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「それで渡したいものって何?」

ジンが可愛らしい雑貨屋に入るのを止めつつ、本来の目的について問うた。
いい加減「あれルイに似合うんじゃねぇか?!」って言いながら色んな店に連れまわすの止めてほしい。仕事が終わったのがお昼前だというのに、もう夜の八時にもなる。……そういえばジンを着替えさせるの忘れた。

「…………あー。」

バツが悪そうに頬を掻くジンに唖然とする。

「おい、まさか忘れてたなんて言わないよな?」
「いや、だってルイとこうして買い物する機械なんて今まで無かったからよ。……楽しくて忘れてたんだよ。」

そういえば、そうだ。とジンの言葉に頷いた。
修行中の買い物といえば生活必需品を買いにいくだけのもので、三時間もあれば終わってた。こうしてゆっくり時間をかけて街中を歩くのは今日が初めてだということに今気づいた。
……ジンが楽しんでるのに水を差して悪いことしたかな。申し訳ない。

「まあ、いい加減行かないとアイツ怒るだろうしな。そろそろ行くか!」
「……知り合いのところなのか?」
「ああ、詳しくは行ってからのお楽しみだ!」

ジンはそう言いながら裏路地に入った。


多少空き缶等のゴミが落ちてはいたものの、街路樹が均等に植えられていて道路も綺麗に舗装されていた表通り。そのゴミもいずれは業者によって片付けられるだろう。それだけこのヨークシンは表通りの衛生保持に力を入れている。
表通りという呼び名があるということは、勿論裏通りという呼び名も存在するわけで……寧ろ表通りの活気があり綺麗なほど、裏通りは反比例して汚かったりするわけだ。本当に。
少し表通りから逸れると、そこはもう不衛生としか言いようが無かった。
周辺のビルに邪魔されて日は射さないから、一度発生した菌は殺菌されることなく増殖しまくる。それだけでも嫌だってのに、飲食店とかは生ゴミを外に出してるからその腐敗臭もまた凄い…。
思わず頬が引きつった。一体、こんなところを通ってジンは何処に行くというのか。
表通りの臭いだけでも、かなり嫌だったのに、それを上回る臭いとか……勘弁してくれ。

周りにジン以外の人はいないので思う存分顔を歪めて歩く。
前を歩くジンも、さっきから鼻を摘まんではブツブツ文句を言ってるから俺の嗅覚は問題ないはずだ。
というか、ジンの方が鼻が良いから俺よりダメージを受けていると思う。ジンほど鼻が利かなくて良かった。
暫く歩くと、まだ空気がマシなところに出た。雰囲気は不良がたむろするくらいには悪い。……いや、不良がたむろするから雰囲気が悪いのか?何で不良って日当たりの悪いところに集まるんだろうか。謎だ。
煙草を吸って、わざとらしく煙を吐く仕草が漫画で読んだのとそっくりで、かなり笑える。
うーん、別に早いうちに煙草なんて吸って自分の寿命を縮めるのは赤の他人の俺が知ったことじゃないけど、ただでさえ悪い空気を副流煙なんかで更に悪くして欲しくないんだよな。そして、そんな煙を俺に吸わせるな。
まあ、こっちからわざわざ、そんな面倒なことになりそうな事に首を突っ込む気は無いので、視線をジンの背に戻して歩く。見てるだけで何か言われそうだし。
……なのに何で、こっちをジロジロ見てくるのか。
そりゃあ、今の俺とジンの格好がミスマッチなのは知ってるけど、そこまで不躾に見られるのは嫌だ。

絡まれたらどうしようか……と思考を巡らせていたが、その心配は杞憂に終わった。
やはり下手に刺激しないのが良かった。
うん、不良がジンのスーツの黒ずんだところを見て息を呑んだとか知らない。そのせいで俺まで怯えたような目で見られたとか本当に知らない。
こんなところを通るもんだから、ヤクザとかに勘違いされたんだろうなぁ……。反抗期の少年に本物のヤクザさんなんて怖いだけだもんなぁ…、そっちの道に進もうなんて考えたことなんて無いだろうし。
余程、気が弱かったらコレで不良の真似事も止めるだろう。別に俺たちはヤクザじゃないけどな!
面倒事にならなかったのを喜ぶべきか、不愉快な勘違いをされたのを怒るべきか……難しいところだ。

「着いたぜ。」

とりあえず、勘違いの元となったジンをどうしようか…と考えたときに、足を止めてジンは言った。
その声で自分の思考から意識を外して、ジンの見ている方向に目を向けた。
……ボロイ酒屋みたいな感じの店、って言うのが第一印象。
だけど、ジンがわざわざ来るということは酒屋では無いだろう。じゃあ何の店だ?と思うけれど外から中が見えないようになっているため全く分からない。
看板すら無いし……、本当に何の店だろうと疑問に覚え凝をする。

……あれ、扉に念がかかってる?

