わず顔を綻ばせた。


その瞬間、やはり笑顔でケーキを食べていた紅桜が、どこから出したか知らないカメラで写真を撮られたが。なんだ、その早業。