落ち着く空間


「「ルイ!」」


溜まっていた仕事を片付けて、随分前に買った小説を読んでいるときに突然訪れた訪問者。
呼び鈴も何も鳴らさず、いきなり入ってきてコレとは……。
一息、息を呆れたように吐き出した。

丁度、区切りのいいところだったので、素直に本を机の上に置いた。


「……叫ばなくても聞こえてる。それで、どうしたんだ?」
「仕事!終わったって本当!?」
「……っ、だから叫ぶな!」


耳元で叫ぶな!
昨日まで鬼のような依頼を徹夜でこなしてた俺に、この仕打ちは酷い。
生憎と俺の話を聞かない、このお子様共……基、ゴンとキルアを止めてくれる紅桜は買い物中だ。

とりあえず、俺の忠告を聞かなかったゴンとキルアの頭に俺の拳を喰らわせておいた。


「「い゛っつぅ〜……っ!」」
「ったく……とりあえず落ち着け。そんで用件は?」
「ってーな、ルイ!」


この野郎、もう一回拳骨してやろうか…?
噛み付くように叫んだのは、怒りやすいキルアである。

今の俺は機嫌が悪くなりやすい。
徹夜明けの、そんなときにこんな愚行をしたお前が悪い、ともう一度拳を振り上げようとしたとき、ゴンが仲裁に入った。
……仕方がない、今回はゴンに免じて許してやろう。


「はぁ……。で、仕事だっけ?」
「うん!ネテロ会長から、終わったって聞いたから」
「あー、ジジイの情報か……」


ゴンの口から出てきた名前に顔を歪めた。
勝手に俺の仕事のこと喋るんの止めろよなぁ……、前もそのせいで急な仕事入ったんだし……。疲れた後に、また更に疲れるなんて御免だ。


「で、仕事終わったんだろ?」


ソファの背もたれに手を置き、顔を近づかせながら聞くキルア。
眉間に少し皺が寄っていたので、机に置いてあったクッキーを口に放り込んだ。
とりあえずキルアはお菓子さえあげれば何とかなる。


「まあ、仕事は終わったけど疲れてるから、今日はずっと家にいるぞ」
「……ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
「どこかに出掛けたりはしねーの?」
「しない」
「……この引きこもり予備軍が」


何があっても外に出ないという態度で、言葉少なに答えたのが気に食わなかったのだろう。
キルアがゾルディック家の次男、ミルキに言うような言葉を俺に吐いた。

……ここで、予備軍と付けるあたり若干の優しさを感じるが、それとこれは別だ。
第一、俺だって好きで引きこもっているわけじゃない。
じじいに押し付けられて!仕方がなく、丸一週間もかかるような緊急な仕事をやったんだ。
今日くらい家でのんびりしても罰は当たらないだろうが!


「キルア、そんなこと言うなら残りのクッキーあげないぞ」
「え」
「ついでに今、冷蔵庫にケーキがあるけどそれも……」
「すいませんしたぁ!」
「………自分から釣っといてなんだが…、お前の将来が不安になってきた」


食べて良いよと促すと、周りに花が舞いそうなくらい喜んでクッキーを頬張るキルアに溜息を吐いた。

ちゃっかりゴンも一緒になって食べてるし……って、あ!ぼろぼろとカスを落とすな!
後でちゃんと掃除しろよ、と言うと元気の良い返事が返ってきた。
……本当、返事だけは良いよなぁ。


「で、何なんだ?用事って今日じゃなきゃ、いけないものなのか?」
「……んーとね、別に今日じゃなくても良いんだけど…」
「……まーな。つーかさ、休みって今どんくらいあるわけ?」


ここでちゃんと飲み込んでから喋っているのは、俺の教育の賜物だ。
前は、構わず喋ってたから、まあ汚くなる汚くなる……、そんときも確か拳骨を喰らわして制裁したんだよな。


「休み?……別に、片手間にやるような仕事がチラホラとあるだけだけど?」


つまりは次に、ジジイが自ら仕事を任せる日が来るまで休みなようなもんだ。
大体、俺いつも仕事に追い詰められてるわけじゃない。
いつもは、仕事と言い訳して遺跡とか美術館とか図書館とかに出かけてるだけだ。
だから本当に仕事として忙しいのは、あまりない。

