03


目の前に繰り出される拳を軽く首を傾けて避ける。
ギリギリで避けたものだから、髪の毛が拳によって作り出された風で不自然に揺れた。
僅かな隙も見逃さまい、と目と勘を研ぎ澄ましていた俺は、空振りに終わった相手の足を思い切り引っ掛けた。

「っ…………!!」

予想外の攻撃に、一瞬驚いたようだ。
だが即座に、相手は体勢を持ち直して基本の構えに入った。攻撃を重ねる隙すらない。
それを見て、俺は眉を寄せる。
……少しくらい、引っかかっても良いじゃないか。

不満を少し心の中で漏らすとそれを察知したのかは知らないが、またもや迫ってきた。
あまりにも速い打撃に驚き舌打ちをした。なんというタイミング。

体力は……あまり残っていない。
胸に手を当てなくとも分かる心臓の音と、体を襲う痛みと疲労感。
アドレナリンで多少は感じなくなっているのだろうが、それを問題としないくらいに厳しい。
どれも、これ以上の長期戦になったら持たないことは明白。

ギリ……と歯を噛み締めて、俺も構えなおす。
思ったよりも、厳しい。

「っぐ………!!」

相手の攻撃を受けた反動で、一瞬息が出来無くなった。

……ヒビ、入ったかな?アドレナリンのせいで、よく分からない。
アドレナリンの出過ぎも考えものか、制御できれば良いのに、と無理なことを考える。

一瞬ひるんだ隙を見て新たな攻撃が俺を襲う。
しかし、今度は捕らえた。腕をバネのように使って、相手の体を思い切り押し返す。かなりの勢いがついた。これでは避けられないだろう。勢い良く、後ろに吹っ飛ばされた。
飛ばされた先にあるのは、巨大な岩。表面がゴツゴツしていて、尖っているところも多々ある。
まともに直撃したら命を落とすことは免れないだろう。

「っ、……グァっ!!」

勢い良く岩に激突したが、飛ばされながらも、少し体勢を整えたようなので、命の心配は無いだろう。
ほっと一息吐いて、呼びかけてみる。

「……大丈夫か?」
「…………とりあえず、生きてる。」

怪我の様子を近くに寄って確かめてみる。岩に叩きつけられた背中は血まみれ。他にも、戦闘中に出来たのかアザやら小さな傷がたくさんあった。
この分だと、骨が折れてると思ったほうが良いな。

「……治すから背中見せて。」
「いや、先にお前の怪我の方治しとけ。オレは後でいいから。」
「ジンの方が怪我酷いだろうが。俺はこうして歩けるから平気。紅桜だってそう思うだろ?」
「ええ、とりあえずはジンさんの方を優先すべきです。」
「ほら。さっさと背中見せて。見なきゃ分からないんだから。」

そう言って、ジンの背中を俺の視界に収める。
うわぁ……これは、オーラ使いそうだ。あまりにも痛々しすぎる光景に思わず眉をしかめた。

「骨はどのくらい折った?」
「そうだな……右腕にヒビが入った程度だ。背骨は……背中が異常に痛えが、まあ問題はなさそうだな。」
「分かった。」

手のひらを軽く持ち上げて、念能力を発動させる。
【無限の可能性(ポテンシャルバディー)】を使って、手のひらから2、3cm離れたところにオーラを水に変化させる。
そして、その念能力を更に応用し【世界で一つの万能薬(メディカルヒール)】で、水に治癒能力を持たせた。何を治すか、によってオーラの使用量が変わる。
まあ、オーラをつぎ込む量が多くても、あまり変わりはないけれど。
怪我に対してつぎ込んだオーラが少ないと、治らないけれど、多い分には問題ない。
この【世界で一つの万能薬(メディカルヒール)】は自分で作り出した水(それも手の平から5cm以内)でないと、能力を付加できないようになっている。

「ほら、飲んで。」

水をぷかぷかと移動させてジンの口に持っていった。
初めこそ、恐る恐る。と言った感じで水を飲み込んでいたジンだが、今では余程の信頼を寄せているのだろう。喜んで口を開けて飲み込んだ。

飲み込んで直ぐにこの能力は効果を発揮する。
傷だらけだった身体は、一瞬で綺麗な傷一つないものとなった。これで血を拭えば、怪我したことなど分からないだろう。

ジンの怪我が治ったのを確認した俺は、自分自身の怪我を確認する。かすり傷とアザと骨のヒビ。
さっきと同じように、オーラを水に変化させて水に治癒能力を持たせて飲んだ。

「よし。……どう?他にも怪我したところあった?」
「いや、大丈夫だ。相変わらず、便利な能力だな。」
「まあな。自分でも結構気に入ってるし。」
「あ〜……、あんなにハンデ付けられたのに負けるとか……。」
「……いや、今回はかなり厳しかった。結構長引いたし。」

ジンが悔しがっているのは、この組手で俺が左手を攻撃に使わない。というハンデを付けたのにも関わらず負けてしまったせいだ。そのせいで、さっき突き飛ばした時にオーラの加減が出来なかった。
オーラ量が物を言う組手では俺が勝るけれど、オーラの扱いが重要となる手合わせでは俺はジンに勝てる気はしない。放出の応用だ!とか言って霊丸みたいなオーラ飛ばしてきたときはどうしようかと思った。

「ったく、半年でここまで強くなるなんて……本当末恐ろしいぜ。」
「それもマスターの努力の成果です。それと、これをどうぞ」
「お、さんきゅうな!クオウ。」
「ありがとう、紅桜。」

紅桜が差し出してきたのは、濡れたタオル。
戦い終わりの変な高揚感、少しぼうっとする頭を冷やすため渡されたタオルで顔を拭った。