ちょうちんやァ盆提灯、ちょうちんちょうちん・・・

チリー・・・ン

開け放した障子の向こうから蒸すような風が吹いてくる。
藺草の匂いと線香の匂いが混じって、どうと縁側の向こうに流れていった。

「・・・しんどい?」
「いいや・・・」

たァけやたけや、たけやァー・・・

この家ではもう盆の篠竹を用意していた。小さな庭にざわざわと青々しい若竹が四本そよいでいる。
縁側には荒縄と紅白の小茄子が転がっていた。
桂は、うつ伏せたままそれを静かに眺めている。




【A列車が還らない】


蝋燭や紙細工など、盆のものを売り歩く声が江戸中に響いてくる。かみさん連中がそれを呼び止めて入用のものを買い求めるのを眺めながら、銀時はなじみの団子屋にいた。
あまり大きくない店の中は買い物に疲れた客や商人で溢れていて、仕方ないのでこちらは外の緋毛氈に腰かけている。冷やした麦茶にとろりとしたみたらし団子の口あたりは、いつだって銀時の夏の定番だった。
団子の串を歯で弄びながら、大きな赤い蛇の目の下で炎天下のもと元気に商う江戸っ子たちを眺めている。と、見知った顔が歩いてきたので、銀時はあ、と思った。

「ようヅラ、夏の間くらいそのヅラ取れば?ムレるんじゃないソレ」
「ヅラじゃない桂だ。生憎地毛でな」
「ウソつけ熱中症ギリギリじゃねーか」

流れるような仕草で、銀時は眼前の桂の腕を引き蛇の目の下に引き込んだ。常ならば街で見かけたからといって、相手が気づきもせぬうちから声をかけたりなぞしない。特にこの古馴染みは面倒ごとを連れてくるのを大の得意としているので、余計にその気が失せるというもの。けれども、今日に限っては彼のその歩きぶりが常とは違うようなので、銀時は思わず声を掛けたのである。
しじら織の単衣を纏って涼しげに歩く桂は相変わらず背筋の伸びた、品のある歩き振りだった。悠々としたその足取りは見る者に殆ど違和感を与えない。けれでも少しばかりその背を重そうに、あるいは僅かに気だるそうにしているのを銀時は見てとった。なにしろ惚れた目で幾年も彼の伸びた背筋を追ってきたものだから、恐らくは誰も気づかぬ異変であっても銀時ばかりはわかるのである。

「熱中症じゃない。今日は何故だか少しばかり背中が重くてな、肩でも凝っているのか知らん」
「オマエでそれじゃァ一般的には入院モノなんじゃないの。ちょっと来やがれコノヤロー」

インフル患者の群れン中に放りこんだってピンピンしてる奴なんだから、というのは銀時の言だ。幼い頃学友が流行り風邪でバタバタと寝込んでも咳ひとつ出さなかった桂だったので、僅かでも自覚症状が出たというのは実はひどい病の兆候ではないかと、桂を昔から知る者ならば心配するのは大げさな話ではない。腕を引いたまま銀時は腰を上げて、相変わらずごった返した店の中に桂を連れて入ってゆく。

「オバちゃーん、ツレが急に気分悪くしちゃったみたいなんだけど、横になれるトコとかある?」
「まあ銀さん。あらあら大変、奥で休ませてあげてちょうだい。おくまー、ちょっと案内したげてぇ」
「悪いね忙しいとこ」
「いいえぇ、お大事になさって」

腕を引かれた桂を見て、団子屋のおかみは気遣わしげに自宅への案内を寄越した。こういうときに桂の見た目は得だ、と銀時は思う。不調が銀時以外の人目にわからなくたって、その夏でも涼しげな白い肌とほっそりした肢体は世の人に容易に繊細なイメージを与えてくれる。
家の娘と思しき歳若い少女に案内されて、二人は6畳ほどの和室に通された。涼しいようにと開け放された障子の向こうには家族ぶんの洗濯物が楽に干せる、といった程度のこじんまりした庭が見える。床の間に掛け軸と花活け、そのほかには長机と座布団があるだけの質素な客室だ。銀時はその机をずらして部屋の隅にやり、座布団を縦に並べて人ひとり寝転がれるほどのスペースを作った。

「銀時、大げさな」
「いいじゃん休んでっていいっつーんだからよ。オラッここ寝ろ」

桂を座布団の上にうつぶせに寝かせて、銀時はその隣にどかりと胡坐をかいた。
チリーン・・・と風鈴の高い音色がする。
桂の背にその長い髪がばらりと散った。涼しげな夏着物は新茶を薄く色づけたような地に灰汁色の縦縞模様、それに濃茶をくすませたような帯を合わせて、今日の桂はどこか小粋な余所行きだ。それが「背が重い」と言った桂の気を紛らわせるためのものだと知っているから、銀時は思わず眉を寄せてしまう。
不意に、御免下さいませ、と襖越しに声がかかった。銀時がいらえると先程の少女が遠慮がちに襖を開けて水を持ってやってくる。お布団をご用意致しましょうか、と言うのでおうと銀時が答えようとすると、しかしその前にいやいい、と桂が答えてしまう。少女が襖を閉めて出て行くと、何もここまでせんでも、と桂は銀時を見上げて苦笑した。

「本当に、少し背が重い気がするだけなのだ」
「ウルセーなちったぁ静かにしやがれ。背中ってココ?」
「それ肩じゃん。違う、もーちょっとなんて言うか・・・」
「じゃあこのへん」
「いや・・・具体的にドコとは言えんのだ。なんか全体的に」

チリーン・・・

時折どうと入り込む風が二人の髪を靡かせる。遠くから川の匂いと、二軒先の鰻屋の炭の匂いまで運ばれてやってきた。それでもやはり蒸し暑い昼下がりに、夏の装いの桂はともかくいつもの格好のままの銀時は額と鼻とににじむ汗を片腕でぬぐった。
銀時が桂の背に手をあてて、ここか、そこかと問うてくる。それは銀時が知りうる限りの、桂の負った傷痕の場所だと桂は気づいて、それでこんなに、と気づかれぬようにもう一度苦笑した。
背が重い、と言うだけあって、傷が痛むという訳ではない。なんだか知れぬが全体的に重いのだ。

「まあ・・・盆だからな」

チリーン・・・

風の合間にぽつ、と桂が零すのに、銀時は背を辿っていた手を止めて、ちょっとやめてくれるそーゆーの、と言ってまた今度は乱暴にさすった。

おがらおがら、おがらァ・・・

喧騒から離れたこの部屋にいてさえ、道の向こうから迎え火に使う芋がらを売る声が風に乗って遠く聞こえてくる。家の奥から子供らの声がして、提灯まだァ、お竹がお馬にするキュウリ食べちゃったあ、などと廊下を転げまわる音がした。

「そーゆーのって人にはたいてもらうと落ちるらしーよ」
「そうか・・・。だがもしそうなら、俺に追い払うなぞという真似はできんよ。そのままにしてくれ」
「ナニ真にうけてんだバカ。大体まだ迎え火も焚いてねークセに」
「あっそうだった」

チリーン・・・

どう、とまた風が寄せた。町の喧騒が遠く聞こえる。息を吸ったら畳の青臭い、少し甘い匂いがした。銀時が桂の背を肩から腰にかけてさすったまま、それぎり二人とも無言になってしまう。
そんな理由で桂の背が重いなぞ、そんな筈は無い、と銀時は思う。
それならば己の背がなんとも無い訳がないのだ。そして帰ってきたからって桂の背を重くするような、不義理な知人もいなかった筈だ。だからこれはそんな迷信じみたモノじゃあなくて、何かもっと別の。

たァけやたけや、たけやァーァ・・・

けれどもしそうだとしたって、己の背に乗ればよいから桂から離れてほしい。それは罪悪感と憐憫と、あとはそんな得体の知れぬものが己の惚れたものに乗っているなぞというのが我慢ならないからだ。
ざらりと薄手の布地の上から変わらずその背をさすりながら、銀時はまるでその下の滑らかな白い背を自分の気に入りの骨董を手入れするかのように眺めている。
家の奥はまだ騒がしい。パシン、と小さく柱が鳴いて、そろそろ傾きだした日が縁側に差し込んでくる。
どう、とまた風が寄せた。


チリーン・・・


ちょうちんやァ盆提灯、ちょうちんちょうちん・・・

















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