「ほら突っ立ってないで、さっさと入るぞ。」
「……いや、これ何の店だよ。」
「入れば分かる。」

ジンが木製のドアを練をしながら開ける。
……練をすることにより扉が開くようになっているのか、もしくはワープするようになっているのか…、興味深いところだ。

「……武器屋?」
「表向きは、そうだな。」

綺麗に並べられた、ライフルや剣などの凶器。ざっと見て、かなりの種類があると分かる。
……表向きっていう言葉は普通、本当は危ない店だけどそれを隠すために全うな店として普段は営業してる場合に使うと思うんだけど。
練をしなければ入れない武器屋ってだけで、十分危ないと考えてる俺は可笑しいのか……?

「失礼じゃないジン?僕は正真正銘武器屋としてこの店をやっているつもりなんだけどな。」
「武器屋っつうよか、便利屋って言ったほうが正しいだろうが。」
「あー、はいはい。通りで僕をこき使うわけだよね。」

店の奥から出てきたのは三十代前半だと思われる、くすんだ金髪が印象的な色気のある黒縁眼鏡をかけた念能力者。
飽きれたようにジンと話す、その声には物凄い覚えがあった。
……あー、もしかしなくても…。

「あ、ルイちゃん。いらっしゃい。」
「……ええ、はじめまして、サイさん。」
「うん、はじめまして。それでさぁ、聞きたいことがあるんだけどいい?あの変なウイルスって何かな?僕、凄く気になるんだけど。」

そう、この人が俺に機械の扱い方を一から教えてくれた人だ。
……といっても、ジンと組み手が終わって疲れがピークのときに、的確に人をイラつかせるようなことを言いながら電話口でサラッと説明されただけなので、教えてもらったという言い方は正しくないと思うが。まあこの人のおかげで機械に強くなったので一応、感謝はしている。
ウイルス、というのは「今日で僕の講座お終いだよ。」と言われた瞬間、今までの意趣返しでこの人のパソコンに送り込んだものだ。感謝はしているが、何か一つやっておかなければ気が済まなかった。

「貴方なら、もうとっくに解析まで済んだでしょう?」
「……僕のあんな説明で、よくそこまで機械に強くなったものだね。末恐ろしいよ。」
「それはどうも。」

俺の口調が皮肉交じりになるのは仕方が無いことだと思う。
……今までの会話から分かるように、この人凄く……凄く腹黒い。そうするとそれに返す俺の言葉は、どうしてもそんな感じの口調になってしまう。
こういう言い方したら、逆効果っていうのは分かるんだけど半年間でついたこの癖はどうしたら良いのか…。腹黒い人との頭脳戦って嫌いなんだよなぁ…なんか怖いし。笑顔で毒を吐くタイプって苦手だ。


「ったく、そんなことよか頼んでたもん出来ただろうな?」
「とっくに出来てるよ。取ってくるから、ちょっと待ってて。」

その言葉通り、サイさんは店の奥に戻ったかと思うと直ぐに二つの箱を持ってきた。
これが、ジンの言ってた渡したいもの、か。

「はい、ルイちゃん。今までジンの修行に耐えて偉かったね、お疲れ様。独り立ちおめでとう。」
「え?………あぁ、はい。ありがとうございます。」
「ちょっ!それ、俺の台詞!!」
「別にいいでしょー?これ作ったの僕なんだし。ね、早く開けてみて。微調整しないといけないから。」

箱はダンボール製の平べったい箱ともう一つ細長い長方形の箱があった。
サイさんの言葉通りに俺は素直に箱を開けた。開けたのは、平べったい方の箱。
その中に入っていたのは、黒いコートとブーツ。
……あ、ショートパンツもあった。結構上質な布だ、これ。

「渡したいものって、これのこと?」
「ああ、気に入ってくれたか?」

コートの内側を探ってみると、いくつものポケットがあり凄く便利そうだ。
しかも幾つか替えがあるようで、デザインも一着一着微妙に違う。