その事実を知らないこいつ等は、俺がいつも仕事で忙しいと勘違いしてるのか……。
少しだけ罪悪感が沸いたが、素直に言ったら、どうせ連れまわされるに決まってる。絶対言わねぇ。


「じゃあ、暫く暇なんだな?」
「…………その前に用件を聞こうか」


あまりにしつこく聞くキルアとゴンに違和感を感じてストップをかける。


「えっとね、ルイに俺の家に来てほしいんだけど……駄目かな?」


ゴンの家?
えーと、それはつまりは、くじら島ってことだよな?
また何で、そんないきなり………。


「……なんで」
「あー、ミトさんがルイに会いたいんだとよ」
「ミトさんが?」
「俺ね手紙を書くとき、いっつもルイのこととか書くんだ。だからミトさん、ルイのこと気になったみたいなんだ!」


……携帯もあるというのに、わざわざ手紙をミトさんに送ってるのか。いい子過ぎるだろゴン。
間違いなく、ジンがゴンを育てなくて良かった……!
ジンが育ててたら、こんないい子に育たなかった、絶対……。

……まあ、そんな一生懸命育てた子が、どこの誰かも知らない女が側にいたら育て親としては気が気じゃないだろうな…。
ジンの弟子だと知れたら、そりゃあ怒る……、


「後ね、なんかルイがジンの弟子だって教えたら余計会いたいって!」


……もう知られてたパターンか。
つーか、余計会いたいって……、え?なにジンの居場所教えろやってこと?


とりあえず、何か知らんが曖昧に言葉を濁してたら、ゴンの家に行く事が決定事項になっていた。
俺の意見はスルーである。

冷蔵庫にあるケーキは、手土産として【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】に入れて持っていこう。


◇◆◇◆


俺の能力を綺麗サッパリ忘れているのか、船でくじら島までたどり着いた俺たち。
ちなみに紅桜は、そんなに大人数で行くと迷惑だということで家でお留守番だ。何かお土産でも持って帰ろう。

航海は幸いにも天気に恵まれて、わりとスムーズにくじら島まで来れた。
帆を張るゴンとキルアの声を聞いて気持ちよく起きたり、ゴンが釣った美味しい魚を食べたりと中々良い航海だった。
たまには、能力を使わないで遠出するのも良いかなと思えた。


「随分と活気があるな……」


降りた漁港では、朝市でもやっているのか人がたくさんいた。

綺麗な海だ。
獲れる魚もさぞ新鮮で美味しいのだろう。
此処で何匹か買っていって、ゴンの家の台所で調理させてもらおうか……?
いや、でもいきなり言ったら迷惑か…。


「ルイ、あそこの川沿いに歩けば俺の家だよ」


ゴンの指差す方向に目をやれば綺麗に舗装されている川。
……あの上流がゴンがミトさんと別れたところか。


「……歩くんじゃなくて、競争しようか」


ゆっくり歩いて景色を楽しむのもアリだが、ここまで来たんだ。
ジンの育った森を早く見てみたい。
漫画やアニメで少し見た程度で、どんなものか全然分からない。

何でもかんでも競争したがる年頃だ。
ゴンとキルアは俺の提案を蹴るわけもなく、寧ろビリは罰ゲーム、という提案まで乗せてきた。
……出来るだけ早く行こうと思って出した提案なわけだが、罰ゲームか……。
ゴンはともかく、キルアはえげつない罰ゲームを出してくるんだろうなぁ…、そうとなれば負けられる訳がない。


