おふざけは大概に

目の前には机の上に十数冊積み重なった本が、いくつも並んでおりその空間は異様ともいえる雰囲気が漂っていた。

こんなときでなければ、俺が物凄く喜ぶ状況なのだが……。

「よ、っと……、こっちの棚の特徴に合う本はこんくらいだな」
「うわぁ…、この中から探すの?」
「……そうみたいだな、こっちも終わった」


ハンター試験で出会った俺とレインとミオは今、ハンター協会の図書館に来ている。
皆で仲良く本を読みに来た、と理由で此処を訪れたのなら俺としても嬉しかったのだが、今回はそれとは話が違う。

依頼だ。
それも慈善活動。
それに加え、ものすっごい面倒くさい内容。

この仕事の報酬が無料だなんて、本当にタチが悪い。

「あんのジジィ……、どうせ暇じゃろ?じゃねえよ!昨日まで、てめぇが寄こした仕事必死でやってた俺に労いの言葉はねえのかよ…」
「あー…、ルイ落ち着け」
「そうだよ!こんな仕事早く終わらせて、甘いものでも食べようよ!ねっ」

……なんで、この子ら、こんな面倒くさい雑用押し付けられて冷静でいられんのか…。
こんなのハンター協会で働いてる雑用に任せときゃ済む仕事だろうが。

しかも発端があの会長のネテロのジジィ…。
お前がそんな寝ぼけたミスしなきゃ、今日俺はずっと寝てられたのに!

「それにしても、重要資料を本の中に挟み忘れるなんて……随分とまあ雑な扱いを…」

そう、あろうことか明日必要な資料の一枚を本のページの間に挟んだままにしてしまっているらしい。
しかもその一枚が、かなり重要なもので……、
そこで、たまたまハンター協会にいた俺とレインとミオの三人にこの面倒くさいとしか表現できない依頼を押し付けてきたってわけだ。
ちなみに俺は、先日ジジィから受けた依頼……一週間のボディガードの仕事を終えてきたばかり。ほかの奴等が頼りになんなかったから俺だけ徹夜なのにだ!
そこで賊が出て、八つ当たりに力を発散できたならまだ良かったものの……結局依頼主の杞憂だったようだし。
それだけでも結構イライラしてたのに、この依頼……。
あのジジィは余程俺を怒らせたいらしい。


「んー、B5サイズ以上の本なんてあんまり無いと思ってたんだけど…いっぱいあるんだね……」
「ああ、ここは色んな国の本があるみたいだしな。本当にあのジジィ……」
「落ち着いて!というか、ネテロさんは悪くないよ!ネテロさんの部下が親切心で片付けたのが……」
「それはもう親切でないし、部下の不手際は上司の責任だ」
「………確かにな」

必死になってジジィをフォローするミオを一刀両断する。
その辺にある資料(その辺に置くというのも駄目だが!)を本の間に挟むなんて、断じて片付けではない!それは片付けが下手な奴がいう台詞だ。

「ちっ……、じゃあさっさと探してミオの言うとおり美味しいカフェでも寄って甘いもの食うぞ!」
「うん!」

忌々しげに本を睨みつけながら舌打ちし、俺たちは目当てのものを探し出すため作業にかかった………


のだが

「っ……」
「どうした?ルイ」
「いや…………」

なんだ、これ…!

「……あ」
「資料あった?」
「あ、ごめんミオ違う」

うわー!これ俺が読みたかった本じゃんか!

「わ……」
「「あった?」」
「……ごめん、違う」

っなんだ、この設定…!
しかも文がすっごい綺麗……。

「っこれ!」
「「……………」」

うぉおお、これ随分前に絶版になった本だ!
探してたんだよなー!

「おお………!」
「………ルイ」
「ん?」
「ルイが本好きなのは知ってるけど、ちょっと落ち着いて。ね?」
「あ………ごめん、つい」

言い訳をするわけではないが、この図書館の本すごいセンスある…!
どれも俺が探していたものだったり、希少価値のある俺好みの本………、だからつい…つい興奮のあまり声が、な?

あー、落ち着いたらこの図書館また来よ。

もう一度、二人に向かってごめんと謝罪の言葉を言ってから再び本を手にとりパラパラとページの間に何か挟まっていないかチェックしはじめた。

………うん、やっぱり内容が気になる…!
くっそう!
思いっきり口を真一文字に引き締めながら、己の欲望に負けぬように作業に没頭する。
口を固く閉じてりゃ声も出ないだろうし、二人に迷惑をかけないだろうしな!





「………ねえ、レイン」
「ん?」
「このルイを写メったら、紅桜絶対喜ぶよね?」
「ああ………、こんな表情滅多にしないもんな、ルイ」

口を真一文字にしているつもりが、やはり本の内容が気になるのか若干口角が上がっている。
そして……目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。瑠唯の瞳はこれ以上ないほど輝いていた。
レア中のレア、と言って良いほどの瑠唯のこの表情。
これを写真に収めて紅桜に送ったら、狂喜乱舞するのは目に見えている。
これは撮るしかないだろう、とレインとミオは一瞬で判断し携帯電話をルイにばれぬように構えて撮った。
勿論、さっきの会話も瑠唯に気取られぬように交わしていたものである(本と格闘してる瑠唯の前なので注意するもなにないのだが)
ぶっちゃけるとレインもミオも紅桜に送る云々でなく、こんな瑠唯の珍しい表情をこのまま形にしないままにいるなんて勿体無い!と瑠唯にとってはいらないハンターとしての狩猟の本能が働いただけなのだが。


