有限の刻を慈しもう

※学パロシリーズ第三弾



冷たい風の吹き荒ぶ冬のある日。学生は漏れなく冬休み真っ盛りであるクリスマスと大晦日の間に存在するその日、5人の少女がとある豪邸に集まっていた。

「ていうかホント、いつ来てもデカいよね……」

圧倒されたように、夕雨が苦笑と共に呟いた。

「そりゃ大きさは変わってないからな」
「いや、そーいう意味じゃないよ?」

当然のかとを嫌味っぽく笑って言った白銀は、軽く殴ろうと伸ばされた夕雨の拳をひょいと避け、玄関先まで出迎えに来た瑠唯に手を上げて見せた。

「よ。邪魔するぜ」
「どうぞ。紅桜は先に来てますよ。……朱雨先輩は?」
「差し入れ買いに行ってくるってー」
「え、そんなん良かったのに」
「そうもいかないでしょう」

するりとドアの隙間から滑り込んできた朱雨は、「はい」とコンビニの袋を瑠唯に手渡した。

「親しき仲にも礼儀有り、それに菓子類なんて結構食べれるもんでしょ、5人もいれば」
「気を遣わせちゃって……ありがとうございます」

苦笑と共に袋を受け取った瑠唯は、姉妹に上がるように促した。

「お邪魔します」
「……あれっ、白銀は?」
「白銀先輩ならとっくに上がってったけど」
「えっ、嘘っ!? 早っ!」





玄関先で瑠唯と姉妹が話している時のこと。

勝手知ったる他人の家、とばかりに白銀はさっさと二階にある瑠唯の部屋に上がり込んでいた。

「白銀。皆さんはまだ玄関ですか?」
「おう。っつーか紅桜、あんた受験生じゃ……」
「マスターとの時間の方が何百倍も大切ですから」
「……それでほぼ合格確定なんだから、全国の受験生からは恨まれるよなぁ」

上がり込んだ部屋で相変わらずの瑠唯至上主義を掲げる紅桜に苦笑いしつつ、階下の様子に耳を澄ませる。たんっ、たんっ、と軽く階段を登って来る足音が近付いて来ていた。

「あ、紅桜先輩。こんにちは。受験大丈夫なんですか?」

部屋に踏み込むなり開口一番白銀と同じ事を尋ねた朱雨に、白銀は再度苦笑した。
先程と同じ答えを口にした紅桜は、軽く首を傾げて。

「マスターと夕雨さんは?」
「飲み物を用意してくれてるみたいです」
「何で朱雨は一緒に行かないんだよ?」
「そう言う白銀はちゃっかり先に上がり込んでるし。寒い中歩いたから働きたくない。あと、二人の方が瑠唯には良いでしょ」

姉妹関係である夕雨はともかく、血の繋がりの無い瑠唯は、曲がりなりにも年上である朱雨に気を遣って気疲れすることもあるだろう。

……と、朱雨は考えたのだが。

「朱雨さん。朱雨さんは私と一緒にいると疲れますか?」
「え? ……いえ、気は遣いますけど、疲れたりは、」
「そういうことだろ。瑠唯だって同じだよ」
「ああ……成る程」

紅桜と白銀の両方から諭され、それもそうかと思い返す。

「お姉ちゃん、意外と心配性だよねぇ」
「そうですよ。それに、疲れる人をわざわざ家に誘ったりしませんって」

いつの間に上がってきたのやら、中学生二人が笑いながらそう告げる。朱雨は瑠唯に手渡されたジュースを一口飲んで。

「それは良かった」

そう瑠唯に返したのだった。





「それでー、本日の予定はー?」
「駄弁って食って騒いで寝る」
「ですってよ瑠唯さん」
「あー、取り敢えず、荷物移動してもらえるか?」
「はーい。いつもの部屋?」
「ああ」

姉妹と白銀が、一泊分の荷物を手に部屋を出ていく。夕雨曰く『いっそ馬鹿らしい程デカい』瑠唯の家には、客室が十を超えて余りある程だ。初めてこの家を訪れた白銀が「此処マジで日本?」と呆れてそう言ったのも無理はない。

そんな『馬鹿デカい』家は、長期休暇の度に、5人によって有効活用されていた。所謂“お泊り会”の会場として。

「ふふっ」

そういえば、これで何度目になるだろう、と物思いに耽る瑠唯の鼓膜を、軽やかな笑い声が揺らした。

「紅桜、どうした?」

笑い声の主は、瑠唯の問い掛けに笑みを深めて。

「マスター、楽しそうですね」

そう言う紅桜も酷く酷く嬉しそうにしていて、瑠唯は目を瞬いてから、自分の頬に手を当てた。

「……そうかもしれないな」

手の下で、はっきりと頬が緩んでいるのがわかった。

瑠唯と紅桜、どちらも見た目麗しい美人のため、二人共が微笑んでいるという何とも絵になりそうな光景の中、バタバタと走る音と共に、夕雨が部屋に駆け込んできた。

「ねー、瑠唯ー……ってうわっ、瑠唯が笑ってる! めっちゃ可愛い!」
「お……っと。夕雨の方が可愛いと思うんだが」
「えーっとね。そういうのは鏡見てから言おうか」

途中、話そうとした内容を、自らがっつり遮って、夕雨は瑠唯に抱き着く。突然のスキンシップは初めてではないので、落ち着いて受け止めてから「どうした?」と問うと、あっさりと身体は離された。

