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(ジンside)

あー………。
ドカッと、音を立てて椅子に座ったオレは、流れ動作で携帯の中に入っているファイルを開けた。
そのファイルの名は「ルイ」。
その中には、自分の弟子がソファーで寝てる姿、本を読んでいる姿、動物と戯れている姿など。
ルイに見られたら、すぐに削除されてしまうような物ばかりである。というか、ファイルの名前を見られた時点で削除されそうだ。


オレの頭を占めるのは、半年前に出会った弟子。ルイのこと。
男口調で、面倒くさがりだけど、本当はすっげえ甘くて優しい可愛い弟子兼娘。
戸籍をとるときは、オレの養子にしたほうが色々と簡単だったからオレの娘にした。オレが保護者、ってだけでかなり有利だからな。
いやぁ、ミドルネームを言ったときのルイのパンチは凄かった。滅茶苦茶腫れた。慌てて治療したとき、少し赤くなりながらお礼を言った時のルイの可愛さったら、もうなかった。
流石オレの娘!と娘になってから一時間もしないうちに親馬鹿を発揮した。また殴られたのは言うまでも無いことだが。

可愛げのないくらいに、メキメキと強くなっていったルイ。
ルイが、オレの目の前に現れたときのことは今でもよく覚えている。



立入禁止区域で、いつものように散策していると急に静かになった森。
ついさっきまで聞こえていた虫のざわめき、動物の声が一気に消え去った。
なんだぁ?と目を瞬かせてあたりを伺うと……いた。湖面を覗いたかと思えば大きく身体を仰け反らせた少女が。
遠目からでは、良く分からなかったが黒髪と思える髪は青みがかっていた。それで遠目からでも分かる綺麗な人形のような容姿。
少女の体から漏れ出るオーラは、本当に少なく頼りなかった。

さて、此処は立入禁止区域だ。そこに少女が、いきなり現れた。そして血気盛んな動物たちが、その少女のことを静かに窺っている。
そのことに少女も気がついたのか、少し怯えたような顔を見せたが次の瞬間、首をかしげて訝しげな表情になった。


湖畔に佇む少女とそれを見守っている動物。まるで、絵画のようだ、と思った。
あの顔が微笑みを浮かべて、湖畔で動物たちと戯れていたらどんなに綺麗だろう。らしくもなく、そんなことを真面目に思った。

そして、オレにそこまで思わせる少女のことが気になった。


パキ、とわざと地面に落ちていた枝を踏んで自分の存在を知らせてみた。
これで気がつかないなら、オレの見込み違いか?と思ったが、少女は振り返った。
ほう、と口角を上げて、さも不思議そうに言った。

「……誰だ?お前。」

上から下まで、綺麗な青色の目で俺を見定めた少女。
警戒までとはいかないが、オレを疑惑の目で見てくる。オーラが少なくとも分かる、その珍しいオーラの質。
自然と人の目……いや、生き物の目を引き付けるような少女。オレのハンターとしての勘が言った。
“こいつは強くなる”と。

まあ、その勘が見事当たって、見事オレを越したんだが……それが、なんとも悔しいというか……。
弟子が強くなるのは嬉しい。
だが、こうも易々と強くなられるのは……複雑だ。オレの教え方がいいんだか、ルイの潜在能力が凄いんだか分かったもんじゃない。
カイトのときは、もっと……なぁ?
鍛えがいがあったっていうか、虐め……いや、鍛えるのが楽しかったのに。
こいつはそんな隙を与えてくれないくらい早く強くなったからなぁ……。


……まあ、一言で言うと寂しいんだよな。
本当に、らしくねぇ。
嬉しいはずなのに、寂しいなんて。どこの乙女かっつうのな。
ルイの名前にフリークスを入れたのだって、そっちのほうが簡単ってのもあるが、本当はどこかで関係を持ちたくてやったのかもしれない。
血の繋がりなんて無いが、この世界での親はオレだぞ、というアピール。

いつでも辛いときは帰って来てほしい。

ルイがクオウを具現化したのは、寂しいからだと俺は思っている。
独り、この世界で生きていくのが寂しいから、ルイはクオウを具現化した。
誰だって、支えが無けりゃ生きていけない。だから、そのことに文句をいうつもりは無い。