「じゃあ、ゴールはゴンの家が見えたところな!」


そう言い、コンクリートに石を擦り付けスタート線を引いたキルア。
顔を引き締めて頷くゴン。

二人とも、滅茶苦茶やる気があるようで……強敵と戦うときみたいな嬉々としたオーラが迸っている。

口元を少し引きつらせて、スタート線につま先を合わせる。
三人が全員、スタート線で構えていることを確認して、合図をかける。


「よーい……」

「「「スタートっ!」」」


勢いよく蹴りだした後ろで、いつの間にか集まっていた野次馬が騒ぐのが聞こえた。


_


「っ、はぁ……」


曲がり角を曲がり、大きな木が家と同化してる不思議な、けれど既視感を感じる家を見つけ足を止めた。

ーあれがゴンの家だ……。
何ともいえない懐かしさと温かみが胸に広がった。

後ろからは、二人が必死に走っている気配が感じられる。
二人が着くまでに息を整えておこう。




「ルイ……っ、おまっ大人げねぇ!」
「………っ俺が最後じゃん、もー!」


一分後、ほぼ同時に到着した二人。
……一分しか差が無いとか…、俺もう少し基礎の修行したほうが良いかな……。


「勝負なんだから、大人もなにもないだろ」
「あー!もう、俺が罰ゲーム出そうと思ってたのによー!」
「……ちなみに聞くけど、どんな罰ゲーム?」
「え?ミトさんの目の前で夕飯前にジャンクフードを山ほど食うことだけど?」
「おい、……おい」


何だ、お前悪魔か。


「ちょっとキルア、それじゃあミトさん、すっごい怒っちゃうじゃんか!」
「だから罰ゲームだっつってんだろ」


しっかり者の主婦の前で、そんなことしたらヤバイだろ。
しかもキルアが、そのジャンクフードを調達するとなると……並大抵の量じゃない。

もし、ゴンがそれをやったら……、

…………、うん。何かゴンが震えてるから考えるのは止そう。


「……とりあえず、それは置いておいて……。はい、タオル。これで汗拭いちゃえ」


未だ汗が引いていないゴンとキルアにタオルを投げる。
汗をかいたまま押しかけるのは、流石に気が引ける。俺はもう拭いたから問題ないが。


「さんきゅ、ルイ」
「ありがと!」


そうして、汗を綺麗に拭いた俺たちは直ぐそこに見えるゴンの家へと向かった。





「ミトさーん、ただいまー!」


木製の扉を開け、元気に言い放ったゴン。
それと同時に俺はケーキを取り出した。流石にミトさんの目の前で念能力を使うのはマズイだろ。
ジンの幼馴染で、ゴンの育て親だとしても一般人だ。

ゴンの声を合図にしたかのように、上からバタバタとした足音が響いた。


「ゴン?!」


廊下から顔を出したのは、桃色の髪の毛と洋服、それに緑の瞳が綺麗な女性だった。


「どうしたの?手紙に書いてた時間より随分と早いじゃない」


真っ先にゴンの元へ駆け寄り、両肩に手を置いて話す。
目線がゴンに怪我が無いか確認してるのか、とても優しい。


「うんルイが早く着く船を手配してくれたから!あとは漁港から、ここまでずっと走ってきたんだ!」
「…………ルイ、さんって、あの…?」
「そこにいるのがルイだよ!」


ゴンが視線で促したのか、ゆっくりとこちらを見たミトさん。

うわ……、何か緊張するな。
特に疚しいことをしたわけでは無いが、背筋をピンと張る。


「えっと、ルイ=クロセと言います」


何を言おうか迷ったが、ゴンの手紙で俺の人格は大抵伝わってるだろう。
俺がゴンたちの師匠だったってことも、……ジンの養子且つ弟子ってことも。

……だから、余計怖いんだよな。

とりあえず、よろしくお願いしますという意味を込めてお辞儀をしておいた。

顔を上げると、ミトさんのほっとしたような笑顔。


「そんなに畏まらなくてもいいわ。貴女のことはゴンから聞いてるわ、よろしくねルイさん」
「……こちらこそ、よろしくお願いします。それと、あのコレ俺が作ったケーキなんですけど…、よかったらどうぞ」
「あらもう…、そんな気を使わせちゃって、ごめんなさいね?」
「ミトさん!ルイの作ったケーキ、本当に美味しいんだよ!」
「そーそー、そこらへんの店で買うよか、すっげーウマい」
「そうなの?じゃあ、早速お茶にしましょうか」


渡したケーキを持ちながら台所へと向かうミトさんに、ゴンとキルアは飛び上がって喜ぶ。

……あれ?
なんか、歓迎ムードになってる…?

