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今、俺たちは先ほど、ちょっとした手違いで壊してしまった携帯を買いに来ている。
携帯を逆パカしたあの後、こっちが驚く位綺麗な土下座を披露したジンは、その時美容室にいた人たち全員から注目を浴びた。
この世界は、原作でも読み取れたように、あまり日本の文化が広まっていない……というより、日本…ジャポンという国名すら知られてないと思う。
勿論、ちゃんとした念の修行をした人たちや、関心のある人たちは知っているだろうけど、そんな人たちは、言うまでも無く少数なわけで…、きっとジンの土下座は、さぞ奇妙に見えたんだろうなぁ……。
メンチさんが、小さな島国と言ったことが良く分かるほど、この世界の日本は目立たない。

まあ、俺も撮られていたことに気づかなかったし、気を抜きすぎてた感が否めないので、すぐに許したけど。周りの人たちからの好奇な視線から、早く逃れたかった、っていうのも大きいけどな。
……そういや、あれどのくらいの枚数、撮られてたんだろ…?ちょっと、気になる。逆パカする前に確認しておけば良かったな。

「おー、ルイ。こんなかでどれが一番いい?」
「別にあまり使わないだろうし、どれでも良いんじゃないか?」

ちょっと、キツイ寒色の照明に照らされた、様々な機種の携帯。俺、目の色素薄いから、こういう照明嫌いなんだけど…!
数の割には、キャッチコピーが似たようなものが多く、魅力を感じないのが気になる。

俺としては、充電が長持ちするものが良いと思うんだけど…。まあ、電池を取替えできるものだってあるし、それ以外に必要な機能とかあったら、自分で改造すればいいだけだから、あまり問題は無いけど。
ジンからの問いに一瞬、本気で選ぼうとしたが、一年のうち殆どの時間を圏外で過ごすジンが、携帯を所持している意味はあるのだろうか。という疑問が浮かんだ。…それを考えると、どれを選んでも同じような気がする。
俺は、適当な携帯を指差して、「ほら、あれ防水性だってよ。」と勧めてみた。気づいたら、水の中落として使えなくなってました。っていう状況が起きなくもないと思う。というか、絶対起きる。俺は別に困らないけど十二支んの人たちとかジンの友達とかは、凄く困ると思う。
……あ、でもその前に木の上から落っことしたり、岩に叩きつけて壊したら元も子もないな…。今までジンによって、壊されてきた携帯って、どのくらいあるんだろうか…?

「防水性?……あー、今選んでるの俺のじゃねぇぞ?」
「さっき壊した携帯の代わりを買いに来たんじゃないの?」
「いや?別に俺のヤツなんざ、どれでもいいけどルイのは、そうもいかねぇだろ。お前のなんだし。」

あ、やっぱり機能は重視しないのか。
……でも、やっぱり防水機能くらいは付いてたほうが良いかもしれないな…、データがふっとんだら、流石に不味いだろ。さっきは、データが飛ばないように考えて壊したから良いけど…。水ポチャしたら終わりだろ。
携帯のどこを傷つけたら、データが吹っ飛ぶか、今の俺は十分理解している。ありがとう。修行中ジンに負けては俺のことを、電話口でからかっては笑ってた人。
貴方が面白半分で俺に機械のことを教えてくれたおかげで機械に強くなったよ。……あー、もう今頃は見たことも無いウイルスとの格闘は終わったんだろうなぁ…。負けてこっちが苛立ってるときに、更に苛立つようなことを言うんだもんよ。ちょっとした復讐だ。

「え、俺の?なんで。」

てっきり、ジンの携帯のことで悩んでたんだと思ったんだけど。
さも不思議そうに、首をかしげて聞くと溜息を吐かれた。

「なんでって、これから一人で生きてくんだろ?そうなりゃ、嫌でも必要になるだろうが。」
「いや自分のくらい自分で買うからいいよ。」
「餞別だと思って受け取れ。……選ぶ気がないんなら勝手に選ぶぞ。いいな?」
「うん。」

髪の毛を乱暴に手で乱し、眉間にしわを寄せて面倒くさそうに言った。

……あ、ビートルシリーズみたいなフォルム選んできたらどうしようか…?あれはあれで好きな人はいるんだろうけど、俺的にはアレを持ち歩こうという気にはなれない。
持って行くのを忘れる、じゃなくて、人前で出すのが嫌だから持って行かない、になりそうだ。
というよりゴツイし、あの角の部分で結構嵩張るから携帯としては不向きだと思う。民族言語なんかは覚えれば別に問題は無いし、俺にとってメリットはゼロといって差し支えない。
もしジンがそれを持ってきたら、それとなく断ろう。申し訳ないけれど。昆虫の腹の部分を押したり、耳に付けたりなんて絶対嫌だ。何の拷問だ。

ずっと立って待っているのも、他のお客さんの邪魔になるので待合用の椅子に腰掛ける。丁度いい位置にテレビがあったが、この世界の芸能人の疎い俺は直ぐに飽きてしまった。
背もたれに、グッと寄りかかり少し伸びをする。
いつもと違う格好で結構、違和感がある。ちょっとした動きでシャンプーの柔らかな香りが鼻につく。暫くしたら匂いに酔うのではないかと心配したが、その様子はなく逆に……心地良い。少し落ち着きたいときに良いかもしれない。

「はぁ……。」

息を吐いて目を瞑る。
すると急に眠気が襲ってきた。どうやら自分が思っていた以上に疲れていたようだ。今日の出来事を頭の中に思い描くと、これで疲れないほうが可笑しい と苦笑する。
……これまで人とあまり関わらなかったせいもあるんだろうな。これから、それを改善するようなことは果たしてあるのか……。
きっと無いだろうな……そもそも、どう人と関わるきっかけを作ったらいいか分からない。
ま、別に今は必要じゃないし、必要なときにまた考えれば良いか。と結論付けた。
このまま此処で寝てしまっても嫌なので目を再び開ける。……やっぱり、この照明嫌いだ。眩しいっていうより目に痛い。

眉間に皺を寄せていると真新しい携帯を片手にジンがやってきた。

「ほら、買ってきたぞ。……って機嫌悪いな。」
「ありがとう。別に機嫌が悪いわけじゃないよ、ただ照明が眩しいだけ。」
「そうか。適当に選んできたから気に入るか分かんねぇけど……まあ、もし何かあったら勝手に改造しろよ。」

そう言いながら手渡されたのは黒い携帯。
……意外だ。ジンのことだから可愛らしい色を選ぶかと思ったのに。

「ん、ありがとう。気に入った。」

登録番号を確認してみたら既にジンの番号が登録されていたのに気が付いて思わず苦笑したのは言うまでも無い話だった。
……あ、後でネオンにも番号教えなきゃな。