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「とりあえず、ブーツだけ履いてみてくれないかな?」

俺とジンを微笑ましいものを見るような笑みでいたサイさんが言った。
サイさんの指すブーツを見ると底の方から微かだがオーラを感じた。でも、嫌な感じではないから心配はしなくて平気だろう。
素直に今履いているブーツを脱いで、膝下くらいまであるブーツを履いてみた。

「サイズは大丈夫みたいですけど…?」
「うん、そうみたいだね。じゃあ、ちょっと歩いてみてくれるかな。」
「はい………っ!?は、なに……?」

お、重っ?!
履いたとき、厚底と少し低めのヒールがあるから身長少し高くなって良いな、って思ったけど何コレ凄く重い。
これやっぱり底の方に、何か細工してあるんだな?!

「それ、底とヒールに僕特製の錘仕込んであるから気をつけてね。とりあえず、1tずつ両足に負荷をかけてるけど慣れてきたら、またおいで。増やしてあげるから。」

あぁ、この人こういう人だったよ。

ブーツの上部を持ったときは重くなかったから、履いたら…というか熱かオーラを感じたらその対象だけに決まった負荷をかける、ってとこか…。
……建造物とか地面に負荷をかけないから良いと思うけど、最初から1tってどういうことだ。暫くまともに歩くだけでも辛いじゃないか。最初のうちは何時間か履くだけにして、徐々に慣らしていこう。

「それで、こっちのコートの袖口にある飾りも同じ役目をしてるからね。ちなみに取り外し可能だから。」
「これだけじゃないんですか!?」
「あ、分かってると思うけど。ちゃんと武器とかも隠せるようなしかけにしてあるよ。」
「………無駄に高性能ですね。」

この人、悪魔だ……。
というか、修行中に使ってたこの大きさでなんでこんな重いの?!って思ったもの全部、この人の手作りか!

うわぁ……、なんか嫌だ。俺がどのくらい強くなったか、全部この人に筒抜けだったわけか、うわぁ……。
機械だけじゃなく、ここまで強くなったのもこの人のおかげとか……、素直に感謝できない、どうしよう。

「ルイ……、気持ちは分かるがもう少し抑えろ。」

余程、気持ちが顔に出ていたのだろう。ジンが少し哀れんだ目で言った。
分かってるけど、無理だ。今はそこまで大人になれそうにない。何か悔しい。

……あれ?そういえば、このブーツ、足のサイズはぴったりだけど、右のだけふくらはぎの部分結構余裕があるな。それでも歩くのには全然支障はないけれど。
ここにも何か入れるのかな?
履く前は、そんなに空きがあるように見えなかったが履いてみてから気づいた。

「ふふ、そっちの箱も開けてみて。」

俺の疑問を見透かしたかのようなタイミングで話しかけてきた。
素直にその言葉に従って箱を開けたら、今度は桐で出来た箱が出てきた。ちょっと待て、桐で出来た箱に入ってるものって高価なものしか思い浮かばないんだけど!
っていうより、このブーツとかだって念のことを考えるともの凄い価値のあるものじゃないのか……。俺がこんなもの持ってて良いの?
そう考えると、少しだけ指先が震えた。
仕方ないだろ!下手したら、億いくんじゃないか、って物に囲まれてるんだぞ?!
自分の預金通帳見てみろって言われたって、まだまともな金銭感覚を持っている俺にとったら、とてつもない金額だ。

恐る恐る、滑らかな桐の蓋に指を置いてみる。
……後ろから、そんな緊張しなくても。という言葉が聞こえてくる。
お前らみたいにズレにズレまくった金銭感覚を持つ人には、今の俺の気持ちは分からないだろうよ!

ふぅ……と一呼吸置いて、桐の蓋を開けた。

「日本刀?」

二口の日本刀、打ち刀と……脇差と思われる二口。
しかも、それぞれオーラを感じる。有名な刀鍛冶の作品だ。

……いやいや、これ本当に冗談じゃないぞ。

冷や汗が頬を伝った。
だって俺、その道ではまだまだ未熟としか言いようがない。それなのに、こんなものを貰っても宝の持ち腐れだ。きちんと手入れできるかも分からない。

「気に入った?」
「……気に入ったもなにもないですよ。こんな刀貰えません。」

サイさんとジンは何を考えてるんだ。
こんなの、どう考えても無理に決まってるだろ。世界中の剣士や収集家が大金を積むような、素晴らしい刀。凝をすれば念が刀を覆っているのが分かる。