俺、ジンの弟子ってことでギクシャクした空気になると思ってたんだけど……。

予想とは、全く違う雰囲気に暫く呆けていると、ゴンに手を引かれた。


「早く手を洗わなきゃ、ミトさんに怒られちゃうよ!」
「え、ああ……うん」


ミトさん怒ると怖いんだから!と話すゴン。

……俺はてっきり会うなり、睨まれて怒られるかと思ってたんだけどな。
ジンの弟子が、ゴンと一緒に行動してるんだ。
ミトさんの心情を思えば、凄い複雑だと思ってたんだけど。





「あ、ルイさん。飲み物は珈琲で良かったかしら?」
「はい、ありがとうございます」


はい、と手渡された珈琲は自分で豆を挽いてるのか、深みのある落ち着く香りがした。
このケーキはチーズにこだわった品なので、珈琲をチョイスしてくれたのは正直ありがたかった。


「げ。オレ、珈琲飲めないんだけど……」
「ふふ、ゴンとキルア君はオレンジジュースだから安心しなさい」
「……それはそれで、子供扱いされてる気がするんだけど。
つーか、ケーキってチーズケーキかよ……。オレ、チョコの方が好きなんだけどー」


キルアは、甘いものが好きな反動か珈琲が大嫌いだ。
この前、俺の飲んでた珈琲を飲んで「苦っ?!」と叫んだ挙句、砂糖を尋常じゃないくらい入れてたし。
……それで全部、飲んでくれるんならまだしも、残しやがったからな。
基本的に、珈琲とか紅茶とかはストレートで飲む派なので、これには少しキレた。


「だって良いチーズをメンチさんから貰ったから仕方がないだろ。チョコケーキは、また今度作ってやるから今回は我慢な?」
「……ルイ、メンチさんと連絡取り合ってたんだ」
「ん、まあ二次試験のときに気に入られたみたいだからな」
「あー……合格したのルイだけだもんな」

「ほらほら、昔話はそこまでにして頂戴。私も早くルイさんの作ったケーキ食べたいんだから」
「ミト、そんなに急かすもんじゃないよ。……それにしても、よくこんな綺麗に作れるねぇ…、アンタよく料理するのかい?」
「はい。料理は修業中からよくしてましたし、楽しかったですから」
「そうかい、そうかい良い子だねぇ……。さ、じゃあ早く食べようかねぇ」


「「「「「いただきます」」」」」


全員一斉に言い、真っ先にフォークでケーキを切った。

ん、下のタルト生地も丁度いい固さだな。
そのままケーキを口の中に入れると、濃厚なチーズが口いっぱいに広がった。うん、美味しい。

もう一欠けら口に運び、次に珈琲を一口飲む。
一瞬、今まで食べていたチーズケーキの味が消えたが、次の瞬間チーズの風味が戻る。
その移ろいがとても気持ちが良いし楽しい。
このチーズ、本当美味しいな……。


「ねえ、ミトさん、ルイのケーキ美味しいでしょ?」
「ええ……本当に美味しいわ」
「でしょー!俺たち、ルイの料理毎日食べてたんだよ!」


ミトさんの柔らかい笑顔に俺も笑顔になる。

……自分の作ったもので、人が笑顔になると凄い嬉しいよなぁ…。
だから、料理を頑張ったんだしな。
ジンが美味い!って言ってくれたときも、嬉しくてこれからも頑張ろうって思ったし。


「本当に美味しいねぇ……。アンタ、見たところ若いようだけど何歳なんだい?」
「あ、15歳です」
「「え」」
「え?」


質問に答えると見事に固まった、ミトさんとお婆ちゃん。

え、……え?


「……なんつーか、久しぶりだな。この感じ」
「だね……」


のんびりと会話するゴンとキルア。
呆れた、というか苦笑いしながら言うキルアに若干イラついた。


「え、っと……ごめんなさいね?あまりにもルイさ、……いえルイちゃんが大人っぽかったものだから」


……ああ、成程。
最近、そう言われる機会が無いから忘れてた。


「いえ、初対面の人にはよく言われるんで大丈夫ですよ」
「それにしても15歳で、こんな美味しいケーキが作れるだなんて凄いわ。毎日、自炊だってするんでしょう?」
「え……いえ、あの手伝ってくれる人もいるので、そんな……」
「謙遜しなくていいのよ!強くて可愛くて頭も良くて料理も出来るって、本当凄いことよ。そのために努力もしたんだから、謙遜なんてしちゃ駄目よ。……あ、勿論あまりひけらかすのも駄目だけどね」


