かぶき町の田丁通り、そこに行くにはさびたロールのキイキイ回る理髪店を曲がるのが近道だ。
そうそれ、向かいに油臭い暖簾のかかったぼろの天麩羅屋があるところ。
怪しいだろう?いやなに、別にとって喰おうってんじゃない。
そういうのもまたレトロでいいのさ。あの映画館に行くにはね。


【ラ・オールドシネマ】


やっているのかいないのか、廃墟、といってもいいような古い小さな映画館だ。通り一帯がほとんど暗い下町の住宅地の中に、ぼんやりとそこだけ人恋しくなるような明かりが灯っている。
映画館といっても、本当にお情け程度のロビーの向こうに銭湯の番台よろしく受付があって、そこでチケットを買ったらひとつしかないシアターに入り込む。勿論ポップコーンなんて売っていなくて、飲み物だってロビーに一台だけある自販機で買って持ち込むような、そんな。そこで一日中、やたら昔の映画ばかりやっている。通好みのミニシアター、と言えば聞こえはいいが、要は映画オタクの主人がほとんど道楽でやっている。そういう映画館だ。

「・・・アレ、旦那。転職ですかィ」
「人を勝手に世捨て人にしないでくれる。コレはアレだよ、ここのジーさんが腰痛めたっつって一晩代わりだよ。人なんていねーんだから閉めろっつったのによォ・・・エ?ナニもしかして総一郎くん観んの?こんなん一種の天然記念物だよ?」
「ええまあ。子供一枚」
「下の毛生えたら大人の階段一直線だよ総一郎くん。ハイ1500円ね」
「旦那ァ俺の見たことありやしたっけ。・・・まァそれでも貸切りなら安いモンだ」
「エッ?・・・あ、あーイヤ悪いね、一人だけやっぱ天然記念物みたいのがいるんだけど」
「なんでェ。そんじゃやっぱ安くしてもらわなきゃ割に合わねぇ」
「イヤ映画館なんだと思ってんの。・・・あのさァ総一郎くん、ちょっとココ任せていい?始まるまでまだあるから」
「イヤでさァ」
「・・・・せ、1400円」
「900円」
「子供料金より安くなってんじゃねーか!!チクショー1200円!」
「チッ。まァ手ェ打ちましょうや」

ナイターなのに新作よりもいくぶん安い料金を、それでも子供価格でごり押そうと思ったがそうはいかなかった。それをなんとか300円値切って、悔しそうに飛び出ていった万事屋の旦那に少し気分を良くしながら番台に立つ。勿論待っていたって客なんて来なくて、段差のない入り口から半円状に照らされる夜道をぼんやりと眺めていた。
幸いほとんど経たないうちに万事屋の旦那は戻ってきたので、さっさと交代してコケコーラの赤い自販機でオレンジジュースを買って、シアターの扉を開けた。


音楽さえ流れていない薄暗いホール、暗目でもわかる使い込まれた緋のスクリーンカーテンがまるでそこの主人のように「映画館」の空気を作っている。一番前か、真ん中か、大向こう。どうせ選び放題なのだから、さあどうしよう。てれん、と草臥れた深緑のシートを物色していると、真ん中の、少し後ろに人影が見えた。恐らく万事屋の言っていた「天然記念物」だろう。これだけがらんどうなのだから、誰も好き好んで見知らぬ他人とひっつこうなんて思わない。けれど自分同様金曜の夜にこんなところに来るような、奇特な奴の顔だけ見ておこう、と近づいていったところで、

「・・・すみませーん隣いいですか」
「あっどうぞ。・・・アレッ、いや他にも沢山空いてますよ」
「いやココ定位置なんで」
「あっ常連なんですか。それは失礼」

(これで「変装」とのたまったら殴ってやらァ)

その男は白いワイシャツにジーンズなんてらしくない格好をして、野暮ったい黒縁眼鏡をかけていた。たぶん変装したつもりなんだろうが、急拵えだからなのかいまいち気合が入っていない。何よりいつも思うのだが、その髪をそのままにしておくのがまずい。そんなに綺麗な黒髪なぞ探したってそうないのだから、無防備に垂れていたらそれだけで目印になってしまう。ことくらい、隣に座るコイツもわかっている筈なのに。恐らく本気で欺こうという気はないのだろう。まあこちらもそこまで職務熱心な訳ではないし。ともあれ、これでようやく先程万事屋の旦那が出て行った理由がはっきりした。

「おにーさん、映画好きなんですかィ」
「うん?いやそういう訳ではないが、見知った顔がバイトしていたのでな」
「へえ、じゃあ知らねーで入ってきたんですか、これからの上映」
「【毒薬と短剣】だろう。流石に観る気の起きんものを好き好んで観んさ。
・・・てか、こういうの好きなのか。まだ子供のくせに」
「一応大人料金で入ってきてんですけどねェ。最近観てんです。【真実の口】とか、【あの日の橋の上】とか。」
「クラシックな恋愛モノが好きなのか?見かけによらんな」
「俺ァ時代遅れなんで」

