自己との決別

「……え?」

寝ぼけ眼を擦っていた手を止めた。
まだ慣れぬハンター文字を、たどたどしくもう一度目で追うが書かれている文字は変わらない。

“一週間昨日教えたメニュー+瞑想をやっとけ。オレは用事があるから空ける。”

木のテーブルに一枚置かれたメモ用紙にはそう書かれていた。

ハンター世界に来たのが一昨日。
昨日は馬鹿みたいな練習メニューをジンに叩きつけられ必死でこなした。

ジンが用意してくれたジャージに着替えながらぼやく。
小屋の外に出て軽い準備運動を行う。
まずは長距離走からやろう。身体を弾ませてから駆ければ肩にかかる髪がふわりと揺れる。

髪ゴムも買ってきてもらうんだったなぁ、と昨日枝に引っかかり切れてしまったものを頭に思い描く。

精霊が住んでいるのではないかと思うような森。
思わず立ち止まりたくなるのを必死で押しとどめながら決められたコースを走る。

決められたコースを走り終えれば元の小屋の前に戻る。
そして腕立てや腹筋などのノルマをこなした頃、太陽は真上を登っていた。
木に生っていた果物を採り、靴を脱いでズボンの裾を捲る。そして適当な岩場へ腰かけ湖の中へ足を入れた。溜まった嫌なものがスゥっと溶けてなくなるような心地よさ。
透き通るように綺麗な湖。底が見えるが決してそれは浅いわけではない。
水を持ち上げるように足を上げれば、湖面に静かな波紋が広がった。
林檎のような果物を一口齧る。
……甘酸っぱい。林檎というより苺みたいだと思いながら咀嚼する。

「……拾われてから二日目で一週間も放っておかれるとは思わなかったなぁ。」

最後の一口を飲み込んでから呟いた。

さっきのメニューをもう一度やらないといけない。
けれど、今はそんな気分になれなく水につけた足をそのままに後ろに倒れこんだ。

空が青い。
手を上へと伸ばした。

何故、この世界に来たのか分からない。

元の世界に帰りたいと思うが、先程呟いた自分の言葉が胸につかえた。

――“拾われた”


「捨てられたのかな。」


元の世界に。
大事な人たちがいる世界に。
世界に捨てられた、ということは大事な人たちにも捨てられたということ。

一度言葉にしてしまえば、ぽつぽつと続く言葉が浮かんでくる。
伸ばした手を力無く下した。



「……せめて、ジンには捨てられないようにしよう。」

一生懸命強くなって、良い弟子でいれば必要としてくれる筈だから。

そのためには涙なんて必要ない。

必要なのは強くなること。
強くなって、認められること。

この世界は弱者に厳しいことを私は知っている。

「強く、ならなくちゃ……。」

弱い私はいらない。

重い身体を動かし起き上がり、緩慢な動作で湖へと倒れこんだ。
目を開ければ幾つもの気泡が水面へと昇っていた。気泡が全て上に上がるのを見届けてから、自身も水面へと顔を出した。

穏やかな湖面が大きく揺れる。
揺れて、波紋が広がって、暫くすれば落ち着く。しかし、ふと動けばまた揺れる。
そこに存在し動くだけで周りが色めく。
時に受け入れるように、時に驚くように。

「……俺は、強くなろう。」

認められるために必要なのは“強さ”だから。
弱さなんていらない。


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