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天空闘技場を出ても、人が少なくなるということは無かった。
寧ろ、これから天空闘技場へと向かう観光客がたくさんいた。その中でも逆行していく俺と紅桜の姿は少しばかり異様と言えた。
観光客は男性が殆どで、女性がごく僅か。すれ違う人々を見て思う。
その男性の年齢層はとても幅広く、歩く姿が微笑ましい小さな子供から、白髪が逆に綺麗で味のあるお年寄りまで様々だった。明らかに人工毛だよなぁ……とか、微妙に髪の色違うなぁ。と目に付いてしまうのを見ない振りをするのは、中々に辛いもの。

人が多いといっても、やはりヨークシンと比べると少ないので、そう覚悟していた俺は胸を撫で下ろした。

「紅桜は、何から先に買いたいんだ?」

少し人通りが少なくなったところで聞いた。
これで、落ち着いて話が出来る。

「そうですね……。まずは最低限の日用品でしょうか。後は衣類を買いまして、食品などは最後にしようと考えております。」
「それだったら、食べ物買う前に時間があったら、各々自分で好きなものを買おうか。」
「良いのですか?」

紅桜のその確認に思考が追いつかなかった。
何で、良いのか、と確認するのか。

「何が?」
「私がマスターのお金を私が使ってもよろしいのでしょうか?」
「……は。」

いやいや、ちょっと。

「それは無いだろ。」

うん、それは無い。
そう言うと、今度は紅桜がきょとん、とした顔になる。
こういう会話をしつつも、歩く足は止めない。

「俺が持ってるお金とか物は、俺のだけじゃなくて、俺と紅桜二人のものだと思ってるんだけど。紅桜は、そう思ってないのか?」
「いえ……、しかし、それは、」
「だって、俺が昨日仕事に行けたのだって、紅桜が俺の身支度を整えてくれて、見送りしてくれたからだろ?それに、朝なんかは俺の代わりに朝ご飯作ってくれたりするしさ。俺が稼いだお金は俺と紅桜二人のものだろう。」

珍しく言いづらそうにする紅桜の言葉を遮り、俺の意見全部言った。

「あ、じゃあ何だったら、俺と紅桜二人分の口座でも作るか?ファイトマネーとか手続きしてもらって、半分ずつ振り込んでこらえるようにするとか。後は、これから仕事なんかするときなんかも必要だろうし。」
「…………仕方がないですね。」
「それじゃあ、先に銀行のほうに行ったほうが良いか。」
「ええ、その代わり、私からも条件を出させてもらいます。」

銀行は確か、天空闘技場のすぐ近くにあったはずだ。
俺は進行方向をこれまで歩いてきた方向に変えて、歩きだそうとしたのだが、それを紅桜が条件という言葉を使って止めた。

「条件?」
「はい、私もこれから色々とやりたいことがあるのでその時に出た、利益なども私とマスターで半分ずつとさせていただきます。」
「……それだけ?」
「ええ、これだけです。どうですか?」

紅桜が条件というものだから、少し身構えてしまったが、拍子抜けした。

「それ条件になってないんじゃないか?」
「いえ、先にこうして言っておかないと必ずマスターは止めるでしょうから。」

……確かに。
でも、その時になったらなったで、紅桜なら上手く丸め込まれそうだけどな。
というか、この条件乗らなかったら、俺のさっき言った件のことを追求される、って事だよな。断れるわけない。

