「送ってこうか?」
「うん?俺は女子ではないぞ長谷川さん」
「そりゃ見りゃ分かるけどさぁ。そんなカッコで一人歩いてたらまた職質でしょ、アンタも俺も」
「む・・・それもそうだな」



【スキンド・レレといこうじゃない】


今日も今日で変わりなく、行きつけの安い屋台で浴びるほど酒を呑んで、程よくぐわー・・・んとした視界を楽しみながら夜道を歩いている。晩春の夜道はそこここに隠れるように夏の気配を忍ばせて、羽織るのを一枚忘れて出てきたって夜まで寒い思いをせずにいられる。いい季節になったもんだ。
とっぷり暮れた夜空は先程までの雨降りなんて忘れたと言わんばかりに雲を散らしている。ひいふうみーい、とグラサン越しでは見えるはずのない星を数えるようなふりをして、明日の快晴を思った。

「おっとっ・・・」

見上げてごらん夜の星を、なんてしていたせいで、路地裏から出てきた人影に気づかなかった。どんっ、と肩から思い切りぶつかってしまって数歩後ろに下がる。ほらみろ、やっぱ柄にもないことはするモンじゃねェ。

「失礼した、ちょっと余所見を・・・ああ長谷川さんか」
「あっいやこちらこそ・・・なんだヅラっちじゃん、どうしたのソレ」
「ヅラっちじゃない桂だ。フン、真選組のカスどもがうるさくてな」

後ずさった先から出てきたのは心なしか息を弾ませて、ついでに額から血を流している坊さんだった。
勿論そんな怪しい坊主に知り合いはいない。珍しく長い髪をひとつに結わえて、俗世の欲を掻き立てそうな綺麗な面をした坊主は変装自慢の友人だ。というか、友人の友人は友人、みたいな。
そういや忘れてたけどこのヒト指名手配犯だっけ。堂々と諸所でバイトや遊びや厄介事を楽しむ彼が追われる身だということは、言われなければ思い出せない。さっきからファンファンと遠くでサイレンが鳴ってるのはその所為だったのか。

「うわーソレ血?結構ハデにやるんだねェ」
「いやこれはどこぞの天パの馬鹿がな。この格好でいたら職質されたのだが、さて逃げるかという時にボロいスクーターで轢かれたわ」
「えっなんで?」
「知らん。あっあれかな、昼間万事屋に誰もいなかったから机に『実家に帰らせていただきます 小太郎』って書き置きしてったんだが」
「・・・・・・えっなんで?」
「今日昼ドラ見てたら葉子がヒロシにな・・・。それでちょっとやってみたくなったんだ」

まあ気持ちはわかる。いやヅラっちじゃなくて銀さんの。真顔で電波なボケを実行するこのひとの、したいようにさせておいたらそりゃ轢きたくもなるんだろうな。とはいえ、これはこの二人のコミュニケーションみたいなところがあるから、ソレがよくないとは言わないけども。
お互いにしか分からない意思疎通手段を持つ二人はちょっと羨ましいようなやっぱり身に余るから遠慮したいような、見ていると少しフクザツなものである。
隣では友人が袈裟を外して髪を解いて、すっかり見覚えのある姿になっていた。ばさりとかぶりを振って結い紐のアトが残らない艶やかな髪、なんてイイ女の専売特許だと思っていたが、このひとを見てからはちょっと認識を改めた俺だ。
血とか出てなきゃこの後呑みでも誘うんだけどねー、なんて思いながらざりざりと二人で舗装もされていない道路を歩いている。でこぼこした昔ながらの街道は雨上がりには大小たくさんの水溜りができていて、頭上の外灯を黒々と映しだす。車やバイクとすれ違うのはちょっとヤだなー、みたいな出来栄えだ。

などと思っていたらその矢先、後ろからライトに照らされた。恐らく原付だろう、結構なスピードで後ろから走ってくる。オイオイちょっと勘弁してよ、と心の中で毒づいたところで、

ビシャアアアッ

「銀時ィィィ!!貴様さっきから何のつもりだ!反抗期かギザギザハートな子守唄なお年頃か!?貴様がそのつもりならよかろう桂小太郎のKは喧嘩上等かかってこいやのKだァア!」
「ウルセエエエ解読不明なモン人ン家に捨て置いてくんじゃねェこのバカヅラァアア!!」
「アンタら落ち着いて長谷川のHはひとつここは穏便に済ましちゃァくれませんかのHィィィ!!!」

ハイスピードでつっこんできたスクーターに、通路側にいた友人は思っくそ泥水をひっかぶせられた。
銀さんも銀さんでなんか超怒ってたらしく、愛用のスクーターに乗ったまま罵声を浴びせてそのままスピードを落とさず夜道の先に消えていく。俺はといえばその間も、よくまあそんなに水があったよねと、ほとんど頭っからいったびしょぬれの、そんで激昂している友人にしがみ付いてそれを必死で止めている。ほんとコイツら揃って沸点低いな!
シルバーのベスパが完全に見えなくなってしまうとやっと落ち着いたのか、ぶつぶつ言いながらも友人は大人しくなった。まあ不穏な書き置き残して去られる悲哀ってのは身に染みて知っているので、俺としては今回は割と銀さんの味方だ。アレはダメだよヅラっち、男ってのは皆ガラスのハートなんだから。そんなんされたらパリンていくからパリンて。アンタは結構図太そうだけど。
けどもそうかといったって、全身びしょぬれの友人をこのままにしておく訳にもいかない。いい季節にはなったけど、やっぱ羽織りもん一枚持ってくるんだったなァ。これ使うと俺半裸じゃん。着流しで出てくるよりはマシだったけど。

