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白のレース付きチュニックワンピース。
何だか、黒のモフモフした円形ベスト。
足首のところにボンボンが付いてるライトブラウンのナウシカブーツ。

それらを問答無用で着せられた俺。
若干、魂の抜けたような顔をしていると思うが、今そんなことを考えている余裕は無い。
付かれきった心に癒しを求めようとモフモフに顔をうずめてみるが……やはり、森の動物たちに遠く及ばない。癒されない。
早く帰って、抱きしめてモフモフして癒されたい。
まがい物のモフモフを渡されたせいで、森の動物たちが恋しくなった。


想像していたより、大分落ち着いた服で安心したが、これが俺に本当に似合っているのかは謎だ。
こういうのは、可愛い普通の女の子が着るものだと思う。
ワンピースの裾を人差し指と親指でつまんでみる。そうすると控えめに付いているレースが見えた。
下にはスパッツを着用しているため(これはジンが譲らなかった)、あまり違和感は無い。
そのかわり、太ももの辺りに揺れる柔らかい感触に違和感を覚える。これスパッツ履いてなかったら違和感凄いな。なんかスースーしそう。
半年くらい前まで、スカートを毎日着てたのに……と苦笑する。あっちは、制服だから。というのもあるだろうが。

「まあ!とってもお似合いです!」
「よっしゃ!これだったら、クオウも文句は言わねえだろ。」

額の汗を腕でふき取るジンを見て、軽くイラっときた。
この野郎。よくも、俺を置いて楽しそうにしやがって……。

今すぐ、殴りたいが店員さんの目があるので必死でそれを抑える。
それとなんか、色んなところから視線感じるし。それも結構な数。
……これ、本当に似合ってるのか?

店内にいる人殆どが俺たちを見ているような気がする。自意識過剰?
いやいや、人の視線の数を間違うようなヘマはしないから。してたら、ジンの弟子は務まらない。

というか、さっきの仕事とまた違った精神攻撃でいろいろ辛い。

「じゃあ、今度は美容院だな!」
「ご要望通り、すぐ向かい側のところにお願いしておきました!腕も一流ですよ!!」
「は……?」

美容院?お願い?
あまりにも急な展開で、頭が付いていかない。その場で立ち尽くしそうだったのを、ジンに腕を引っ張られた。

どうやら、俺が着替えているときに会計を済ませていたようで、後ろから視線が送られてくるのを感じながら、排気ガスくさい外へ出た。

目の前を通り過ぎる車。
先のほうが渋滞になっているのか、進む速度が遅い。
横断歩道のあるところまで、歩いて信号が変わるのを待つ。そして又もや感じる視線。
店内より人が多いここでは、さっきよりも集まる視線が多かった。
チラチラと見てくるものや、俺を見ながら隣の人と話す人。果てには携帯をこちらに向けてくるものまで。
流石に知らない人に写真を撮られるのは嫌なので、さりげなくジンの影に隠れた。

「……なあ。」

少しだけジンを見上げて話しかける。

「これ、俺には似合ってないんじゃないのか?ほら、何かさっきから視線が凄いし…………違う服のほうがいいんじゃないの?」
「何言ってんだ?ちゃんと似合ってるし大丈夫だ!」
「……でも、」
「お、信号変わったぞ!」

視線が……と言いかけたところで、ジンに手を引かれた。
これ以上話しても無駄だな。と小走りになっているジンに合わせてながら、ため息をついた。
俺、一体この世界に来て何度ため息吐いたんだろ。ジンに振り回されっぱなしだから、結構吐いたと思う。

少し走ったらすぐに着いた、定員さんに紹介された美容院。
さっきの店とは違って、外装は落ち着いた大人な感じ。可愛いレースの店内を見てしまった今の俺にとって、とても落ち着く。
しばらく、そうしていたかったが、それでもジンは足を進めるのを止めずに店の中へと入った。

最早、習慣ともなっている店内のチェックをしようとしたところ、ある一人の綺麗なお兄さんに中断させられた。
入ったとたん、こちらの方を見て目を輝かせたからだ。
そして、ツカツカと俺たちの方に歩み寄ってきた。敵意は感じられないんだけど……、と思いつつ一応警戒はしておく。
歩き方からしておネエだと思われるお兄さん。ふわりと香る香水の匂いが、とても落ち着く。
自分が付けるのは嫌だけど、たまに香るくらいなら丁度良い。
そしてそれと同じ理由で化粧をするのが嫌だ。無臭?馬鹿言うな。俺の鼻は特別仕立てだ。無臭ってあっても十分匂う。
まあ、それでもジンやゴンには大きく劣る。流石に野生児には勝てない。
というか、数キロ離れてるものを臭いで探し当てられるんだ。そんなものと一緒にしてほしくない。

「いらっしゃいませ。今回貴女を担当するアンリよ。話に聞いてたとおり、すっごく綺麗な子ねぇ!」

やはりおネエだったか。
こういう綺麗なお兄さんがだったら、おネエでも違和感ないんだな。
これが、さっき仕事にいたゴツイ筋肉隆々のやつだったら、ものすごい違和感なんだろうなぁ。というかまず気色悪い。公害レベルといってもいいだろう。
想像しただけでも、笑いをこらえるのが難しいのだから、それが実現して目の前に現れたら爆笑ものだ。
……客観的に、分析しているが実は結構困った。
この人……アンリさん、異様にテンションが高い。
俺の体をじっくりと見て、きゃあきゃあ騒いでる。軽く引くぐらいのテンションの高さだ。

そんな下らないことを思っている内に、ジンが応対を済ませたのか一番奥の椅子に導かれた。
考えていたのは、ほんの少しの間だけだったはずなのに、ジンとアンリさんはもう楽しげに話している。
打ち解けるの早いなー、俺には真似できん。と肩をすくめながら案内された椅子に座る。
目の前には鏡。鏡に映っているのは俺とアンリさんとジン。

「……おい、ジン。」

なんでお前が後ろにいる。しかも、自然に。まるで此処にいることが当たり前と言わんばかりに。
ここは一番奥にある席だ。そして、そこに待機用の椅子などない。あるのは入口付近。従ってジンがそこにいる意味はない。

「そうよ。これからはアタシのお仕事よ。後は、出来上がってからのお楽しみ!ほら、あそこに座ってて!」
「ぐ………、わぁーったよ。あそこで待ってりゃあ良いんだろ。」
「この子の方を見ちゃダメよ?」
「…………ちっ。」

お見事。
ジンのあしらい方、凄い上手い。俺は心の中で拍手をした。

渋々……といった感じで戻っていったジン。
口を尖らせながら椅子に座って、携帯を弄び始めた。
………そういやぁ前、紅桜とジンで携帯見て、はしゃいでる時あったなぁ……。
今夜あたりジンの携帯チェックでもするか。もし俺の写真があったら携帯逆パカしてやる。
ジンに俺を撮る許可を出した覚えはないからな。もし撮ってたら、盗撮ってことになるし、まあ自業自得?

「さ、何か希望はある?なければアタシの好きなように弄らせてもらうわ。」

鏡越しで見たアンリさんの顔は、凄い輝いていました。
……これに逆らえるはずが無いよな。っていう。逆らったところで、大した抵抗はできそうにないし。