ちらり、とこちらを見る桂はその洋装のせいでいつもより年若に見える。ふっと照明が暗くなって、ガー・・・とカーテンが開く。カラカラカラ・・・と音がして、レトロな映写機がスクリーンに光を映し出した。異国の旧い町並みが映り、そこを馬車が駆けてゆく。
こんな古めかしい映画なんて、ほんとうは興味がないのだ。
最近観ている、と言って挙げたふたつと、これ、クラシックな恋愛モノと桂は言ったが、これらのどれも身分違いや立場の対立で恋を遂げられなかった悲劇の恋愛映画だということまで桂は気づいただろうか。
ヘタな変装なんてして、隣に座る桂が憎い。コイツはきっと、いや絶対に、毎日こちらがどんな思いで自分を追っているかなんて知るはずがないのだ。走るたびに軽やかに靡くこの長い髪を、余裕の表情で振り向くこの目を、可愛くない言葉ばかり紡ぐあの声と・・・。あのすらりとした白い腕が音もなく白刃を翻す様を思うともう血が沸いて仕方が無い。
最初は面倒な仕事だったのに。破天荒な性格と、綺麗な後姿を追いかけているうちに欲が沸く。吊り橋効果というのは対立者間にも生まれるのだろうか。この腕を掴みたくて、この腰を抱き留めてしまいたくて、踊るように刃を合わせたい。最近はもう桂を捕まえることが真選組を離れたって目的になっている。面白い面白くないの話ではない。もうすっかり泥沼だ。
スクリーンの中で、男と女が恋をする。これが悲劇の始まりだと知っている。
暗闇の中で桂の横顔が照らされているのをそうっと横目で覗き見る。あの無骨な黒縁眼鏡が気に入らない。勤務時間外くらい騙されてやってもいいから、そんなもの取ってしまえばいいのに。そうして今日こんなところにいるのも、自分と同じような理由だと言ってくれたら。・・・なぞと寒い考えがよぎるのは、まあ映画館マジックだと思うことにする。
悲劇の恋愛映画なんて鼻で笑ってしまうようなモノばかり最近観ているのは、それでもスクリーンの中の奴らが羨ましいからだ。片思いじゃ身分違いは悲劇にもなりやしない。それから、そいつらが結局自滅して結ばれないことに昏い愉悦を覚えるからだ。他人の不幸は蜜の味ってヤツで。
カラカラカラ・・・と遠くで映写機のまわる音がする。
結ばれない二人の明かりに照らされて、小さな映画館に桂とふたり、隣あわせで座っている。
どちらが映画なのか、どこまで映画なのか。気まぐれを起こした金曜の夜は思いがけずドラマが動いて、まるでふたつの映画を追っているようだった。そのうちひとつはC級もいいところで、じれったくってコメディにもならない。



二時間くらいそんなふうにしていたら、案の定後味の悪いカンジでストーリーは終末を迎え、エンドロールが流れてくる。ぐずっ、ぶぶっチーン!とさっきから隣がうるさいのは桂が滂沱の涙を流しているからだ。そこまで泣くか?まあさっきから小さく「松子ォォ」とか言ってるのでなんか別のストーリーを受信した可能性があるけども。
悲劇としてはありきたりだったが、まァ男女ともドン底に落ちたのでだいたい満足だ。
監督の名前が消えて、室内が段々明るくなる。ガー・・・と音を立てて、またカーテンが閉じていく。
それを遮るようにして、不意に桂が後ろを振り向いて声をあげた。

「銀時!」
「なにー」
「もう一本観せてくれ。【雨は今宵も】、親父殿のコレクションの中にあっただろう」
「はァ?今のでナンでその流れになんだよ」
「俺がそういう気分なんだ」

いつからいたのか、いつの間にやら受付業務を放棄して大向こうに陣取っていた万事屋の旦那に向かって桂は叫ぶと、まだ観終わったばかりなのにもう一本リクエストをした。
メンドクセーとかしょうがねぇなぁとかぶつぶつと旦那が零して、それでも根負けしてフィルムをセットしに出て行くと、桂は俺に向き直ってニヤリと笑う。

「大人料金払わされたぶんのサービスだ。時代遅れの童」

俺がきょとんとした顔をしたので、桂はそれを見てククッとまた笑った。
悪戯に笑うと少しだけ幼く見えるのを初めて間近で見て、悔しいながらすっかり負けた気分でいる。
ガタンガタンと映写機のまわりで音がして、また照明が落ちた。
桂が用意させたのはどんなストーリーだろう。やはりクラッシックな恋愛モノだろうか。
桂が自分にみせるというのなら、今度は立場を乗り越えたハッピーエンドがいい。という自分も寒い気がして、オレンジジュースが空になってるのを知りながらも思い切りあおってみせた。払うべくして払った大人料金、しかも結構値切ったんだけど、ということはこの際言うまい。
自分と桂の視線を攫うように、幕が開いて女が歌いだす。


《 I'm old fashioned. As long as you agree,
To stay, please stay old fashioned With me ・・・ 》










意訳:あなたがよければ、そのままオールドファッション(時代遅れ)のあなたでいてね
わたしもそうなの、一緒にオールドファッションでいて





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