07




暇だな。
もう新しい持ち場について三十分くらい経つ。
ネオンが博物館に飽きるまで、護衛は続くそうなので、まだまだ残り時間は長い。あの子がすぐに飽きるとか考えられない。下手したら明日の朝まで観てるんじゃないか?
それを思うと、ため息が出てくる。
早く飽きてくれないかな?ため息混じりにそう思った。

こんな暇な時間を過ごすくらいなら、本を読んでいたほうがずっといい。
それに、これが俺とジンの最初の仕事だと思うと、少し物足りなく思う。いや、ノストラードからの依頼だから、今日、何かしらあるのだろうが暇すぎる。嵐は突然くるというけど、さっさと来てくれないか、とさえ思う。

「ジン、寝るなよ。」

うとうとしだした、ジンに釘を刺す。ジンも余程退屈なのか。
まあジンなら寝てても賊の気配を察知した瞬間、臨戦態勢をとれると思うけれど。

「……あ〜、だってよ。暇すぎねえか?」
「まあな。」

盛大なため息を吐いて背中を壁に預ける。
このままだったら、イライラしすぎて何かの病気になっちゃうんじゃないか?と思ったとき。


――叫び声と破壊音が聞こえた。


声からして、さっき俺たちと交代した奴。
ジンも気がついたようで、軽く眉を寄せている。ダルツォルネのせいだ。そして、来るのが分かっていて、あそこに留まらなかった俺たちのせいでもある。
甘かった。
俺も「所詮占い」と馬鹿にしていたところがあった。原作で百発百中、とあったのに。


考えるよりも先に体が動いていた。
歩きでも数分かからない道を、出来るだけ早く走る。
時間が経てば経つだけ、鉄の匂いが漂ってくる。叫び声も大きく鮮明に聞こえる。
そして、俺の心臓もだんだん煩くなってくる。




「う……ぐ、っぐあ」
「あ?何だ。まだ生きてやがんのか。」
「どうせ動けねえんだから放っておけ……ん?」

目の前に広がる惨状。
俺たちと交代した二人は床に倒れ、血の海に倒れていた。一人は死んでいる。
その他にも、救援に入ろうとしたのか五人が無残にも殺されている。ここまで来ると鉄の匂いしかしない。
生き残っているのは、たった一人だけ。

息が苦しい。心臓が飛び出そうなくらい激しく動いてる。
……俺のせいだ。

犯人は……20人。全員が念能力者。今回雇われた護衛より強い。その中のリーダーと思われる人物が俺たちに気がついた。

「なんだぁ?まだいやがったのか。ったく、さっさとお宝と嬢ちゃんを取って帰りてえのによぉ。」

展示物ならず、身代金まで奪い取る気か。それともネオンの能力を知っているのかは知らないが、その言葉を実行させてやるわけにはいかない。
ジンが目配せをした。唇を噛みながらも、それに頷く。
ここで俺がやるのは怪我人の処置。

靴が血で汚れるのにも構わずに、ただ一人の生存者の傷の確認をする。
片膝を付いたため、黒いスーツのズボンが余計黒味を増す。後で紅桜に怒られちゃうな。
……傷は腹と足。
腹の方は、あまり酷くはないようだけど、足の傷はそれとは比べ物にならないくらい酷かった。
だが、それが逆じゃなくてよかった。逆だったら内臓まで傷ついて手遅れになったかもしれないから。

全く身動きできない様子から毒か念。
凝をして見てみれば、へばりつくオーラの塊が確認できる。……このくらいの念なら除念しても絶にはならないかな。
そう判断し、【血に染まる水(レジョレーションオリジョン)】で腹と足の念を除念した。しかし、それだけでは出血が治まることはなく傷口からは已然血が出ていた。

このままじゃ、出血死してしまう。
急いで水を出し、【世界で一つの万能薬(メディカルヒール)】でそれ相応のオーラを込める。

「……飲めますか?」

聞くと恐怖で顔が歪んだ。
いきなりの襲撃に気が余程動転しているのか、動けない体を揺さぶろうとしている。

飲まなければ死ぬ。
緊急事態だ。舌打ちを漏らして具現化した水を己の口の中に入れる。
相手の鼻を塞いでから、自分の口で相手の唇を塞ぐ。所詮口移しというものだ。
必死で抵抗してくるが大して効果はない。というか大人しくしてろ。本当に血が足りなくなるぞ。