真っ直ぐに言ってくるミトさんの瞳は、本当に真剣で優しい。

正直、恥ずかしい。
ゴンが正直に人を褒めることが出来るのは、間違いなくミトさんのおかげだ。


「ね?ルイちゃん」


ダメ押しとばかりに首をかしげながら俺を見てくる瞳。
なんだろう、凄い嬉しいんだけど……ここまで真っ直ぐだと逆に恥ずかしい……。


「っ……、えっと……」
「ん?」
「ぁ……あり、がとうございます」


俯いて言った俺の声は頼りなく、顔はすごい熱い。
絶対これ真っ赤になってるって……!

そんな俺の変な反応にミトさんとお婆ちゃんは、一瞬きょとんとしたあと、クス…と笑った。
ああ、もう恥ずかしい…!


「ふふ……、どういたしましてルイちゃん」


……とりあえず、アレだ。

そこでニヤニヤ笑ってるキルア。
…………後で覚えてろよ?

◇◆◇◆



「じゃあミトさん、俺たち森に行ってくるね!」
「ええ、行ってらっしゃい。気をつけるのよー?」
「はーい!」


恐らく毎回やっているやり取りをして、少し先へと行っていた俺たちの元へゴンが駆け出した。


「これ、キルアとルイの分の釣竿ね!」
「はあ?!」
「……これ、ゴンの手作りか?ありがとう」


実はさっきゴンに、俺とキルアの分の釣竿を頼んだ。
これは釣りの餌、果ては生きている魚にすら驚くキルアに対する嫌がらせである。


ゴンに釣竿を渡されたキルアは、


「え、おい俺があの餌付けねぇといけないのかよ?!」


と叫んでいる。



「ほら、キルアさっきの罰ゲームだ罰ゲーム」
「はぁ?!ずりーだろ、ゴンには罰ゲームじゃねえじゃんか!」
「誰が二人とも同じ罰ゲームだと言ったよ」
「ぐっ………」


にやり、とさっきのキルアみたいに笑いながら、歩く俺にキルアが「せっけー!」と地団駄を踏んでる。

ふはははは、どうだキルア!
さっきの俺の気持ちが分かっただろう!

……まあ、どうしても駄目だったら許してやるがな。
キルアの誠心誠意の謝罪で。
俺だって、虫とかジンのせいで駄目になったし(今は大分改善されたが)、本当に駄目な人にそこまでするほど鬼じゃない。
ただキルアは直ぐに慣れそうだと踏んでるから、大丈夫だろうなーとは考えてる。


「あはは。キルアなら、きっと直ぐに慣れるよ」
「あっ、てめっ!自分が大丈夫だからって!」
「だって、どう考えても人の心臓取り出すより、虫の方が良いと思うよ?」


尤もだ。


「あ!もう直ぐ着くよ!」
「へーへー、分かってるつーの」
「キルアじゃなくて、ルイに言ったの!」


案外歩きやすい森だ。
ぬかるんでないし、そこらじゅうが木の根というわけでもない。
ただ、上が木の葉で覆われているため光が入りにくい。
夜になると、真っ暗で月明かりも禄に入らないだろう。
……こんなところで育ったら、夜目が異常に利くというのも頷ける。

それと、ゴンがいるからかな?
くじら島自体も勿論、温かい感じがするがゴンの家と同じくらい、この森も温かく安心する。


何回か、木の根を飛び越えると沼独特の水の匂いがした。
ここがゴンが主を釣り上げた沼だろう。
ほら、沼全体を見渡せるところに大きな木がしっかりと根を張ってたっている。

………見たところだけど、恐らくあの木がこの森の中で一番古くあるだろう。
今まで歩いた中で、一番幹が大きい。


「……あそこの大分突き出た岩場で、いつも釣りしてるのか?」
「うん、そうだよ。ただ沼の主を釣ったときには、あそこの木の上でだったけどね」
「前に来たときは、コンがそこに魚を置いてくれたんだぜ」
「へぇ……賢いキツネグマだな」


