02
「…………なに、ここ……?」
目覚めた場所は、鬱蒼と木々が生い茂る森。
さて、なぜ私はこんなところにいるのか。
さっき私は硬いコンクリートの上に叩きつけられた。本来ならば薬臭い病院のベットの上で目覚めているはず。
コンクリートに打ち付けられた筈の体は、どこも怪我していない。
夢、か……?
その考えが脳裏をよぎり慌てて頬を抓ったが、頬に感じる痛みは確かに現実のものだった。
樹々の爽やかな匂い、お尻に伝わる冷たい地面の温度、吹き抜ける静かな風。全てが鮮明で思わず、打ち付けたはずの自分の身体を訝しげに見た。
どこも変わったところはない……。
その時ピンで止めていた前髪がサラと視界に入った。
そこには見慣れた黒髪があるはずだ。どうしてその髪が、青みがかっているのだろうか。
「は…………?」
暫くの間私は、前髪を見たまま固まっていた。そして、正気に戻ると反射的に下の方に結っていた髪をほどいた。胸より少し短いくらいの髪の毛の長さは変わらない。けれど、その色は前髪と同じで一見すると黒に見えるがよく見ると青みがかっていることが分かる。
「なにこれ……?」
気味が悪い。
思わず辺りを見渡すと、すぐ傍に湖があるのに気が付いた。あまりの衝撃にくらくらする頭をおさえながら立ち上がる。ゆっくりと湖畔までたどり着き、髪の色を確認すべく水面を覗き込んだ。
「ひ………っ!」
覗き込んだ瞬間、目が合った瞳に反射的に仰け反った。
不安そうな表情をする、その顔は間違いなく私。けれどこちらを見返す瞳は見慣れたはずの黒じゃなかった。
ビー玉をはめ込んだような、というのはよく聞くが、これはビー玉どころではない。
まるで、宝石をはめ込んだような―――綺麗な青色の瞳が、私の目にはめ込まれていた。
分からない。
何故、私は病院にいないのか。
何故、髪の色と瞳の色が変わっているのか。
あまりに予想不能の事態。
思わず、制服の胸のあたりを右手で強く握る。
荒くなる息をそのままに不安げに辺りを見回すと有り得ないものを目にした。
私の位置から、目算で10m。青々とした茂みの奥で、大きな獣が私のことを窺っている。それだけではない。
そこらじゅうから、獣の気配がする。しかも、極めつけに今まで見たことのない動物ばかり。
唯一、熊に似ているものもいるが、それだってまともな熊じゃない。
毛色が物凄く特徴的なのだ。明らかに人が作り出したような鮮やかなピンク。本来ならば、これほど命の危険を感じる時はない。このままでは、動物たちのご馳走になることは目に見えている。
そう思った。
しかし見る限りでは、あの動物は私に対して怒りを見してはいない。すごく落ち着いていて、危害を加えるような雰囲気など微塵も感じられない。
パキ……、
乾いた枝を踏む音が響いた。
その音は、私に己の存在を知らせるためのものだと、ほぼ直感的に気がついた。
「……誰だ?お前。」
木の枝を踏んだと思われる人物。見た所、服装が物凄く汚い。あちこちほつれているのが遠目にも見て取れる。そんな格好に加え、ターバンをぐるぐると頭に巻きつけた格好は、怪しいとしか言いようがない。そんな怪しげな格好に負けず劣らず、本人も余程の変わり者だろう。こちらに問いかけた声は、少しの好奇心が含まれていた。
恐らく、こんなに近くに人がいるのに、獣が私に襲いかからないのを不思議に思ったのだろう。
だけど残念。そんなこと、私に聞かれても分からない。
逆にこっちが聞きたいくらいだ。
「誰と聞かれましても。ただの女子中学生ですが……。」
「ほう、何故ただの女子中学生がここにいる?ここは立入禁止区域だ。そして、そこに足を踏み込んでいるお前は不法侵入者になるが。」
立入禁止区域。
だから、こんなにも見たことのない動物がいるのか?
というより、そんなことを聞かれても私に分かるはずがない。
貧血で倒れて、気がついたら此処にいたんだ。
「自分でも分からないことを話せと言われても困ります。それに、ここが立入禁止区域だというのなら、何故貴方はここに?」
見た所、誰も連れていないし武装もしていない。
獣に襲われたら、どうするつもりなんだ。
「俺は許可を取ってある。そんで?自分でも分からないって何でだ?」
「……武器も持っていないのに、ですか。」
「それは、お前もだろ。」
平和な日本で女子中学生が武器を持っていたほうがおかしい。
今まで持ってきた凶器といえば、包丁、のこぎり、竹刀、木刀くらいのものだ。
「……気がついたら、此処にいたんですよ。ですので、説明しろ。と言われても困ります。というより、逆に私の方が聞きたいくらいなんですが。」
此処はどこで、何で動物が襲ってこないのか、何故私がここに居るのか。
髪の色と目の色の変化、全部ひっくるめて聞きたいくらい不思議なのに、それを聞かれても困る。
目の前の人物を見据えながら言う。
「嘘じゃなさそうだな。」
当たり前だ。
嘘を吐く必要がないのだから、吐くはずもない。
「よし。俺はジン=フリークス。一応遺跡ハンターをやってる。お前は?」
思考がフリーズした。
原因は明らかに、目の前の男……いや、ジンさんの言葉だ。
ジン、は日本人の名前で通る。
だけど、フリークスというのは……明らかに外人のファミリーネーム。
それ以上に驚くことがある。
ジン=フリークス。聞き覚えがありすぎるし見覚えもありすぎる。
「HUNTER×HUNTER」の主人公の親の名前。毎日といっても過言じゃないくらい見続けているんだ。間違いようがない。
そこで気がついた。そういえば、着ている服も漫画で見たものと一緒だ。真っ直ぐな黒い目も、漫画で見たものを一致する。
「……冗談でしょう?」
コスプレ?
極度のアニメ好き?それとも気違い?いや、気違いにしては目は正常。
私の反応に首をかしげたジンさんは、心底不思議そうな顔。見覚えの有りすぎる、顔。これは偶然なのか。
ただ漫画の人物に似ている人が漫画の人物になりきっているだけなのか。
そう信じたかった。
だけど、置かれてる状況が状況。
思い出すのは、友人に「これも!」と読まされた夢小説。
夢主が何かの拍子に漫画の世界にトリップする物語。
多くの夢小説を読んだ私は、まさかと心の中で否定する。あれは空想の世界のはずだ実際に起こるはずがない。
だけど、此処はどこだ?と訴える自分がいる。
「私は、黒瀬 瑠唯」
「……お前、もしかしてジャポン人か?」
思わず眩暈がした。
試しに苗字を先に言えば帰ってきた言葉。
ああ、どうやら私はHUNTER×HUNTERの世界に来てしまったようだ。