そんなことがありつつも、三人は数え切れないほどの本のページをただひたすら捲っていた。

たまに小さな紙切れに、愛の言葉やら買い物のメモやら待ち合わせ場所やらが書かれたものが見つかるたびに、それぞれ怒りを込めながらそれを破った。
特に告白の紙なんかは、図書館の本にそんなもん挟んでんじゃねえよ!口で言え!口で!とより一層三人を苛立たせた。



図書館に来たときは、まだ太陽も高い昼だったのに対し今はもう人工的な灯り無しではまともに本の文字を読めないほど暗くなっている。
途中、気が滅入るからと言って外の空気を吸ったり昼食を摂ったりしたが、それ以外はずっとここで資料を探している。

「んー、そろそろ出てきても良い頃なのにねぇ」

大きく伸びをしながら言うミオに俺も頷く。

「こんな時間じゃ、カフェなんてやってないな」
「ね!もう、今日ずっと探すなんて思わなかったよ!」
「明日、協会経費で行こうか。こんな働かせてんだからそんくらいの報酬くらいは貰っといても罰は当たんないだろ」

ミオに倣い俺も肩と首をほぐす。
すると、ポキと小気味いい音が鳴った。
その音に自分自身苦笑しながら、グレープフルーツのジュースを口に含んだ。

………流石に一週間、気に食わない奴のボディガードして図書館に缶詰だと疲れるもんなんだな(あとジジィとちょっと会話したのも大きいか…?)
普段ならえぐみが最初に来て酸っぱいと感じるコレが、今のは……えぐみとか気が付かないほど甘いし酸っぱくない。

あーあ、これ自分からしっかり休んで疲れ取らないと紅桜が凄い熱心に過保護に世話を焼いてくるパターンだな。
昼にジジィから新しい依頼請けた、って報告したときもあんまり良い感じじゃなかったし(あ、でもこの作業やってから少ししたら紅桜の波長が凄い嬉しそうな感じになったけど、あれどうしたんだろ?)
明日、レインたちとスイーツ食べに行ったら暫く休もう。

そう決意しながらまた作業に入る。
何時間もやってるから、もう三人とも探す動きが早いし、無駄がない。

これも違う、と本を傷つけないようにチェック済みの方へ置く。
まだ探していない方へ手を伸ばすとそこには残り数冊しか残っておらず、あの中に資料が入ってると思うと自分たちの運の悪さを呪った。
だって、そうだろう。
目が回るほどの量の最後のほうに目当てのものがあるなんて……、運が悪いにも程がある。

ふぅ、と溜息を吐いたそのとき、

プルルルル

携帯の初期設定の味気ない機械音がその場に鳴り響いた。
こんな音が携帯から発するのは……

「あ、ジジィからだ」

瑠唯しかいない。
レインも下手すればそうかもしれないが、そこはミオが勝手にしかしレイン好みの曲を設定するだろう。

慣れた手つきで指を動かし、携帯をスピーカー状態にして「もしもし」と声をかけた。
だって、このタイミングで電話をかけてくるなんて、どう考えてもこの依頼絡みだろうし………だったら、レインとミオにも聞かせなきゃだろ?

「なんだよ?資料、まだ見つかってないけどあと少しで見つかるぞ」

もう終わりが見えているので俺の声は明るい。
しかし、この電話の相手は図書館で奮闘していた俺たち三人を一瞬で打ちのめす言葉を放った。

「それなんじゃがのぅ……、今ちょいとワシの部屋にある本を読んでみたら、その本の中に挟まってたぞ」
「は?」

思わず一文字で聞き返した俺。
これはスピーカーにしてるので、勿論レインとミオにも今の会話は聞こえている。
……勿論、というか当たり前というか二人とも俺と同じような顔をして俺の携帯を見つめている。

「え、ちょっと待って?ネテロさん、私の聞き間違いだったら悪いんですけど……私たちの探してた資料がそこにあるんですか?」
「そうじゃ」

気持ち良いほど即答したジジィ。
それだけでこっちの怒りと言い表せばいいのか分からない感情は膨れ上がったというのに、その後にまたこのジジィ独特の喋り方でこちらを煽ってくる。

「まあ、そういうことじゃから、お主たちには悪いんじゃが、この依頼はもう終わりということで良いかの」
「いや!良いかの、じゃねえよ!?良くねえよ!」
「ほっほっほ、じゃあ良い夢を見るんじゃぞ」
「おいこらジジィ!おい!………あの野郎、電話切りやがった」

しかも文章的には疑問系だったけど、あれ語尾上げてなかったぞ!明らかにそれで許せ、お前等の反論は聞かん、っつう態度だったぞ!

あの腹立たしい声を響かせなくなった携帯はポツンと寂しく、しかし不思議な存在感を持って俺たち三人を挟んで佇んでいた。
そして、そのまま携帯を見つめたままボソボソと言葉を発する。

「……これだけやったのに、それは…」
「うん……これは怒ってもいいよね」
「いや、つうかこれは怒んなきゃ駄目だろ」

ダン!

机が壊れないように机にも周をして、思いっきり拳を振り下ろした。

その瞬間、司書さんが注意するわけでなくビクッと震えたのが目に入ったがそんなものは無視だ。


「ジジィ自身に嫌がらせは無理だろうから、じわじわと最終的にジジィにダメージが来る方法でやろうか」
「今回に関しては、良いとおもうよ」
「俺も賛成」
「よし、じゃあ俺に任せておいて」

この三人が手を取り合い、恐怖を感じる微笑みを浮かべた一週間後、ネテロ会長が若干だが冷や汗を垂らしつつ頭を下げて謝ったのは言うまでもない話である。

一応、俺にも色んなツテがあるからな。
今回は思う存分活用させてもらったともさ!

……ああ、それとスイーツの件は食べ下がりのゴンとキルアを連れて馬鹿高いスイーツを食べまくったともさ、勿論ハンター協会ネテロ会長のツケでな。



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