大切な人





………。


「紅桜。………誰だと思う?この子?」

「……申し訳ありませんが、お答えできませんわ」



俺が指す“この子”とは、突如部屋に現れた眠っている少年(…であってるよな?)。
その子の隣には、綺麗な雪豹が少年を慕うように眠っている。
その雪豹からは、この子のオーラに似たものが感じ取れるので念獣だと思って間違いない。
見たところ、嫌な感じはしない。
それに紅桜から、黒いオーラも放出されてないから多分、害はないだろう。

「警察……はダメだな。じゃあ、紅桜。この子一時的に引き取っちゃう?」

警察はだめだ。
この世界の警察は、いまいち信用できない。

「……そうですね。それが、一番妥当だと思います」
「ん。じゃあ、起こさないようにベットに運ぼっか」


今、俺たちがいるところは仕事部屋兼リビング。
この子たちが寝ているところは、カーペットはひいてあるとはいえ、固い床の上だ。
そんなところで寝たら、確実に背中が痛くなる。

俺たちに害があるのなら容赦はしない。
だけど、害がないのなら、できるだけ優しくしたいしな。


◇◆◇◆


パソコンの液晶と睨めっこしているとき、客室から少しだけオーラが揺れたことに気づいた。

あ、起きたかな?
そう思い、ココアを温めてから客室に向かった。

ガチャと、わざと音をたてるようにしてドアを開ける。


「っ!!……誰だ」
「君が俺の家に眠ったまま現れたから保護した者ですよ。ちなみに、名前はルイ。他に何か質問は?」


淡々と答えた俺の言葉に嘘はないと思ったのだろう。
未だベットに入っている少年は、肩を下ろした。


「いや、ない。迷惑をかけたな。俺は、ノエルだ。よろしくルイ」


少し大人びた口調の少年…もといノエル。
礼儀はちゃんとなっているようで、穏やかに微笑む俺。


「よろしく。……んで、君のその相棒は大丈夫なのかな?」
「……分からない。さっきから呼んでいるんだけど…。こんなことは始めてだから…」
「…確かに念獣が眠る、っていうのは聞いたことがないな。……紅桜わかるか?」
「……そうですね。恐らくノエルさんは念を受けてここに現れたのではないでしょうか?そして、たまたま召喚していたそちらの方も巻き添えになってしまった。と考えたほうがいいでしょう。念による攻撃ですので、念獣のほうがダメージを多く負ったと考えるのは不思議ではないですし」


若干、眉間にしわを寄せつつも適切に事態を分析する紅桜。
だが、ノエルはその考えに反論した。


「…いや、そんな攻撃は受けてないが…」
「……じゃあ、地雷型の念が発動した、と考えるのが妥当か」
「ええ。私も同じ意見です」
「……随分と冷静だな。」
「そう?普通じゃないか?」


呟くように言ったノエル。
だが、いつもこんな感じで生活している俺にはノエルの意見には賛同しかねた。

「…いや、充分すごいと思う」


そう言って、微笑んだノエルがすっごい可愛かった。
え、なに。この子男だよな?



 
□■□■□■□




「あ、お腹空いてないか?
結構な間、寝てたみたいだから軽い奴のほうが良いよな?」


ノエルが現れたのは、昼間の11時ぐらいで今が午後7時ぐらい。
丁度、晩ご飯の時間だ。

「そうだな。……迷惑でなかったらお願いしても良いか?」
「勿論。どうせ、俺たちも晩ご飯まだだったから丁度いいしな」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、紅桜。アリアさんのこと見ててくれな?…ノエルは、こっちの手伝いを頼む」
「わかりました」


普通ならノエルをアリアさんに付かせるべきなのだろうが、ずっと傍でそわそわしているより気分転換させたほうが良いだろう。


◇◆◇◆



「結局、起きないな。アリアさん」
「…ああ。もしかしたら、何か異常が……」
「それは無いと思いますよ。念獣に異常があったら、そのオーラの元となるノエルさんが直ぐに気づくはずですから。……相当、ノエルさんを引き込んだ念が強かったのでしょうね」


ご飯を食べ終えて、暫くアリアさんの様子を観察していた俺たち3人。
確かに紅桜に異常が起きたとき、直ぐにそれを察知する。
それが無かったのならば、アリアさんは少なくとも正常のはずだ。