ちら、と辺りを見ると大きいキツネグマがこちらを見ていた。
目付きが凄い柔らかい。あ、後ろに子供がいる。珍しいな、子連れのキツネグマが人の目につくところに出るなんて、って……
…………あれ、もしかして


「なぁ、ゴンあれ……?」
「え?」


俺の指差す方向を見たゴンは、次の瞬間目を輝かせた。

なるほど、あれがコンか。
にしてもゴン、分かりやすい反応をありがとう。


「……おい、確かキツネグマは人間の臭いが嫌いじゃなかったのか?」
「うーん……もしかしたら、ルイがいるからかな?」
「は?」
「だって、今のルイから人間の臭いってあまり感じられないもん」


……この野生児が。


「いやいやいや、お前何言ってんだよ」
「え?だってそうでしょ?」
「……まあ、来る前になるべく消したから間違っては無いけど」
「はあ?」
「キルア、俺の髪の毛嗅いでみ?」


髪を適当に一房掬い、キルアの前に持っていく。


「……別に、何もねえじゃんか」
「いつも俺が使ってるシャンプーの匂いは?」
「しねえけど…………って、あ!」


あらかじめ身体の臭いを消し、ここにくるまでの間にこの森の臭いを纏わせた俺に死角は無い。
どうせ森に来るんだったら、動物と戯れようという考えである。
それに加え、ジン曰く動物に好かれるオーラを放ってるようだから完璧だ。


「まあ、森とか自然の中に入るときの最低限のルールみたいなもんだな」
「確かに、そこの臭いを上から被せると動物たちは警戒しないしね」
「………俺、お前等が信じらんねぇ」


脱力するキルアを尻目に釣りの準備をする。
餌はゴンが取ってきてくれるようなので、俺は俺とキルアの分の竿に糸と針、それから重りと浮きを付けた。
ゴンの分は元から付けてあったので放置。


「……手馴れてるな」
「キルアも一度やってみるか?」


今やった仕掛けの付け方は簡単なものだ。一度覚えれば、損になることはないだろう。


「いや、いーよ。釣りはゴンの十八番だし。やりたくなったら、ゴンのを使わせてもらう」
「そうだな。……ほら、これキルアの」
「お、さんきゅ」


俺から釣竿を受け取ったキルアは、付けた仕掛けを「ふーん…」と指でなぞりながら見た。
指先が釣り針にいったところで、動きが止まる。

……?


「なあ、ここに……餌、付けるんだよな?」


そんなに嫌か。

これ以上ないくらい顔を歪めながら聞くキルアに呆れてため息が出る。


「そんなに嫌か?」
「そりゃあそうだろ!針に刺した瞬間変な音するし、液出るし、気持ちわりーじゃん」


あー、確かに良い感じはしないな……。
実際それが嫌で、バス釣り以外やらないって人もいるだろうし。
まあ、ゴンもキルアのそういうところ分かってるだろうし、良心的な餌を取ってくるだろう。

ゴンの気配を辿れば、どうやらもう俺たちの方へ向かっているようだ。
……どんな餌取ったんだろうなぁ。
釣り餌なんて、殆どがミミズみたいなものでキルアが嫌がりそうなものばかりだ。
平気そうな餌っていったら、海老と蟹、それに貝くらいか…。

正直、くじら島の沼の生態系なんて調べてないので、よく分からないが、それ以外にも餌になりそうな生物なんているのだろうか……?
この機会に少し調べてみるのも良いかもしれない。


そんなことを思えば、ゴンが小さい容器を持ちながら走ってきた。
結構水を入れてるみたいだから、キルアの苦手なミミズ系では無さそうだ。良かったなキルア。


「はい、お待たせ」
「んー?……ああ、海老か」
「うん、キルアと一緒だったらこういうのが一番無難かなって思って」
「……コレ、海老か?ちっちゃくね、子供?」
「違う違う。これでもう大人の海老、こういう種類」


確かゾルディック家の敷地にも川は流れていたようだけど、温帯地域でないから海以外に海老がいるなんてこと知らなかったんだろう。
体長2〜3cmの小さな海老。
これをいっぱい獲って、かき揚げなどにしても美味しいだろう。


