09


「さて、仕事も終わった。」
「報酬も貰った。……あとは、」
「「この格好を、どうにかしないといけないな。」」

初仕事で、こんな強烈で最悪な仕事をしたのは世界中を探し回っても俺くらいだろう。
こんな形でネオンに会うとは思わなかった。まったく予想できなかった。

まあ、そんなことはこの際、どこかに置いておいて、
今、俺たち……いや、正しくは俺、一人だけど。
初仕事が終わったばかりで、正直精神的にきてるのだが、今はそうも言っていられない。それよりも優先すべきことがある。
さっきの戦いで俺たちの格好は散々だ。
着ているスーツは勿論のこと、髪の毛も顔も……全身が血まみれでボロボロ。目を当てられたもんじゃない。
肌と髪に付いた返り血は、どこかで洗い流せば大丈夫だろうが、問題はスーツだ。
スーツについて、十分な知識をもっていない俺たちには、スーツに付いた血を取るなんてことは絶対に出来ない。
下手したら、生地がボロボロになって今より、もっと無残なことになるかもしれない。
だが、このまま紅桜のところに帰ろうなどと考えると……それこそ、怖い。そんな選択肢を考えた時点でヤバい。
確実に、後ろに黒いオーラを背負ったまま尋問とお説教される。こんなときは俺が紅桜を具現化した主、という特権すら失われる。
……それでも、ジンの受ける恐怖よりかはマシだと思うが。

そんな恐ろしい目に会わないように俺は、すぐに服を見繕わないといけない。
こんなことになるのだったら、【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】の中に服も入れとくんだった。と後悔する。

まあ、修行中はジャージを着用していたため、今回【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】の中に服を入れてあっても意味は無かったと思うが。
それというのも、今回はただ服を買って着る。というのでは駄目だからだ。
確かに、血まみれのスーツを着て帰ることは免れる。だが、その先に待っているのは、やはり紅桜による尋問とお説教だ。
「お洋服をお変えになったんですね。そして、それは何故でしょうか?答えによっては……」と切り替えされるに違いない。

それでは、服を着替えた意味がない。
だから、俺は紅桜がそんな疑問を持たないくらい、紅桜が気に入る服を見つけなくてはいけない。
一瞬も疑問を持たせてはいけない。
本当なら、ジンも道連れにするところなのだが、さっき腹立つことに、のらりくらりと躱されてしまった。くそう。




【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】の中で、肌や髪についた血を流した後。
そこそこ人通りの多い道に出て服屋がないかと探していた。
こちらの世界に来て、ここまで人が密集しているところに来たのは初めてだ。
俺は、あまりの人の多さに、早くも酔いそうで、さっさと店に入りたくて仕方ない。これでそんなに多くないとか……俺、田舎で一生を過ごそう。

そんな俺の心境を悟ったのかどうかは知らないが、ジンが何とも絶妙なタイミングで声を発した。

「じゃー、とりあえず、あそこ入ってみっか!」

その声に促されるように、ジンの指す店に視線をやる。
そして、とたんに俺は顔をしかめた。
―――明らかに、俺に似合わないだろう服を取り扱ってる感満載だったからだ。
そう思っても、まだ店内を見たわけじゃないので、気が進まないながらもジンに引っ張られて店内に入った。


だが、外装の雰囲気は店の空気、商品と一致するようだ。

う、わぁ。
思わず、顔が引きつった。

見渡す限り、フリル・レースのついた服ばかりが置いてあった。
そして、それを楽しそうに、きゃっきゃうふふと選ぶ可愛らしい女の子たちが目に付く。


明らかに異質。
黒のスーツを着ている俺たちと、どこか次元の違うところみたいだ。
ふわっふわの可愛らしい女の子のなかに、ところどころ黒ずんだスーツを着ている女と中年の男。
下手すれば、通報されそうなくらい、俺たちがこの場にいるのはおかしい。
というか、直ぐに回れ右してこの場から出たいんだけど。

「いらっしゃいませ。失礼ですが、どのようなものをお探しでいらっしゃいますか?」

だが、そんな俺の行動を引き止めるが如く一人の店員さんが俺たちに話しかけてきた。
……まあ、入り口付近で、この格好で立ち止まっていたから当たり前だろうけど。

どういうもの、か。
ファッションとかまるで興味ないから、マネキンが着てる服をそのまま買おうと思ってたんだけど。
折角、店員さんが話しかけてくれたから、こっちの最低限の要望だけ言って選んでもらうかな?

改めて店内をチラ、と横目で見る。
フリル、レースたくさんの服を着る気は毛頭ない。

シンプルなもので。

と言おうとしたのだが、急にジンが俺を前に突き出した。
そのことに、少し後ろを向いて文句を言いかけた。

「――おい、ジ……」
「こいつに似合う、可愛い服を!!」

………………。

思わず、フリーズした。というかしないほうがおかしい。
今、こいつはなんて言った?可愛い服?
ちょっと待て、確かに店員さんに服を選んでもらうのは俺も賛成だ。
だが、何でよりによって、俺に似合わないだろう服を注文するんだ?俺に似合う可愛い服?
可愛い、という単語が付く時点で似合わないこと必至じゃないか。

「無理だから!」

今度こそ、邪魔されずに文句を言ったのだが、当のジンは既に数m先で店員さんと楽しそうに服を選んでいた。
その様はまるで、他の客。つまり楽しそうに服を選んでいる女の子そっくりだった。

ちょっと、待て。
なんだ、その無駄に早い行動。そして、何故服を着る側の俺を差し置いて俺の服を選ぶ?
ジンの様子から、絶対これ紅桜に叱られないようにするためだけじゃなく、本人素で楽しんでる。
わなわなと、あまりの怒りで握った拳が震えるが、俺を置いて店員さんと楽しそうに服を吟味しているジンは気づかない。
この野郎。人事だと思いやがって。
全て終わった後、ジンを殴ろうと決意した。