「……ま、とりあえず今日はここまで。詳しいことは明日、アリアさんが起きなかったら考えようか」
「……そうだな」

分かっているような、分かっていないような声色で返事をしたノエル。
俺達はそれに苦笑して、客室を出た。

気分転換作戦は失敗だったようだ。




翌朝。

思いがけないお客さんが来たことにより、いつもより早起きした俺。
しかし、リビングには既にノエルがいた。
そしてノエルの隣には、豹の耳が生えた人が…。
アリアさん、だよな?
あ、よく見たら尻尾もある。



「…おはよう。ノエル」
「おはよう。……アリア、この人が俺たちを保護してくれたんだ」
「ああ!この人が!!…私と私のノエルを保護してくださり、ありがとう!!私のことはアリアと呼んで?」
「いや、お礼を言われるようなことはしてないですよ。アリア。……ああ、俺のことも呼び捨てでルイで良いですよ。あと、こっちの――……」
「紅桜と申します」
「あら、二人揃って美人さんね!……それと、もしかして紅桜さんは私と同じ……?」
「ええ、マスターを護る者です」


軽く目を見張った。
紅桜が俺の言葉を遮ったからではない。
紅桜が最初から、他人をここまで信用するなんて…。
こんなことはジン以来のことだ。
そして、二人とも凄い息が合ってる。

そのことにノエルも驚いたようで、俺の方を窺った。
だが、それに答えられるはずもなく軽く首を横に振る。

……念獣同士って気が合うもんなのかな。
オーラの塊だから、同一人物から生まれたものじゃなければ普通に考えると敵対するものだと思ってたんだけど……。

「……俺たちは、さっさと朝ごはんを食べよっか」
「…ああ、そうだな」


ノエルと共に台所へと向かうが、未だ意識はあの二人に向かう。
なぜ、初対面の相手にそこまで気を許しているのか。

いつまでたっても、分かりそうにない。
だけど、相棒が幸せそうなら良いか。と切り替えることにした。



 
◇◆◇◆


「お買い物に行きましょう!!」
「「……?何で」」


突然のアリアの言葉に、俺とノエルの言葉が重なる。


「いえ、ね?こんなことは言いたくないんだけど私たち、身一つで貴女…ルイの家にとばされたじゃない?」


ちょっと、申し訳なさそうに俺の顔を見ながら言ったアリアの言葉にピンときた。

…俺としたことが、すっかり失念していた。
見たところノエルはバックを持っていない。
当然、生活用品は一切ないことになる。
共有出来るものなら、別にそのままでいい。
では出来ないものは?
買うしかないだろう。

目覚めぬアリアのことばかりで、思考が少しおかしくなっていたようだ。


「そういうことなら、当然Yesとしか言えないな」
「良かった!ありがとうルイっ」
「どういたしまして」
「…でも、俺いまそんなに持ち合わせて…」


呟くように言ったノエルの唇に人差し指を当てる。


「そんな寂しいこと言うなって。どうせ、お金なんて放っておいても入ってくるんだからな。使えるときに使っておいたほうが良いんだよ」
「ええ。少しでも貴方達の役に立ちたいですしね」
「……ありがとう」


赤くなりながらも、はにかんでお礼を言った。
その表情は、本当に可愛い。
いつか誘拐されるんじゃないかというほど可愛い。



「……ノエル、お前はもう少し自分の可愛さについて自覚しようか」
「?ルイの方が可愛いし、綺麗じゃないか」


………それも天然タラシときた。
ちょっと、ゴンに似てる…かな?



 
◇◆◇◆



天空闘技場の付近=治安が悪い。

という方程式が、既に頭の中に出来上がっている俺。
そこに住んでおいて言うのは、アレな気もするが、今回の買い物はノエル中心だ。


むさっくるしいゴロツキがウジャウジャいる中で買い物なんぞ、出来ない。


だから、今俺達はヨークシンにいる。
そして俺とノエルは互いの相棒に感嘆の言葉を呟いていた。



「……凄いな」
「同感」



俺の【四次元の別荘(ポケットマイホーム)】の中には、物凄い量の物が溢れているだろう。
そのほとんどが恐らく、今日あの二人が得た戦利品だ。



雪豹のアリアさんと浮き世離れした美人の紅桜。
この二人がそろって楽しそうに買い物しているだけで、人だかりができそうだが、そこは頭がいい。
二人とも自分の姿が見える程度に気配を消して、目立たないようにしている。