「ルイは餌の付け方分かるよね?」
「ホホ掛けで大丈夫か?」
「うん、多分それで合ってるよ」

「……ホホ掛け?」
「あ、えっとねホホ掛けっていうのはね、海老のホホの殻だけを薄く刺すだけの付け方だよ。ほら、こう」
「……なんか単純じゃね?付け方も名前も」
「海老で釣るんだったら、これが一番ポピュラーな付け方だよ。あ、海老の頭の黒い部分は脳みそだから、そこには刺すなよ」


他にも尻掛け、鼻掛け、チョン掛けなどがあるが、ホホ掛けが海老も弱りにくい付け方で魚も食いつき易い。
その代わり、刺し方が難しく薄く付けると取れてしまう。
本当はチョン掛けが素人には良いんだけど、これは海老の体の部分で一番動く場所だから、そこに刺したら魚も食いつきにくくなる。やっぱり魚だって、元気に動いてる餌のほうに食いつくし。
……まあ、キルアなら一度見れば直ぐに、この付け方くらいマスターできるだろうし、問題は無いだろう。


「ふーん……これだったら俺にも出来そうだな」


ゴンに付けて貰った餌を見て呟き、竿を振ったキルア。

って、危ない!
針と重りが当たったらどうするんだ、このお馬鹿!


「これでお前らより多く釣ったら、ごめんな?」


さっきまで餌がどうとか騒いでたくせに、余裕な顔で笑うキルアに少し苛立った。
ぜってぇ、ゲテモノな魚が釣れても、手ぇ貸さねえ……。


いきなり釣れた気持ち悪い魚に、キルアが情けなく叫ぶまで後1分ー……。

◇◆◇◆



「信じらんねぇ……」

「まあ、釣る魚全部が全部、見た目が悪いっていうのも凄いよな」
「でも全部、すっごい美味しいやつだよ」


結局、一番多く釣れたのはキルアだったのだが……いかんせん、こいつは自分のメンタルに対する運が無さ過ぎた。


「ミトさんは喜ぶよ?」
「……ミトさん、この魚捌けるわけ?」
「そりゃあ捌けるに決まってんじゃん」


いやー、魚を釣り上げるたびに奇声をあげるキルアは面白かったなー。
普通最初の2、3匹で慣れるだろうに……。

俺が釣った魚が入った入れ物を持ち、キルアが竿を持ち、ゴンが採った果物をそれぞれ持ちながら帰っているところである。

キルアは余程精神的にキテるのか、さっきから愚痴ばっかりだ。
確かに見た目こそ悪いが、どれも美味しい魚ばかりなんだから……見た目で判断するのは良くないぞ、とミトさんに料理してもらって分からせるか。
どれもワインで煮たり、炊き込みご飯にしたら凄い美味しいんだからな!


「あ、ミトさんだ」


ゴンの指差す方向を見れば、洗濯物を取り込んでいるミトさんの姿。

バスタオルを畳み、かごに入れて再び立ち上がるとき、ミトさんがこちらに気が付いた。
一瞬、笑顔になりそれから今度は凄い速さで洗濯物を取り込み始めた。


「ただいま」

「おかえりなさい、今までずっと釣りしてたの?」
「うん、いっぱい釣れたよ!ほら」


俺がクーラーボックスの中を見せると、目を真ん丸くした。


「こんなに釣ったの?うちじゃあ、こんなに食べきれないわよ。周りにお裾分けしましょう」
「うん、じゃあ俺が持ってくね」
「そうして頂戴。じゃあ、ルイちゃんそれ貸して」
「え……、でも重いですよ?」

クーラーボックスいっぱいに入った魚を思い出しながら言う。
俺は別に重くないが、一般の女性にとったら持ち上げるのも大変なくらいだろう。


「でも、ルイちゃんが持ててるんなら平気でしょう?」


……俺、一応ハンターなんだけれども。


「ミトさんミトさん」
「なあに?」
「ルイ、一応俺らの師匠でハンターだから、凄い力持ちだよ?」
「もはや力持ちっつー次元じゃないけどな」
「……あらやだ。そうだったわね、ルイちゃん見た目では凄く可愛い女の子だから……」