「あー、うん。じゃ、その条件乗った。」
「ありがとうございます。」
「お礼なんか言うところじゃないだろ。……あ、やりたいことって聞いてもいいことか?」

紅桜が、わざわざ言い出したということは、仮定の話ではないのだろう。

「……いえ、これは内緒ですね。ですが、いつか分かると思います。」
「そっか、分かった。時間も惜しいし口座作りに行くか。」






◇◆◇◆


「……なんで、こんなに人いるの?」

銀行の自動ドアをくぐれば、そこはかなり人口密度が高かった。

「……きっと、賭けのためでしょう。」
「それだけで、こんなに……。」

わざわざお金を下ろしてまで……、そんなことまでして賭けがしたいのか。

「ん?」

店内の様子を見ると、銀行の隅の方。
何でも、天空闘技場選手専用、という白い看板が天井から吊り下げられていた。

「紅桜、あそこに行けばいいのか?」
「どうでしょう。私は残念ながら選手ではないので……。」
「でもコレを待つのは大変だぞ。」

眉を寄せながら指差したのは、待ち合い席。
そこに座っているのは、殆どが男性で見た目的にかなりむさ苦しい。

「良いんじゃないか?どうせ、こっちの客はそんなにいないだろうし。」

別に俺も一緒に行けばいいだろ。と強引に言って、その選手専用窓口まで行く。
そこに近づくにつれ、増す視線がもの凄く気になる。
ここは、みんな選手に金銭を賭けるものばかりが集まるせいで、さっきの天空闘技場内との視線とは、また全然違った。
何と言うか、気持ちが悪い。いや、元々視線は受けて気持ちが良いものではないけど、これは、もっとだ。欲の入り混じった気持ち悪い視線。そう表現するのが一番良いのか。
ずっと、この視線を浴びていると、思わずその視線の主全員を殴りたくなるような気分になる。見るんじゃねぇっつの。

「すみません、口座を作りたいのですが。」
「分かりました。では、闘技場に登録しました名前を伺ってもよろしいですか?」
「ルイです。」
「ではルイ様。ルイ様は昨日、エントリーされましたので昨日のファイトマネーは、天空闘技場で作らせていただいた口座に振り込まれています」

……そういう仕組みになってるのか。
確かに、昨日エントリーするのに口座番号とかは書かなかった。
そうか。天空闘技場のほうで口座を作ってくれるのか。

「えっと、それだったらその口座を紅桜の名義にするか?わざわざ新しく作るのも嫌だし。」
「そうですね。」
「よし。じゃあ、その口座の名義を変更することは出来ますか?それとこれからのファイトマネーをその口座とこの口座、半分ずつ振り込めるようにしたいのですが。」
「はい。少々お待ちください。」

ジンが作ってくれた通帳とカードを出して言うと、お姉さんはそれを確認し慣れた手つきでパソコンを操作し始めた。
しばらくすると、終わったのかキーボードに置いていた指が動きを止めた。そして、パソコンの下……いや、正確にはパソコンの置いてあるデスクの下を覗き込んだ。
それを、何だろう?と一瞬、疑問に思ったが、ビー、という無機質な機械音が鳴った。

ああ、プリンタか。
紙を送り出す音が、3回ほど聞こえた後、紙が全部出てきた。

「では、こちらの情報が正しいかご確認ください。そうしましたら、ここの欄にサインをお願いします。」

そうやって、ペンと共に手渡された紙に書いてあったのは、自分の名前と今、俺が住んでいる階だった。後は、きっと戦っている最中に撮っていたと思われる顔写真。
そうだと分かったのは、さっきテレビで見たばかりの場面だったからだ。
これだけで名義変更できるのか。偽装の身分証明書を持ってる意味がない。
選手ってだけで凄い信頼されてるんだな……、ああでも信頼というより、銀行側は俺たちを利益の種として見ているのかな。
賭けに使うために借金をしてる人のお金も、選手の貯金から使われている可能性が十分にある。
流石に、選手だってそんな莫大な賞金を直ぐに使い果たすなんて、馬鹿なことはしないだろうし。
滑稽な話だ。選手の試合でお金を失い、その借金もまた選手のものから借りたものだというのだから。
くだらないな、と思いつつ俺はペンを手に取りサインを記した。


「ありがとうございます。では次はこちらの書類に必要事項をお書きください。」

必要事項と言っても、見たら新たな名義とサインだけ。
一分もかからず記入し終え、お姉さんに紙を返す。

「どうぞ。」
「はい、ありがとうございます。これで名義の変更が終わりました。天空闘技場での健闘を祈っております。」

これで終わりか、と少し脱力した。
ちら、と一般のほうを見ると、何やら面倒くさそうな手続きをしている。
それにこちらのスムーズすぎる手続きに、軽い不安を覚えた。だけど口座の説明を見る限りでは、結構条件が良いように思える。
この口座だって、世界で使えるようなものだし……。これは、天空闘技場の選手が、かなりの金蔓だということを示しているのだろうか。