傷だらけの心だから



「ズミさんって会いたくない時に限って来ますよね」

私は少し苛立っていた。思い通りにならない立場に、伝え切れない感情に。穏やかな気持ちにならなければいけないと思っていたのに、気付いた時には刺のある言葉を吐いてしまっていた。

「どういう事ですか…」

彼はショックを受けた様な、何故その様な事を言うのか理由を知りたいという様な顔をしている。

「…言葉のままですよ。あなたに知られてたとしても、こんな姿を見せたくないんです」

私はまた彼らの言う所の調教によって服で隠せる範囲をゆうに超えた怪我を負った。いくら彼が私のそういった事情を知っているとしてもこの姿を見せるのは躊躇われた。何故なら私がどれだけ口で大丈夫だと言い張っても彼はショックを受け必要以上に心配するからだ。労わってくれる気持ちはありがたいが私にとっては心苦しくて堪らない。

「あなたは強がるじゃないですか。私は怪我を負ったボロボロなあなたをひとりにしておきたくないんです…これは我が儘なのでしょうか」
「では私があなたに必要以上に心配をかけたくないと思うのも我が儘ですか?」

必要以上に心配させたくない私と、強がる私を案じる彼。お互いに想い合う故に上手くかみ合わない。彼の気持ちは私にだって理解出来る、だがそれが向けられた時に許容出来るかどうかはまた別の話だ。

「辛いのに、苦しいのに何故あなたは差し出された手を掴まないのですか?」
「癖です、ついてしまった癖は簡単には変えられませんし私に手を差し伸べる人などそう居ませんからね」
「私が居るではないですか…あなたはこれからもずっとそうやって強がるんですね」

私を想う余り彼まで何だか悲痛な表情をしている。そんな顔して欲しくない、そういう表情ばかりさせてしまう自分に腹が立つ。

「喩え話です」

私は彼にそう切り出した。苛立った口調が出てしまわない様に息を深く吸った。彼はまた唐突な事を言うのではないか、今度は何を言ってくるのやら…と言いたげな表情をしている。

「傷ついた蝶が居るとしましょう。その蝶が望む事は何だと思いますか。案じてもらう事は心の癒えにはなり得ますが傷の癒えには繋がりませんよね。と同時に傷ついた蝶には本来の美しさはありませんね、それを人に見せたいと思うでしょうか?……私には生憎蝶の如し美しさなどありませんがこれでも恥じらいはあります。放っておいて、貰えませんか……」

お粗末な喩え話を話し切った私は包帯を巻いた腕をギュッと握った。どこかで同情的な付き合いになるのを恐れている自分が居るのだろう。深く、深く依存してしまう事を恐れている。

「恥じらい…ですか。あなたの事情に心を痛める事しか出来ない私が、せめてあなたの傷ついた心を癒せるのなら……必要ないと言われても、会いたくないと言われてもあなたに会いに来ます。すみません、あなたの要望は飲めなさそうです」
「頑固ですよね……ズミさん」

放って置いて欲しい私にハッキリとそれは出来ないと言った彼に頑固だと言うと彼はお互い様じゃないですか、と。

「私は完璧な人間ではありませんから、さっきみたいに毒のある言葉だって吐きますよ?」
「あなたが口にするのは本心じゃない事も多いですし、あまり間に受けない様にしますね」

それってどうなんですか?と問うといつも本音を隠してしまうのは誰ですか、と言われてしまった。

「でも…」

彼は一旦言葉を切りテーブルを挟み向かい合っていた私の方に回り込んで傍らに腰を落とし私の手を握った。

「あなたと少しでも一緒に居る事でその傷が癒える可能性があるのならあなたが手を振り解こうとしても私はあなたを離しません…傷だらけの心を抱えるなら尚更です」
「本当に…どこまで人が出来ているんですか。あなたは」

そう言うとズミさんは大袈裟だと言って少し笑った。とりあえず先程吐いた失言について彼に詫びようと思い、さっきはすみませんでした、と言うと彼は穏やかに首を横に振った。

「私もあなたと同じで完璧ではありませんよ。だからこそ支え合わないといけないのではありませんか?」
「ビックリする程綺麗事ですけれど、……そう、ですね」


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