「ルイ、自分が未熟だからっつって、それ言ってるんなら刀鍛冶に失礼だぞ。」

真剣な表情で厳しく言ったジン。

「は?逆だろうが。」

ジンだって、この刀の価値が分からない訳がない。この刀から発せられるオーラが見えないはずがないんだ。
それとも何か?お金を払ったから、そう言っているのか?そうだったら許せない。

これ以上ないくらい厳しい目でジンを睨む。一気に場の空気が鋭くなった。
そんな中、サイさんが緊張感のない声をあげた。

「ん〜、でもねぇ。その刀を作った本人が、ルイちゃんにあげたいって言ったんだよ?」
「金はいらん、っつって置いてったそうだぜ。」
「………………は?」

意味が分からない。
刀鍛冶が、俺にこの刀を?何で。
思いも寄らない展開に間抜けな声をあげた。どう考えてもおかしい。

「ある分野に精通すると無意識に念が使えるようになる、って聞いたことあるでしょ?」
「………ええ。」
「そういう人ってね、この人なら大事に使ってくれそうだとか、そういう勘も凄い鋭くなるんだよ。」
「……でも、俺その人に会ったことありませんよ。」

サイさんの言うことは分かる。
俺はその人に会ったことはない。会ったことがあって、そう言われたのなら確かに受け取らないのは失礼に値するだろう。
けれど、会ってないのにそれは無いだろう。

「ルイちゃんは気づいてなかっただろうけど、一回だけその人修行中のルイちゃんを見たんだよ。」
「……ということは、修行を始めてからそんなに時間が経ってない頃ですね。」
「うん。ジンがまた弟子をとったっていうから興味本位でね。そいつもジンのこと知ってたからルイちゃんのこと見にいったんだよ。それでルイちゃんを見てルイちゃんなら自分の作品を任せても良いって思ったんだろうね。」
「別にルイが剣道やってたなんて、話してなかったんだがな。ほら、分かったら素直に受けとれ。」

つまり念能力者としても未熟なときに、そう思われたということか…。
……正直、俺は自分がこの刀に相応しい人間だとは思わない。
でも、刀鍛冶が俺を実際に見て、これから相応しい人間になると確信した。…そんな嬉しいこと言われたら、断れないじゃんか。
今はまだまだだけど、俺を認めてくれた刀鍛冶の期待を裏切らないように頑張ろう。

「…………その人って、どこにいるか分かりますか?会って話をしたいです。」
「あ?まだ受け取らないってのか?」
「馬鹿、受け取るよ。お礼を言うためだよ。」
「……やっぱ、お前変なところで律儀だよなぁ。」
「律儀っていうよりも、自分自身へのけじめだろ。」
「うーん、アイツもあっちこっち飛び回るやつだからなぁ…。ごめんね?」

じゃあ強くなってから自分で探すか。

勿論、独り立ちしてからまた剣を学ぼうと思ったが、思わぬ目標が出来た。しかも、かなり高い目標。
やはり、目標があるのとないのとでは上達のスピードも違う。
ちなみに刀鍛冶の居場所はジンたちも知らないらしい。ジンと同じで直ぐに行方をくらませているらしい。自分で相応しいと思ったときに探して会いに行くとしよう。

……というか、この刀、普段どうやって持ち歩けばいいんだろう。
帯刀してたら流石に補導の対象になるよな…。
まあ、持ってなくてもこの気持ちは薄れるわけじゃないけど……。

「よし、じゃあそのブーツにある空きはね。こういうためにあるんだよ。」

おもむろに脇差を手に取り、右のブーツの中に入れた。
……いや、ちょっと待て。
俺、脇差をこんなところに入れるの嫌なんだけど…。
少し歩いてみても、脇差は足にぶつからず動くのに支障はない…というかあることも気づかない。どれだけ計算して作ったんだよ。このブーツ。

「あ、ちなみにこの仕掛けは、そいつが考えたことだからね。流石に帯刀するわけにもいかないから、だってさ。打刀のほうは、たまに出して使わせてやる程度でいいって。」

……この刀鍛冶の価値観が本格的に分からなくなってきた。
え、何コレ俺がおかしいの?この世界では、これが普通なの?!

目の前で笑うサイさんとジンの様子に俺は思わず頬が引き攣った。