鼻と口両方が塞がれている。
飲み込むまい、と必死になっていたが、苦しさに負けて飲み込んだ。
それを見届けて、鳩尾に拳を放った。

アイツ等には人命救助をしたが助けられなかった、と解釈してもらったほうが都合がいいからだ。
もちろん、俺のためじゃなく、コイツのため。
生きて動けると知ったら、また攻撃してくるだろうから。そうなったら、何のために助けたのか分からない。
血が凄く服に滲んでいるので、まさか怪我が治ったなどとは思うまい。
幸い、辺りは血の海。どれが誰の血などとわかるはずがない。




「ジンっ!大丈夫か?」
「ああ!後は、そっちの奴ら頼む!」
「任せとけ。」

後ろを振り返るとガラスをいつの間にか割って、敵の大部分をここから離しているジンの姿が目に入った。
狭い空間は念能力者が闘うのに向いておらず、人数が人数だけに苦戦しているようだった。思う存分辺りを壊していいのなら直ぐに勝負はついていたのだろうが。あとは博物館の中にいるネオンたちへの配慮だろう。守りながら闘うのは思いのほか難しい。

割れたガラスの欠片を手に持ち、投げつける。それは見事に敵の肩に命中した。
突然の仲間の出血に驚いた他の仲間たちが一斉に俺に向かってくる。既に、六人をジンが倒している。そして、今一人俺が倒した。ならば残りは十三人。
俺に向かってきたのが九人。

ジンに向かう相手より多いのは俺の方が弱いと判断したから。

「うぉおお!」

ジンの強さに恐れたのか、俺にも死に物狂いの形相で迫ってくる。真正面から。
これはありがたい。連携プレーはしないみたいだ。これでは大勢で向かってくる意味など無いに等しい。念能力者としても未熟な者ばかりなのだろうか、発をつかうこともしない。
バカみたいに真正面から来てくれるのならば、それはありがたい。
余計なリスクを負わなくて済むのならば、そのほうがいい。

まず、正面の相手の隙だらけの男に歩み寄る。少しだけ冷静さを取り戻したのか念弾を繰り出してきたが、それも堅で相殺すれば問題ない。
少し跳んで回し蹴りを決めればその衝撃で大きな体が後ろに倒れる。そのすぐ後ろには、また一人敵がいる。丁度いいとそのままの勢いでもう一度蹴りを喰らわせれば大男は速さを増して倒れ行く、後ろの男はそれに目を真ん丸くひん剥いて、避ける暇もなく押しつぶされた。

これで、俺はあと七人。

「うわああぁ!死ねぇ、っ」
「化物!あぁああ!!」

周もしていないナイフを振るいながらこちらに来る。目が尋常じゃない。
一人一人、ナイフを持つ手を念を込めながら蹴る。これで暫くナイフは持てないだろう。
痛む手を庇いながら、あるいは痛みを感じてないと言わんばかりに、突進してくる。

さっさと倒されてくれ。
そう思いながら、襲ってくる相手をなぎ倒す。
半狂乱になっているから、何をしてくるかわからない。

「っ……化け物、か。」

初めての経験に、肩を張りながらも相手を倒す。予想していたより、ずっと辛い。その事実に驚く。

肉の塊と化した人間と血の海。

これが全部俺のせい。
危ないというのが分かっていたのに行動できなかった。だから死んだ。死なせてしまった。


動物の死は知っている。
それで人間の死も克服できたと思っていた。
だが違かった。動物を殺す時も最初、戸惑って怖かった。だけど、そこには食べるため、という理由があった。
そして、殺さなきゃ自分が殺されるという理由もあった。
それを俺は人間にも当てはめていた。人間も理由があれば殺せると思ってた。

だけど、自分と同じように二本足で立ち、文化を築いてきた人間とでは話が違ったらしい。
自分のせいで動物が殺されても、ここまで落ち込まない。
それが人間だとどうだ?こんな連中相手に、苦戦を強いられている。かなり精神にきた。