「長谷川さん、それじゃ着るものが」
「イヤいいよ俺もさっきちょっと濡れちゃったし。それにその髪濡れてるとなんか貞子みたいだし」
「・・・優しいな長谷川さん。奥方に逃げられたのが不思議なくらいの紳士っぷりだぞ」
「ハツのことは言うなァァァ!」

上着を脱いでタオル代わりに髪を拭いてやる。オッサン臭が、少なくとも酒臭くなってるはずの上着をその髪に押し付けるのは気が引けたが、友人は大人しく拭かれてくれた。いやちょっと一言余計だったけど。
オッサンの上着一枚じゃ長髪の成人男子を全身拭いてやるには勿論全然足りなくて、とりあえず髪だけぬぐってあとはその肩にそのまま上着を掛けてやる。まだところどころ水滴が垂れる友人は、このまま一人で歩かせたら次の日から心霊スポットのウワサが飛び交いそうだ。さすがにそれは近所迷惑・・・。
・・・という経緯で、冒頭のやりとりに戻る。


そういう訳で今、濡れ鼠と半裸のオッサンは二人して夜の散歩としゃれこんでいる。
案内のままに入り込んだ用水路沿いの小路をじゃりじゃりと音をさせて歩いて、一間ごとにようやく外灯があるような心もとない夜道ではぽっかり上った月のほうを余程頼りにした。
グェっグェっ・・・、と蛙の声。遠くない気はするけれど、どこから響いてくるのか一向に知れない。雨を浴びた草木と、水を吸った土の匂いがむわっと満ちる。何だか妙にソワソワするような、暖かさに開放的な気分になるような。この時期の夜の空気は夏ほど濃厚にエロティックではないが、それでもちょっといやらしい。
じーぃじーぃ・・・と夏のはしりのような虫の声がする。俺の肩ほどまである名も知らぬ黄色い花が露を落として、俺の腕を少し濡らした。同じ水を浴びるならこっちのほうが余程隣の友人に似つかわしい。歩く場所が逆だったら、そういうふうにできたかなァと思うが、こうなってしまっては後の祭りだ。
なんて思って歩いていたら、ぽつりと友人が呟いた。

「なんだかドキドキするな」
「エッ?」
「この濡れた若草と土の匂いを嗅ぐと年若の頃を思い出す。思春期というヤツでなぁ、好いた者とこうして歩いてドキドキしたことがあった。匂いと記憶とは常に密接だ」
「へぇ、ヅラっちもそーゆーのあったんだ」
「フフン、俺だって恋くらいするさ」
「えー、どんな娘どんな娘?」
「うん?・・・まあ、アレだな、素直になれぬがカワイイ奴だ」

そう言って友人は珍しく照れたようにはにかんだ。
いいトシの男だ、女の一人や二人いたって何らおかしくない。まして若い日の恋なんて、いくらお堅いと言ったって無いほうがいっそ奇妙だ。けれどそれは妙に俺の心に違和感を残して、今何となく隣を見れなくなっている。
素直になれないカワイイ娘。それを熱に浮かされたような目で見つめる若い友人の姿を思うと、彼に今の自分が重なる。視線の先にいるのは、頬を少し染めて隣を歩く今の友だった。
イヤ・・・そういうんじゃないけど。と、何がそういうんじゃないのか自分でも分からないままにセルフ言い訳をしながらじゃりじゃりと足元を鳴らす。何の草かわからないが蔦の絡んだフェンスが風に吹かれて水滴を落とした。

匂いと記憶とは常に密接だ。と友人は言う。それは多分、俺が真冬の空気とラーメンの匂いで初めて付き合ったコにフられたときのことを思い出したり、春先の乾いた土の匂いで妻と土下座したあの日を思い出したり、俺にも覚えのあることだ。
そういうんじゃないけど、そういうんじゃないと思うけど。それでもたぶん、次に濡れた若草と土の匂いを嗅いだとき、俺は今夜のことを思い出す。
いいトシしてちょっとドキドキして、少しだけ切ない記憶になるだろう。友人の昔のそれのように。



「長谷川さん、俺の家はあそこだ。折角だから俺の上着を・・・イヤもう遅いから泊まっていくか?」
「エッ!?」
「なに、真選組もここまでは知るまい。エリザベスが湯を焚いてくれているから」
「あ、ああ、あの白いのがいるんだよね、いるんだよね!?」
「白いのじゃないエリザベスだ。今夜はカノジョのところに行くらしいが風呂は焚いておくと言っていたから。さすがはエリザベスだ」
「エッェェェエエ・・・!」
「エンリョするな長谷川さん。さっどうぞどうぞ」



そういうんじゃないと思うけど。
それでもたぶん、次に濡れた若草と土の匂いを嗅いだとき、俺は今夜のことを思い出す。
いいトシしてちょっとドキドキして、ちょっと・・・義理と良心と忍耐とを鍛えた記憶として蘇る日もいずれ来るのかもしれない。
















ちなみに銀時のGはゴメンね素直じゃなくてのG



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -