「・・・・先生、そいつは」
「おや晋助、いらっしゃい。はは・・・この間おまえにも話したでしょう。この子で最後だったんですけどね・・・」
「・・・売れなかったんですか」
「いや是非卸してくれという声は沢山頂いたんですけどね。まさか職人に対して目を覚ますとは・・・」

前代未聞です。と言って松陽はあまり困っていないふうに眉を下げて微笑った。
仕事の合間と椅子に腰かけて文庫本を読んでいるその足には小さな子供が来客に警戒してしがみついている。
無言で高杉を睨むその子供は、利発そうできれいな顔立ちをしていた。明るいところで見ると少し紫のように映るさらさらとした髪や木蓮のような白い肌はどこかアンニュイで繊細な印象。けれど緑がかったグレーの瞳はそれを撥ね付けるような気の強さを持っている。
しかしそれらを目にしてもなお、高杉には生意気そうなガキだとしか映らない。

当然である。師の足にだっこちゃんしている子供の顔は、昔の己のものだからだ。


【リトル・パペッツ・ポエム】



「「という訳で見にきました」」
「帰れ」

松陽から電話をもらった桂と銀時は、すぐに己のプランツを連れてやってきた。
おんなじ顔をしてニヤニヤと顔を覗かせた二人を見て、高杉は迷わず扉を閉めた。が、すぐに松陽がやってきて迎えてしまう。
松陽はリビングで二人のために紅茶を、プランツたちのために砂糖菓子を用意している。
できたー、と思ったそばから目を覚ましちゃいましてね、離れないんです。
そうして年明けには出来上がったはずのプランツ・ドールが未だ売られていない理由を松陽が話すと、まず銀時が爆笑した。

「うわー完璧。晋ちゃんのプランツとして完璧。誰も疑いを挟まねーよウン、いや実は俺こうなると思ってたね」
「うむ、何がソックリってあの伯父さんから離れないとことか超ソックリだな。いや実は俺もこうなると思ってた」
「ハッ、人形ンなってまでベタベタしたがるてめぇらほどじゃねェよ」

桂の足元では、高杉が何か言うたびにぎんときがちらちらと気に掛けている。いつか高杉に主人を詰られて以来、高杉はぎんときにとって許すべからざる敵なのである。大嫌いなのである。
小さな身体を猫のように反応させて高杉を見るぎんときに桂は苦笑して、その頭を撫でてやった。それでぎんときが少しバツの悪そうな顔をするのを、隣にいた小太郎が不思議そうに見ている。

「猫舌なところまで同じなんですよ。殊更意識してそんなふうに造ったワケじゃないんですけど」
「あっ銀時とぎんときも同じです。まあ飲んだあとの笑顔は段違いにぎんときが愛らしいがな」
「ヅラぁ、その目ピントがボケてンじゃねェか」
「エッ何コイツもミルク飲むとき笑ったりすんの。高杉なのに?ニタァとか笑っちゃったりすんの。うわーヤダ気持ちわるーい」
「てめぇは死ね銀時」

紅茶を持ってきた松陽のあとにくっついて、プランツがやってくる。名前はどうしたんですか、と桂が問うと、「晋助ですよ」と松陽が笑った。それを聞いてまた銀時がニヤニヤと高杉を見るのに、松陽が「やっぱりこの顔を別の名前じゃ呼べませんよねぇ」、と言うので途端に頬を引きつらせる。今度は高杉がそれをフンと鼻でせせら笑うのを、桂は苦笑して見ていた。
松陽の背に隠れてしまった晋助に、ぎんときと小太郎がなんだなんだと身を乗り出す。うずく好奇心に耐え切れず、ちょろろっ、と晋助に寄っていったのは小太郎が先だった。
初めてぎんときにしたように、小太郎は晋助の頬にぺたっと手を伸ばす。晋助はそれにびくっと身を引いて、それでも暫くすると小太郎がもう片腕を伸ばすのもするようにさせた。そうしてそのうちにやっと慣れたのか、自分もおずおずと小太郎の頬に手を伸ばす。

「・・・エー、仲良くなるんじゃん」
「やっぱりこういうのは小太郎ですねぇ。銀時が越してきた時もこんなかんじで」
「伯父さん、それは人間のほうです」

どてん!
何とか仲良くなりそうだ(自分たちと違って)、と主人たちが安堵の息を漏らしかけたとき、しかし唐突に不穏な音がする。
見ると晋助が興味深そうに小太郎のポニーテールを引っ張っていて、それに慌てたぎんときが晋助の腕をぺちぺちと叩いていた。髪を引かれてバランスを崩した小太郎はしりもちをついてしまって、目を白黒させている。ぺちぺち、とぎんときがたたくのに小太郎のしっぽを離さない晋助は、これがイキモノなのかどうかを探っているようだった。

