【ハニーサックル・ローズも嫉妬する】



深川の水が柔らかく澄むようになって、堤が若々しい緑と小さな白や紫の小花に彩られる。少し歩けば目を見開くような菜の花がいっぱいにレモンイエローを振りまいて、あの少し湿っぽい花粉の匂いがそこらじゅうに満ちてくる。
春は盛り。今年の冬は冷えたのが、ここへきて一気に戻ったようだ。それを江戸中の桜が待ってましたと見栄を切り、大向こうを唸らせた。ざあっと風がゆくたびにどこかしらから歓声があがる。
この季節の町はどこも賑やかだ。

「キャッホォゥ!あっあの一番デカい桜にするネ!お弁当落としちゃダメだヨ定春ゥ〜!」
「こんなところに桜があったのか」
「源外さんが教えてくれたんですよ。昔奥さんと来ていたそうで」
「なるほどねェ、確かに見事にジジイババアしかいねー」

御逢寺の桜、といえば知る人ぞ知る花見の穴場なのだという。いつもは近くの公園に花見に行って、真選組と鉢合わせし、なんだかわからないままドンチャンして終わる・・・というのがパターンだったが、今年は別だ。というか、今年もそれでいっかァと思っていたのだが、神楽に急かされるままに弁当を用意していたらひょっこりとテロリストが顔を出したので、そういう訳にもいかなくなった。
花の盛りの休日、公務員が花見をするなら今日しかないとわかっているからあの公園さえ避ければ邪魔は入らない。定春の背中にゴザと弁当と酒を積んで、よしみのジーさんに聞いたボロい寺の庭先に入るとちらほらと「通」の爺さん婆さんたちが既に花見を楽しんでいた。ところどころに転がる酒瓶は第七、花霞、北部美人・・・いい老後だねアンタら。

「それにしてもすごいですね。こんなにいっぺんに」
「そーだなー」
「銀時、早速団子を出すな!食後にしなさい食後に、っとにこのコは〜」
「オマエは俺のかーちゃんですか。いーじゃん別に、オラ酒酒ェ」
「それより弁当早く出してヨ銀ちゃん!」

並ぶ桜の中でもひときわ大きな一本を、周りの桜の下から人々が眺めて愛でている。のを、無粋にもその真下に陣取ってゴザひいて上がりこんだ。
神楽がせがむ重箱の弁当は安上がりながらも力作だ。みっちり詰めたおにぎり、銀さん特製激甘卵焼き、八幡巻き・・・の肉の薄いバージョン。ほか、諸々。卵が甘いなんて邪道です、と昔は新八がうるさかったが、最近は慣れたのか諦めたのか文句も言わない。ヅラ?アレはガキの頃から調教済みよ。
フタを開けたらすぐさま始まった弁当争奪戦が周りの視線を桜以上に攫っていく。あらぁすごい、若いわねぇこれもよかったら、と婆さんが時々残り物を寄越してくれるのを、神楽が「むぐっ」とか言いながら受け取って流し込む。それがまた憐れを誘うのか食べっぷりが嬉しいのか、なんか予想以上に色んなモンが集まってきた。ウンここホント穴場だわ。いいね万事屋向けで。っていうか神楽向けで。

万事屋の花見は酒のつまみがてら弁当をつまむ、とか余裕のお大尽みたいな真似はしない。まず飯。そんで重箱をキレイにしてからようやく酒だ。まァガキどもがいなきゃヨユーぶっこいてもいいところだが、そんなんしてたら食いっぱぐれるから。基本育ち盛りの男兄弟の食卓みたいなモンだからウチ。
そうしてようやく松山桜の茶色い一升瓶を風情ゼロの紙コップに注いで、タッパーに詰めて持ってきた塩と味噌をつまみにちびちびとやる。味噌っつってもアレだ、桂が手土産にギリギリのふきのとうを持ってきたもんだから即席のふきみそだ。この味ァガキどもにはわかるめーよ。
案の定興味を失った神楽は腹を抱えて定春の上に寝転がった。紙コップを握り締めて、桂が隣で羨ましそうにガン見している。