ミトさんはハンターは皆、筋肉ムッキムッキだとでも思っているのだろうか……?
それを言うなら、ゴンとキルアだって、ただの可愛い子供じゃないか。


「じゃあ、ルイちゃん悪いけど、それ台所まで持ってきてくれる?」


俺は素直にその言葉に従い、それを持ったままミトさんの後についていった。




「……うん、こんなもんで良いわね」
「じゃあ、これ持ってっちゃうよー?」
「ええ、お願いねゴン」
「あ、俺も行く」


十数匹、慎重に吟味して魚を取り出したミトさんは、お使いに回るゴンとキルアを笑顔で送り出した。

ちょっと待てキルアまで行ったら俺、ミトさんと何話せばいいんだよ。
せめてどっちか残れよ…、お前ら悪魔か……?


「……ねぇ、ルイちゃんは」
「はい」


いきなり二人きりになり、どうしたもんかなー?と考えていると、いきなり真剣な声で話しかけられて驚いた。

え、と……これ、ジンについて聞かれる系ですかね?


「…アイツの居場所知ってるの?」


ビンゴ。

でも、ミトさんに教えることは出来ないんだよなぁ…。
ミトさん一般人だし、ジンのいるところって大抵危険な場所だから。
正直、ジンの連絡先を知ってる人って、かなり強い人たちばかりだ。自分の連絡先を教えたばかりに、その情報が原因で死ぬことになったりしたら……罪悪感どころの話じゃない。


「……知ってますが、居場所や連絡先などは教えられません」
「そう……」


俯いたまま言うミトさんに罪悪感が込み上げた。

ジンに一番会いたい人が会えないんだもんな……。
まあ、危ない奴等にミトさんがジンの弱みと思われれば、それだけで最悪の事態になるだろうし……。
きっと、ジンの息子がくじら島出身だってことは、ゴンがハンターになる前……つまり、自分で自分の身を守れるようになるまで多くの人が知らないように、ジン自身気をつけていただろう。
…………そこまで、してるのに此処に来るという無茶をしないのが、少しだけムカつく。
今度、誰にもバレないように直接、此処に送り込んでやろうか、あの馬鹿野郎。


「……ですが、今までの愚痴話を話したり聞いたりすることは可能ですよ」
「…………」
「俺が、あいつ…ジンの傍で修行してたのは、ほんの少しの間ですが、それでよろしかったら……」

「……ルイちゃんは、優しいわね。貴女がいてくれて、私は嬉しいわ」
「…?それは、どういう……」


不意に頭に感じた温かい感触。
髪を乱さないよう、撫でられるそれに思わず目を閉じた。

ああ、気持ちが良い……。


「貴女が、ジンの弟子で……そして、ゴンに出会ってくれた。貴女みたいな良い子がね、ゴンと出会ってくれたってことが、たまらなく嬉しいのよ。人の気持ちを敏感に察せる優しい貴女にね」
「……俺も、そうですよ」


ふわ、と香った花とお日様の香りに顔を埋めた。


_



昼間釣った魚料理を堪能し、湯船に入った後、俺は少し外に出た。


頭上を見れば、満天の星。
余計な灯りがないせいか、綺麗に星が輝いている。

……うん、最初はゴンとキルアに無理やり連れて来られたようなもんだけど、案外というか…今日、来て良かった……。
この島は本当に落ち着く……。
それに、ジンの生まれた故郷だ。
………一度くらい、遊びに来ればよかったかもしれないな。


「んー……っと」


両手を組み、大きく伸びをする。
綺麗な空気に、温かい雰囲気…………、ここで育ったジンやゴンが羨ましい。



「ルイー?そろそろ、寝ないとミトさんが怒っちゃうよ?」
「もうそんな時間か?」


ホルダーから携帯を取り出して時間を確認すると、もう直ぐ10時。
流石にゴンとキルアは寝る時間だろう。
……キルアは、この時間ほとんどゲームをしているが。

ま、くじら島にいる間は早寝早起きに徹してもいいかもしれないな。


「ん、分かった。いま行く」


とりあえず、星空の写真を撮り、おやすみという言葉と共に紅桜に送る。
すると直ぐに来た返信に、苦笑した。


ゴンとキルアに挟まれて寝たその夜は、いつもより寝つきが良かったかもしれない。




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