「てめっウチの小太郎にナニすんだコノヤロ小指一本で済むと思うなァァ!!」
「ガキの喧嘩にいちいちしゃしゃり出んじゃねェよ」

少し離れて銀時がわめくのを高杉がデコピンした。その間にもぎんときと晋助はぺちぺち、とお互いにたたきあって次第にころころともつれあっていく。
いつの間にか小太郎のしっぽよりもぎんときに勝つことに夢中になった晋助は小太郎を忘れた。もとよりぎんときは小太郎をいじめるのがいやで晋助を止めているのである。そしてふたりしてぺちぺちぺち、と可愛らしい音を立てながらころんころんとカーペットの上を転がっていくのを、渦中の小太郎はぷるぷると震えながらじいっと眺めていた。
ぺちぺちぺち、とぎんときと晋助が頬や腕をたたきあう音がする。といっても相手を傷つけてやろうという音でなく、どちらも相手をたしなめるような仕草だった。ぎんときは小太郎をいじめるなと、晋助はまずおまえの手を止めろと。
にぎりしめた両手をふるわせて、相変わらずぷるぷると震える小太郎にソファに腰かけていた銀時が焦った。ナニあれ、もしかして晋ちゃんがいぢめるから怯えちゃったんじゃねーの、と言うのを、高杉がアイツそんなタマだったかよと一笑に付す。ウチの小太郎はヅラと違うんですぅ、と言うのにヅラじゃない桂だ。と桂が銀時を見もしないで言い放った。

ばっふん!

黒いしっぽが跳ねて、小さな子供の身が踊る。
暫くぷるぷるとしていた小太郎はころころと転がる二対をじっと眺めていたかと思うと、突然真ん中に大胆なダイブをかました。
訳もわからないままぽかんとする人間たちと二対をそのままに、無理矢理入り込んでいった小太郎はむりむりとぎんときと晋助の間に割って入り、そのままの勢いでころころころと転げてゆく。
恐らく仲間はずれにされたと思ったのだろう。小太郎は右手にぎんときの、左手に晋助の腕をガシッと掴むと抱え込むようにして転げたまま川の字を作っていった。傍らで見ていた松陽がこらえきれず声をあげて笑い出す。小太郎は一度松陽のほうにきっ、と文句があるのかというような視線を向けると、抱え込んだ左右の腕をぎゅうっと握りなおした。
突然飛び込んできた小太郎に、ぎんときと晋助は目をぱちぱちとしばたかせて抱え込まれた片腕と小太郎とを交互に見比べている。そして晋助よりも少しだけ早く状況を理解したぎんときは、自由なほうの片腕で小太郎の頬にぺたんと触れた。
その動きに促されるようにして晋助も小太郎に触れる。結局両側から頬をむにむにむにと押される格好になった小太郎は、苦しそうにしながら満足そうに笑った。
そうして川の字でごろごろしていたのを、そのうち今度は晋助のほうが起き上がって、ぎんときと小太郎を引っ張って起こしてやる。それからはもう、今までのは何だったのかと思うほど仲睦まじくぺちぺちと触れ合っては笑いあう三体に、主人たちは今度こそ安堵の息をついた。くっくっくっ、と涙交じりで笑う松陽が呼吸を整える。

「あー・・・可笑しい。ほんとうに中身まで君たちソックリですよ。憶えてますか?昔小太郎が引越してきたばかりの銀時を熱心に遊びに誘いに行って、ヤキモチ妬いた晋助が小太郎の髪をああして引っ張ったので銀時と喧嘩に・・・」「アーアーアー先生お茶おかわり!!」「先生この紅茶美味いですね!何て種類ですか」「あっ先生窓の外にUFOが!!」

途端にさっきよりも余程慌て出す三人を、今度はプランツたちがきょとんとした顔で眺めている。
昔はああでこうで、と親戚のおじさんに昔話されるほど恥ずかしいものはない。昔を知り尽くした大人の思い出話を若者たちはよってたかって遮ろうとし、それを少し離れて見ていた子供たちは大人の記憶のままの笑顔でくすくすと微笑った。
お前たちのお兄さんはほんとに仲が良いですね、と松陽がプランツたちに笑いかけるので、三体はそれぞれにっこりと思い思いの笑顔を向ける。
それがまるで親戚連中で集まった盆や正月の席でネタにされるような気分になるので三人はたまらない。

「・・・晋ちゃんフツーに笑うとカワイイんじゃん。フツーに」
「うむ。ホラ笑ってみろ晋助。スマーーイル」
「うっせェ」

くっくっくっ、くすくすくす、と大人と子供に笑われて、いつだって世の若者たちは肩身の狭い思いをしているのである。















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