「リーダーおっ俺も・・・!俺も定春殿のもふもふにィィ・・・!!」
「ヅラっやめとけ食われんぞ」
「ヅラじゃない桂だ。さすがはリーダー、定春殿があんなに忠実に傅いているとは」
「いやかしずいてるっていうか、寝てるだけですけどね」

それからも何度か腕を伸ばしては、桂にとって何より魅惑的な定春の「もふもふ」に触りに行き、時々バレては定春に噛まれる。それでも桂は至極幸せそうな達成感に満ちた顔をして血まみれの手で紙コップを赤く染めていた。
結局ほとんど桜も見ずに、しばらくすると健やかな寝息を立て始めた神楽に新八が持参のタオルケットを羽織らせてやっている。お前ホントこういうときはできる子な。憎らしいくらい幸せそうに寝てますね、とそのヨダレのたれた寝顔を笑うのに、不意に桂が袂から片手で何か取り出して、パチリとやった。

「フフフ、こんなこともあろうかと持ってきたが、正解だったな」
「うわっ・・・オメー今時インスタントカメラはねーよむしろどこで売ってたんだよそんなモン」
「フフン羨ましかろう。今の家に引越したときに前の住人が忘れてったみたいでな。まだ結構残ってたから」
「カケラも羨ましくねーよ。つーかそんなモン使うなァァ!何が写ってっかわかんねーだろソレ!!」
「わめくな銀時、リーダーが起きてしまうだろう。どれお前も一枚撮ってやる」
「イヤだ何かぜってー呪われる!!!」

桂は昔ッからこういうモノに関しては怖いものなしに無神経だ。ガキの頃から一番可愛い顔をして女の子よりも女の子のようだったのに、近所のガキ共と一緒んなってやる肝試しやら百物語やらは一番最後までけろりとしていたクチだ。
桂はぱちぱちと桜や俺たちを好き放題写したあと、古臭いカメラを俺に寄越して寝ている神楽の隣に新八を呼んでスタンバり、撮ってくれ、と言った。正直こんなモン触るのもコワイが、そうも言えない。
恐る恐るぱちりとやると、桂はそれで満足したようで、カメラを返せとも言わないまままた酒に手を伸ばし始めた。
ホントは手元に置いておくのもイヤだが、何となくその懐かしいインスタントカメラに目を落とす。折角だからもう一枚くらい後ろの定春と一緒に撮ってやるかとカメラを構えて、ちょっと迷った。
レンズ越しに見る桂の姿はこんな安いちゃちいカメラでは明らかに役者不足だ。けれども、折角撮るのだからせめて実物の何分の一かでも伝わるように撮りたい気がする。カメラはともかく、俺がコイツを撮るんだから。
レンズを向けたら桂は気づいて、ムカつく笑顔でピースをした。そこで撮ってやるのは何だか気恥ずかしくて、オメーじゃねーよ定春だ定春、と言ってシッシッと退ける仕草をする。と、唇を尖らせてずりずりと横にスライドしたもんだから、そこをバレないようにぱちりと撮った。
今のは割と良かった。たっぷり墨を含んだ筆のような、しとやかな髪がほつれて。ただアレだね、花見に来たってのにゴザとツーショットってのも色気が無いよね。桂の上等な象牙のような、滑らかなクリームの肌は頭上の桜の淡いピンクとよく合う筈だ。ガキの頃塾の庭に生えてた山桜も、一番しょって似合ってたのは桂だった。戦時中の張り詰めた表情は陣に植わっていたしだれ桜がよく映えて、夜桜の下を歩くのを偶然見かけたときなんかそこだけ蒔絵のようだった。たぶん桂の柔らかい肌の色と、程よく紅を見せる桜の色とは具合がいいんだろう。それに加えてそんなふっくらと艶やかな黒い髪をしているから、コントラストが品良く映えて。その細身の、けれどしなやかな男のラインがかえって禁欲的でゾクゾクする。
見上げて桜を撮ると見せて、その下でふきみそをぺろりとやるところを一枚。こりゃあダメだわ。首ンとこで切れてるもん。赤い舌のちらりとのぞいているのは色が締まっていいけどね。
何とかこう、桜と全身写してやれるようなアングルはねーのか。コイツはムダに姿勢がいいから、こんなにずっしりとうねっている桜の幹の前に立たせたら立ち姿が際立つだろう。肩から腰にかけての涼やかな線とか、すっと締まる足元までのライン。コイツ自分を一番綺麗に見せる方法わかってんじゃねーのかと俺が常々思ってんのは、コイツが絶対色足袋を履かないことだ。無論戦時中の黒足袋は別だけど、それ以外ではどんなに流行ったって色モノ柄モノは履かなかった。こう見えてけっこーミーハーなコイツがだ。
侍たるもの、と思ってるのかどうかは知らんが、コイツの足には白い足袋がよく似合う。折角だからそこまで入れて撮りたいモンだが、座ってるのを立たせてちょっと離れて・・・なんて気づかせずにやるのはまずムリだ。タイマーとかズームとか、遠距離隔時間でも細工のできるカメラならともかく、こーのインスタントカメラじゃさァ・・・。

「なんだ銀時、随分熱心に撮ってるな。さては貴様アレだろう、大江戸春祭りのフォト大会入賞を狙っているな?悪いがアレは俺の投稿した夜桜とエリザベスで決まりだ」
「なにソレ怖っ、ただの心霊写真だろーが!・・・イヤそんなんアレだよ、俺の撮ってるほうがぜってーイイトコいくね」
「・・・・・・・・銀さん、さっきから思ってたんですけどキモいですよ」
「やだー新八くんったら覗きイイイ?男の子のプライベートをガン見するなんてェキモいんだよ死ねよこの童貞が」
「童貞関係ねーだろォォオオ!!!もういいです勝手にやってください。でも銀さん忘れてませんよね、そのカメラ桂さんのですからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ」
「うん?」

忘れてたァァァコレ現像すんのヅラじゃねーかァア!!!
イヤこれを見られるくらいなら俺が現像くらい・・・イヤイヤでも「前の住人」が撮ったモンが一緒に出てくると思うととてもそんな気には・・・イヤイヤイヤでも・・・・
さっきから角度がどうだ表情がどうだとぱちぱちやってたせいで、カメラの残り枚数はとっくにボーナスステージに突入している。言われて初めて確認して、青ざめた顔で手元のカメラを眺めている俺に何か勘違いしたのか桂がまあいいさ、と笑った。

「いい花見の写真が撮れた。お前が撮ったと思えば尚のことだ」

上のほうでざわりと風が吹いて、満開の桜をいっそう散らした。花弁の通るのに混じって桂の纏う墨絵の糸が流れて、一瞬だけ桜色の背景に微笑う桂の肌が染まる。血まみれの紙コップを握っていたって、立派に極上の絵画になっているのが憎らしい。
幸せそうに俺を見るのが、現実だと今迂闊に認識したらたぶん立ち眩んでしまう。細められた目が、常より柔らかさを出すせいで、いっそほんとうにそのまま桜に溶けていってしまいそうだと・・・。
さっきから上手く理想の画が撮れないのは、手元のカメラが不出来だというのも勿論だが、そりゃそうだ、己の目が何より高性能に桂を写すからで、それと比べちゃ一眼レフも最新のデジカメも哀れだ。
もうずっと性能を上げながら、何年もこの目で桂を撮ってきたのに、取り出して見ることができないんだから人間の目ってぇのは都合が悪い。やっぱりカメラにはもっと精進してもらわにゃなるめーよ。




「・・・・銀さん、やっぱりキモいです」
「新八くぅん今月給料出ると思うなよ」
「もう年単位でもらってねーよ何が今月だァァア!!」
「さて銀時、そのカメラもういいか?安心しろ貴様の撮ったぶんは焼き増ししてやるから」
「エッ・・・・・・・あ、ウン・・・」










脳内BGMは「な/ご/り/雪」のサビんとこ



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