「そうそう! あのさー、今日一緒に寝ない?」
「えっ……いや、別に良いけど、何で?」
「だってさぁ。折角泊まりに来てるってのに、皆バラバラって寂しくない?」
「ああ、そういう……、まあ、寂しくはないけど……」
「でも理解は出来るでしょ? あっ、ほら紅桜先輩もどうですか? どうせならお姉ちゃんと白銀も!」

ぐいぐいと攻めて来る夕雨を相手に若干腰の引ける瑠唯を横目に、紅桜はあくまで穏やかに。

「マスターが良いとおっしゃるなら、それも良いですね」
「そんな言い方したら瑠唯ならオーケー出すだろ……」

少し興味が、と言わんばかりの言い草に、いつの間に戻って来たのやら、白銀が突っ込む。

「ま、俺はどっちでも良いけどな」
「私も右に同じで。どうせ夕雨とはいつも一緒だし」

瑠唯に任せる、と言う白銀と朱雨。期待の目を向けて来る夕雨と微笑む紅桜に目を遣って、瑠唯は小さく笑う。

「まあ……良いか」

それも楽しそうだな、と内心で思うと、早くも夜が待ち遠しくすら感じた。




それから。5人は思う存分に遊んだ。

トランプをしたり(何故かババ抜きでは白銀の全勝だった)、人生ゲームをしたり(朱雨が物凄く弱かった)。王様ゲームでは、何故か王様になる度に紅桜が瑠唯を指名するという神懸かった現象が起き、瑠唯の顔を引き攣らせていた。

そして今。健康やら美容やらにはよろしくないが、つい昼食を菓子で済ませてしまったこともあり、夕食は真面目に作ろうということで、5人中3人が食事作りの最中である。全員で仲良く、という案もあったのだが、半ば強引に調理班に選出された朱雨が「そんなに人数いても邪魔」とその案を切って捨てた。

調理班のメンバーは、朱雨の他に瑠唯と白銀。日常的に料理をすることの多い朱雨と瑠唯は、それを理由に。白銀に至っては、大家族と言って差し支えない人数分の料理を作ることに慣れているので、選出は当然の流れであった。

そんな訳で、現在部屋には夕雨と紅桜の二人だけが残された状況である。

「珍しい組み合わせですよねー」

そういえば、と笑う夕雨の言う通り、夕雨と紅桜の組み合わせは珍しい。
夕雨は、瑠唯とはクラスで。朱雨とは家で。白銀とは曲がりなりにも従姉妹同士なので、珍しいツーショットにはなり得ない。その点、紅桜とは一緒にいる割に二人きりになるシチュエーションは今まで無かった。

「まあ学年違ったら普通そうか。……にしても先輩、今回よく参加しましたね。受験生でしょう?」

白銀、朱雨に続く三度目の言葉に、紅桜は柔らかく笑って返す。

「マスターと共有できる時間の方が大切ですので」
「あー、先輩っぽい」

その返答に、からからと夕雨が笑う。
しかし、その笑みは紅桜の次の台詞に曇ることになった。

「卒業したら、共有出来る時間は減りますから」
「あ……」

今、当たり前のように5人で過ごしている時間が有限のものであると、今更気付かされた。そして、その終わりの時は、思ったよりも、近い。

「……寂しく、なります」

ぽつり、呟かれた言葉。その言葉は夕雨が思った以上に、その空間に響いた。

「私はいなくなる訳ではありませんよ」
「……あー、まあ、瑠唯といれば会える機会は多そうですけど」

気遣われているのに気付き、とっさに表情を苦笑いに取り繕う。その裏側なんて、今の今まで隠していなかった表情を見ていた紅桜には解り切ったものなのだろうけれど。

「そうですね。受けるつもりの大学も、今の学校に近い学校ですし」

空元気と気付いているだろうに、そこに触れずに話に乗ってくれる紅桜の気遣いを申し訳無く感じると同時に、有り難かった。





空元気のまま、夕食を乗り切る。あの場にいた紅桜以外には、おそらく気付かれていないと思う。朱雨は微妙なラインだが。
(なんせ異常なレベルのシスコンだもんなぁ)
普通気付かないだろう、ということにあっさり気付かれることもあるので、姉については気にしないことにした。

