嘘と噂に隠される事実
「こんばんは」
「フェーベルさん、こんばんは」
ドアを開けるとカランと音が鳴り店主に来客を知らせた。良い香りのする店内に歩を進める。すっかり常連みたいになってしまっているが、ここの食パンは本当に種類が豊富な上にどれも美味しい。
「今日はどれにしますか?」
「クルミとトマトの2センチを2枚ずつ…後、食パン用のオリーブオイルを…」
蜂蜜食パンも捨てがたいな、と思っているとまたカランと音を立てドアが開いた。店員さんはいらっしゃいませ、と新たな客に声を掛ける。ちらりと見やると記憶に新しい顔。
「あ…」
「君、昨日の」
「…どうも」
例のジーン・オータスの友人の、青髪にサングラスの男だ。
「人の彼氏に手を出した子だ」
「出してない」
「少なくともあの場に居た人はそう思ってる」
「でしょうね」
本当に面倒な事を起こしてくれたものだ。店員さんがお待たせしました、と食パンを袋に入れ手渡してくれる。蜂蜜食パンは次にしよう。
「ジーンを調べてるのか?」
「?」
「君の視線、ジーンはすぐに気付くだろう」
ああ見えて案外敏感なのか。だが今の所はまだ、という事か。寧ろ何故ジーン・オータス本人よりもこの友人の方に気付かれてしまったのか引っかかる。
「そう…それであなたはどうするつもりなの?」
「俺は別にどうもしない」
何のためにジーン・オータスを調査しているのか尋ねてきたのだろう。彼が視線に気付いたら、調査は今まで通りとはいかなくなる。
「チョコレートの3センチを3枚」
ジーン・オータスの友人はチョコレート食パンを頼み、食パンを受け取ると私に向き直った。
「今はまだ、な」
「意味深ね」
「ジーンのストーカー」
「は?」
「君、たまに口悪いな」
また厄介そうな人に会ってしまったなあ、と内心で思った。青髪のサングラスの彼は怪しく笑みを浮かべる。
「ジーン・オータスの友人さん?」
「友人、か」
「それ以外にどう説明つけるのよ」
退いてくれないと帰れないんだけどな、と思いながら彼を呼ぶとジーン・オータスの友人はスッと道を開ける様に端に寄ってくれた。
「昨日もジーンをつけてたのか?」
前を通り抜けようとしたその時、彼はそう私に尋ねた。やっぱりそう思われるわよね。
「偶然よ、嘘じゃないわ」
「へえ」
信じてないな、この人。勘の様なものだが、それとなく分かった。でも別に彼が信じていまいが、私にはあまり関わりはない。
「それじゃあ、ジーン・オータスの友人さん」
「ああ」
どうやら出任せだったジーン・オータスの友人について、は間違いではなかったらしい。色々立て込んでた長い1日が終わりそうだと軽く伸びをした。
・・・
今日はやっとの非番だ。たまにの休みくらいゆっくりと寝たいと思っていたが普段通りの時間に目が覚める。起きてしまったものは仕方ないから、美味しいケーキでも食べに行こうと体を起こしシャワーを浴び着替えバードンの街へ出る。
「シフォンケーキとアイスティーを」
入ったカフェにて店員さんに注文をする。おやつの時間にはかなり早いが朝食としても問題ないだろう。
(昨日折角ムギマキで食パン買ったのに…)
注文したシフォンケーキが運ばれて来てから、昨日晩に食パン専門店のムギマキに寄ってクルミとトマトの食パンを買って帰った事を思い出した。いくら何でも思い出すのが遅すぎた。
「おはよう、フェーベルさん」
「お、…はようございます…オウル課長」
何故非番の日に仕事場の人間に会うかなあ、と思ったが彼はACCA監察課の課長であり直属の上司でない上にあまり関わりはない。寧ろ私の事を認知している事に驚く。
「ご一緒して良いかな?」
「はい、勿論…」
あまり関わりのない私と席を共にして彼は楽しいのだろうか、なんてふと思う。彼も朝食だろうか、と思っていると彼はモーニングのトーストを注文した。
「いつも朝はカフェで朝食を摂られるんですか?」
「気分でたまにね。君はあまり食べないんだねえ…」
「朝からおやつみたいですよね…お恥ずかしいです」
そう言って笑みを作れば、オウル課長は今日は非番かな?と。肯定すればゆっくり休むんだよ、と朗らかに微笑んだ。
「フェーベルさん」
「はい、何でしょう」
「昨日からすごく噂になってるみたいですが、大丈夫ですか?」
え?何の噂?と思ったがそれは考えるまでもない気がした。何故私の耳に入るのはいつもこう遅れているのだろう。
「…お騒がせしてしまい申し訳ありません。事実無根ですから、私の事は心配なさらないでください」
「暫くは肩身が狭いかもしれないね…」
「やはり皆信じているんでしょうか…いえ、すみません、何でもありません」
部署の違うオウル課長の耳に入るまで大きな騒ぎになっていたとは。私が気付いていなかっただけで昨日のあの場にACCA局員が居たのかもしれない、それかエルシーの仕業かのどちらかだろう。
「私は信じているよ、君はそういう事をする様な人間ではないとね」
「…ありがとうございます」
「それじゃあ私は行くよ…フェーベルさん、良い休日を」
「お疲れ様です」
仕事へ向かうオウル課長の背中を見送る。皆に慕われる上司というのは彼の様な人なのだろう、と思う。私はどうだろう、と考えてすぐに嫌になった。私はそんな器ではない。
「…向いてないわよね」
ポツリと呟きシフォンケーキを一気に口に入れた。アイスティーを飲んでカフェを後にしようとする。ん?机に置いてあったはずの伝票がない。立ち上がりカフェを出る。私は彼が去った方角に向かいご馳走様でした、と呟いた。
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