だが問題はクオウという心のよりどころを持った今でも、ルイは心に壁を作っているということ。
その証拠に、オレはルイがこの世界にきて一度も泣いたことが無いことを知ってる。
12歳の少女がいきなり、家族も友達も居場所も全部失って、別の世界に来てしまったというのに、一度も弱音を吐いたり泣いたりしなかった。
さっきだって、本当は泣いてほしかった。泣いて、心に溜まったものを吐き出してほしかった。オレからルイの故郷の話をしなければルイは元の世界の話もしなかった。
そして、“私”という一人称から“俺”という一人称に変わったことも、心に壁がある証拠だ。男のように振る舞い、力強くみせて他人を自分から遠ざける。自分以外の人間に弱みを見せないために。
クオウに対してですら、そうなんだ。心のよりどころとして、具現化したクオウにも壁を作ってる。
脆くて、悲しい壁を。他人を拒絶するような絶対的な壁を。
放っておいたらオレという存在を忘れてしまうのでは、とルイがオレを追い越してから気が気ではなかった。ルイが、今よりオレを拒絶するんじゃないかと。


思い出してほしい。
お前は独りじゃないと、クオウのほかにもオレがいるし、これから世界に出ればルイを好きになる人はいる。
人を引き付けて、好きにさせるようなものを持っているのに、自分は好きになってくれない。好きだとは思っているんだろうが、やはりどこかに障害物があって拒絶してる。
ずるい。
途中まで受け入れてくれるのに、真には受け入れないルイが。

クオウも勿論気がついてる。
だけど、言わない。言っても否定されるどころか、もっと壁は厚くなる。
自分は強く、隙を見せてはいけない。と弱い部分をもっと隠してしまう。そうなることだけは避けたい。絶対にそうさせちゃいけない。そうなると今度、ルイは完全に壊れる。

そうさせないためにも、オレはクオウの存在に感謝してる。
クオウがいつもルイと一緒にいるのなら、誰もルイの弱い部分には触れない。触れることが出来なくなる。
ルイのことをよく知りもしない他人が無遠慮にルイを傷つけることなんて、絶対に許しはしない。ルイはオレたちが守る。
親として、師匠として、ルイを好きな一人の人間として、ルイを守る。


だから、ルイ。お前はお前のままでいい。お前のままでいてくれ。
強がらないで、辛いときは思い切り泣いてほしい。今すぐじゃなくていいから。
でも、いつかオレたちを心から信じることができたときは、オレに全部打ち明けてくれ。泣いてくれ。
そうしたら、オレは初めて安心できる。
やっと、ルイを独りから開放できたと。
自分を愛してくれる人たちの中で、幸せそうに笑うルイを、やっと自分のいるべきところに帰してあげられた、と。



……元の世界にも帰してやりたいんだがな。
ルイがこの世界に来た理由が、まず分からないからこれには手をつけようが無い。
恐らく、こっちの世界の念能力者が原因だと思うが、移動系の念。しかも、次元を超えるほどの凄腕の奴なんて聞いたことがねえ。
そんなすげえ奴なら、オレの耳に届いても可笑しくねぇのに。
それと、ルイの髪の色と瞳の色が変わった理由も全然、分かんねえしな。
んで、これはルイの心の壁を壊すまで考えないことにしてる。
今のまま、元の世界に帰したとしても、ルイはまだ、それを背負ってそうだし。それにオレたちがルイを救わなきゃいけねぇからな。


(――本当はずっとこの世界にいてほしい、なんて我儘な思いは誰も知らなくていいことだ。)


携帯を握り締めたまま、改めて決意するといつの間にか、店の奥に座っていたルイがいないことに気が付いた。

うぉお、いつの間に……?!
と思わず、立ち上がると、手に持っていた携帯を誰かにひょい と取られた。


「ちょ、おい!…………ルイ?」
「……ふーん」


少しずつ、オレにバレないように気配を薄めて最終的に絶の状態になったのだろう。
そうでなければ、ここまで近くにルイが来ているのにオレが気づかないわけが無い。

というか、おい。
ルイを見ると髪形だけでこんな変わるのか……、
いつもはサラサラのストレートのルイだが、毛先を軽く巻いている。
それだけでなく、俺の指くらいの太さの三つ編みを両サイド作って、後ろで結ってある。そのときに三つ編みにしてない髪の毛も一緒に結ってあるようだ。
それで、耳から下の髪の毛は結んでない。
……こういうのにも、名前があるんだろうが女の髪型なんて興味を持ったことも無いオレには全然分かんねえ。
あ、少しだけど化粧もしてるな。パウダーの匂いがするし。

とりあえず、ルイのこの姿をカメラに収めようと思ったのだが、ルイがオレの携帯を持っていることを思い出した。
そして、その瞬間、オレが自分の思考に入る前、何を見ていたのかも思い出した。


あ、やべえ。
半年かけて撮った写真が……。

そう思った瞬間、ルイは俺の目の前で綺麗に(且つ怖く)笑ってオレの携帯を逆パカした。

うおぉおお、思った以上に怒ってやがる……!!