そうして、夜になった。

遊び惚けていた間は忘れかけていた寂寥感が戻って来るのを感じ、夕雨はそれを紛らわせようと、口を開く。

「瑠唯ー……」

我が儘を押し通した結果、今隣に寝転んでいる瑠唯に呼び掛けると、こちらに寝返りを打った彼女に軽く額を小突かれた。

「痛ー」

気の抜けた声を発する夕雨に向けて、瑠唯は何でも無いことのように告げた。

「紅桜はさ、結構よく俺の家に来るんだ」
「……えっ」
「何か違和感あったから、紅桜に聞いた」
「……気付かれてたかぁ」

大丈夫だと思ったのになー、と苦笑いする夕雨に、瑠唯は「気付くよ」と小さく微笑んだ。

「大体、夕雨は隠し事は長時間出来ないタイプだよ。時間の経過と共にボロが出る」
「うわ、白銀」
「ま、流石に飯食ってる時は気付かなかったけどな。……どこぞの誰かさんを除いて」

会話に割り込んできた白銀が、すっ、と視線を動かす。白銀に見詰められた朱雨は、目を瞬いて。

「私?」
「他に誰が。あんた、いつから気付いてた?」
「え? 夕食の時?」
「えっ、俺全然気付かなかったのに。流石朱雨先輩ですね……」
「つーかむしろ気持ち悪い」
「白銀黙れ」

いつの間にかいつもと同じようなテンポで会話が流れていることに気付き、夕雨はくすりと笑みを漏らす。重くなりかけていた気分も浮上してきた。

「……そうだよね。やっぱ、楽しくなきゃつまんないよね」

“現在(いま)”を楽しく過ごそう。後悔が残らないように。

「そーですよね、紅桜先輩?」

今まで静かに4人の会話を見守っていた紅桜に笑いかける。視線を向けられた彼女は微笑み返して、頷いた。
そして、手に持った数本の割り箸を持ち上げた。

「そういう訳ですので、王様ゲームをしませんか?」
「おい紅桜。それあんたがやりたいだけだろ。しかもゲームそのものより瑠唯に命令したいだけだろ」
「何のことでしょう?」
「後ろに隠し持ってるその服はなんだろうなー?」

にこにこと微笑む紅桜と、彼女を言及しつつもにやにやと悪質な笑みを隠し切れずに瑠唯に目をやる白銀。くすくすと心底楽しそうに笑う朱雨と、そんな彼女らに顔を引き攣らせて嫌な顔をする瑠唯。

「じゃあー、王様ゲーム終わったら人生ゲームやろ!」

そしていつも通り、元気を爆発させた笑顔を浮かべた夕雨。

結局その晩、少女達の話し声が止むことは無かった。





※オマケっていうかカット部分っていうか。



「なんかさ、すごい格差感じちゃうよねー」

軽い調子で言い放った夕雨は「何が?」と寄せられる視線に肩を竦めた。

「だってさ、あたしらくそ狭いアパートに二人暮らしでしょ? 引き換え瑠唯はこの広い豪邸に実質一人暮らし。いやこんな広さ正直いらんけど」

両親を失い孤児である朱雨と夕雨は、院には入らず、両親から残された財産を元に二人で暮らしている。
瑠唯の両親は健在だが忙しい人で、今日も今日とて出張三昧だ。

「まあ確かに宝の持ち腐れ感はするけどな……」

瑠唯は夕雨の言い草に苦笑いする。他の人が言えば角が立ちそうな夕雨の言葉は、不思議なことに夕雨が言うと何の抵抗もなく鼓膜に溶ける。

「でも、白銀先輩の家も大きかったような気が」
「ああ、そういえばそうですね。以前、マスターの家ではなく白銀の家に泊まるという話も出ましたし」
「あー……まあデカいっちゃデカいが」

瑠唯と紅桜の指摘に白銀は苦笑。一方朱雨の顔から完全に表情が抜け落ち、夕雨はからからと笑った。

「あー、そっか。二人は知らないのかー」
「俺ん家大所帯だろ? まあそれでも4人くらい泊まれるスペースはあるんだけどな……」
「あの家に泊まるくらいなら外で寝る」
「……うちの我が儘姫がこの調子で」
「白銀黙れうざい」

白銀の家は、女4人、男5人の大所帯である。父親は単身赴任で中々帰ってこないにしても、料理が壊滅的な母に代わり8人分の料理を常日頃から作る白銀の料理の腕が上がるのは必然であった。

そして、その内の三女、つまり白銀の妹と朱雨は、酷く馬が合わないのであった。



相変わらず天音様の表情の描写が好きすぎて辛いです。
何が辛いって、頭の中にそのシーンが浮かぶのに、そして絵にしたいのにその素敵な雰囲気が微塵も表現出来ないんですよ。この青春の中に生きる人だけが出せる雰囲気を何とかできないものか……。


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