やはり、人間は人間が可愛い。
人間の中で、動物と人間とでは同等の立場にない。
別に、それが悪いと言っているわけでない。寧ろそれが普通だと思う。動物も自分の種族が一番であり人間など、それと同じようには思ってない。
でもそれを何処か遠くのような、自分と関係ないように思ってたんだと思う。
だから、そんな当たり前の事実に気がつかされたことで、ここまで動きが鈍っている。


それに加え、死ぬ物狂いで俺に向かってくる敵。嫌でも感じさせられる"死"という恐怖。
冷静に戦ったら、俺が勝つことは分かってる。
だって、力は俺の方が圧倒的に上回っているのだから。



―――そうだ。俺の方が強いんだ。




だから、殺さずに捉えることなど簡単だろう。

ジンの足手纏いになんかなりたくない。実力を認められてこの仕事を受けたんだ。
それなのに、自分より格下の敵を殺さずに捕まえられなくてどうする。

自己嫌悪に襲われた。一体、この半年間何をしていたんだ、強くなっただけで満足したつもりか。
実践にも使えない強さに満足してなどいない。
俺は、この世界で生きることを覚悟したからジンの修行に耐えたんだろう。だから強くなったんだろ。
実践でその強さを活かせなくてどうする。


―――迷ってないで今はやるべきことをしろ!


後悔は後からすればいい。


「っぁ……」
「が……ぅぐっ」

一人は鳩尾に、もう一人はうなじに念を込めた肘鉄を食らわせて気絶させた。
それが見えていないのか、チラとも表情を変えない残りの五人。

もう直ぐ、俺に向かって振り下ろす腕は肩に当たる。
首に当たる。顔に当たる。頭に当たる。背中に当たる。要は囲まれている状態だ。
下らないことでショック状態にあるとき、こんなにも自分の立場を悪くしていたのか、と自嘲気味に笑う。
攻撃するときに、やはり念能力者の癖があり腕にはオーラを込めているが、そのオーラと俺のオーラは比べ物にならない。……本当に俺は馬鹿だな。自分自身に腹が立つ。

囲まれている、ということは敵が近くに固まっているということ。
不利ではある。しかしそれを打破できないようでは、ジンは俺を旅立たせることなんてしない。
そんなんじゃ、この世界では生きていけないから。

「よ……っと。」

重心を下に落とし、右の手のひらを床に押し付ける。
振り上げていた腕は行き場をなくし、空振りとなって終わる。そしてそれでバランスを崩す。
そして最も、効果を発揮できるタイミングを狙って周りにいる奴らの足を薙ぎ払った。

元々バランスを崩していた上に、更に崩されたのだ。皆が皆前につんのめり、変な格好で倒れた。
そこで【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】から神字が刻まれた鎖を取り出して、五人まとめて締め上げる。前に森に入り込んできた密猟者を縛ったことがあったので、戸惑わずに厳重に縛ることができた。後は猿轡を噛ませれば完璧。
縄だと、引きちぎってしまう可能性があるので鎖。見た所、鉄は引きちぎれないと思う。多分だけど。

「はぁ……ごめん、ジン。時間かかった。」
「何言ってんだ。初めての仕事で、こんな状況で勝てたんだ。それで十分だ。……そんなに気負うこたぁねえ。それに……よく頑張った。」

そう言って、頭を撫でるジン。
相変わらず、ワシャワシャと乱暴な撫で方だったけれど、今の俺にはそれがとても心地よかった。
悔しいし、自分が許せない。
今回の仕事、自分に足りないことがよく分かった。
冷静さと覚悟。

暫くそうしているとジンが流石に心配になったのか、俺の顔を覗きこもうとしたが、それを手で制する。

「……泣いても――」
「誰が泣くか馬鹿ジン」

頭に置かれていたジンの手首を掴んで、頭を上げた。
いきなりの行動に驚くジンを尻目に、六人の死体のもとへ近づく。

「おい……ルイ。」

ジンがそれを訝しんだのか、声をかけるが流す。
一人一人の前に行って、手を合わせる。ごめんなさい。

俺が殺した人たちと、こんなことを二度と起こさないように自分を律するために一人一人の顔を覚える。
二度と忘れないように。
俺の覚悟が足りないせいで、これ以上人を死なせないために。