それに比べてノエルは自分の容姿を分かっていないらしく、気配を消していない。(まあ、俺も消してないけど)
そのせいで、さっきからチラチラと行き交う人に見られていること、見られていること。
いい加減自分の容姿が整っていることに気づいてもよさそうなんだけど…。



「…大体、こんなに買ってどうするんだ?」
「………さあ?でも、あの二人が満足するのは、まだまだだろうな。それまで、どこかに行ってくるか?」
「そうだな。……どこに行く?」
「ん〜、俺としては本屋が良いんだけど…。それじゃ、いつもと変わんないしな。ノエルが決めてくれないか?」


それにこの前、買った本がまだ読み終わってないし。
そう言うと、ノエルは少し考える仕草をした。
数秒間そうしていると、恐る恐る、といった感じで提案してきた。


「…じゃあ、俺とデートしないか?ルイ」
「デート?」



思わず聞き返した俺は悪くないと思う。



◇◆◇◆



デート
恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること。
逢引(あいびき)およびランデヴーとも言う。 出典ウィキペディア。



しかし、ノエルが言ったデートはこれと違う。
えーと、女同士で行くデートといったほうがいいのかな?


「じゃあ、次はどうする?」

先程、美味しいと評判のケーキバイキングに行ってきた俺たち。
その評判は確かなものだったようで、すこし甘いかな?と感じたが、充分美味しかった。


基本的な買い物はあの二人がする。
なら、俺たちは娯楽関係を楽しむしかない。

だけど、ゲーセンにも既に行ってきてしまった俺には他の娯楽が思いつかなかったのでノエルに意見を求めた。



すると、ノエルは思いもよらないところを指定してきた。



「……――メンズのブランド店、に行きたいんだけど…。
ルイ、場所知ってるか?」



ノエルには似合わないんじゃないか?
と言いそうになったのは秘密だ。









「……ここで良かったか?」
「ああ、ありがとう」

シックな様相の店。
落ち着いた店内には数人のお客さんと店員がいるが、皆スーツを着ている。その中二人ぽつんと私服で来ている俺達は目立つが、まあ仕方がないだろう。

俺の問いかけも答えはするが、何処か変な様子のノエル。

特に、目が…。
なんかボウッとしてる……?

…病気、とかじゃ無いよな?


「……悪いけど、一人で選ばせてもらえないか?」
「別にいいけど…お金はどうする?」
「少しだけだけど、俺が買いたいものは買えるはずだから…」
「ん、分かった。じゃあ、俺は向かいの本屋にいるから、終わったら声かけてくれな?」


紅桜かアリアがいたら、ノエルのこの様子を一瞬で分析できただろう。

ノエルの気になる人、つまりレオリオへの贈り物を買うのだと。



だが、恋愛に疎いルイがそれを分かるはずもなく、不思議に思いつつも本屋に向かった。



 
◇◆◇◆




面白そうな本が少ないな。

本屋の品揃えについて、不満を持ち始めていたルイ。
といっても、ルイのそばには既に数十冊の本が積み上げられているのだが…。

それでも足りないとは、いつもどれだけの本を購入しているのか。と問いただしたくなる。


「ルイ、終わった」



気配は感じていたが、いきなり話しかけてきたノエル。
俺は、上の方にある本を見ながら答える。


………この本屋にはもう来ないことにしよう。


「ん。良いの買えたか?」
「うん、きっと気に入ってもらえると思う」
「……それ贈り物だったんだ」
「ああ、大切な人にあげたいんだ」


親愛の表情を浮かべながら言うノエル。
その表情を見て、とても良い人なんだな、と分かった。


「そっか。ノエルが選んだんだもんな。きっと気に入ってもらえるよ。……………あ、もうこんな時間か。そろそろ、あの二人も満足したんじゃないか?」
「……そう、だと良いな。
ああ、そろそろ帰らないと心配するだろうな」
「急いでもどるか」
「ああ」


……あげる人って男だよな?
あの店ってメンズ専門だし…、それにしちゃ、何かただの親愛じゃないような……。

ルイが疑問を持ったが、ノエルが急かしたため、その疑念を放棄する。

まあ、俺が詮索していいことじゃないしな。



この後、上機嫌の相棒とその手に持っている袋を見て思わず唸ったルイとノエルだった。

ちなみにルイが後に調べたところ、
この二人はあともう少しで一千万ジェニーを超える買い物をしていたことが分かった。


いくらなんでも気が合いすぎだろう……二人とも!!


叫びたかったが、周りの目もあるので必死に飲み込んだルイだった。
 
 






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