「・・・・という訳でな」

腕を組んで眉を寄せる桂、頬杖をついてふてくされる銀時をテーブルの向かいに見やって、坂本は苦笑するしかなかった。ほんとうならば放置して帰ってしまいたいところだったが、どうにもそれができないのが世話焼きの彼の彼たるゆえんである。無性に桂の作る煮物が食べたくなってふらっと寄ってしまったが失敗したと坂本は心の中だけで数時間前の自分の頬を張った。
甘党の銀時は食べるだけでなく作るほうも器用にこなすほうだった。高杉はコーヒーやらハーブティーやらにこだわる質で、一家言ある旨いコーヒーを出してくれた。桂はといえば、見かけに反してあまり神経細やかなタイプでないせいか製菓や喫茶に対してあまりこだわりを見せず、けれどほっぽって作るだけの煮物の塩梅が妙に良かった。ので、坂本は気分に合わせてはぶらりと友人たちの家を訪ね、お目当てをねだってきたのである。そうして今日は桂の作る里芋とイカの煮っ転がしにありつけたらなぁと思って訪ねていった訳なのだけれど。
まあ今までの代金を払うと思うことにしよう、と坂本は昨日の残りだがといって出された切干大根の含め煮を箸でつまみあげた。

縁を結びなおしたばかりの向かいの二人はさっそく難しい顔をして、自分たちの可愛い可愛いプランツが自分以外のものに懐きまくっているのが寂しいと愚痴を零していた。
イヤ仲悪いよりはそりゃ良いほうがいいし、やっぱプランツ同士だし・・・、と、同じことをさっきからぶつぶつとやりながらいじいじとしている。これが人間の子供だったらとうに「お父さんウザい!」とそっぽ向かれるレベルである。プランツ・ドールが彼らに微笑んだのはそういう意味でも正解だったのかもしれない、と坂本は話半分で聞く頭の片隅で思った。

「まあ子育てのようなもんじゃき、子離れも必要じゃろう。良い連れ合いがおって良かろうが」
「イヤッぎんときは離れたりなんてしない!俺のおよめさんになるって言ったもん」
「アイツ喋んねーだろバカ。それを言うならウチの小太郎だってなァ、大きくなったら俺とけっこんするって言った」
「あれも喋らんわ馬鹿。そんな・・・ぎんときが結婚、なんて・・・。
夕食のあと妙に神妙な面持ちでちらちらとこっちを見るぎんとき・・・俺がそれに気づくと照れた笑いをしながら正座なんてしだして、『桂さん、実は俺・・・紹介したい人が』『な、なんだとぎんとき・・・!お前まさか、け、結婚・・・』『・・・あなたが俺を連れてきてくれてから、あなた以上に大事な人なんていなかった。でも・・・、やっと気づいたんです。あなたと同じくらい、守りたいって、思える・・・大切なひとに』『ぎんとき・・・』『桂さん、俺・・・、小太郎と結婚、しようと思うんです』話しているあいだじゅう、ぎんときは静かに俺を見つめていた。けれども最後に言葉を紡いだときふと優しげに細められた瞳は、俺ではなくぎんときの愛するものを映していた・・・。『いままで、お世話に」「やめてくれる妄想でもウチの小太郎とケッコンとかやめてくれる」

妄想の中の桂のプランツはすっかり立派な青年に成長しているようで、昔ながらの日本家屋に和服で寛ぐ桂にお茶を持ってきてくれがてら将来の伴侶に会ってくれと切り出すらしい。大学で桂と出会ってからこの唐突な長編妄想タイムにも随分慣れたが、一応聞くだけ聞いてからツッコミを入れる銀時は見た目より優しい奴だとこれをきっかけに銀時の印象を改めたのを、坂本は今でもよく憶えている。
思えばあの時から、この二人はなんだか妙に恥ずかしいと思っていたけれど。

「まあおんしらもあんなもんじゃ、なるべくしてなったと思ってやっとうせ」
「「は?」」
「何じゃー気づいちょらんだか。おんしらもあんなもんじゃ」
「イヤイヤ何言ってんの・・・ねーよ」
「うむ。大体俺たちが熱く見つめあったり手をとったりしてたらかなりキモいぞ」

即座に否定に入る二人に今度こそ苦笑した。
この舌ばかりやたら回りの良い二人が毎日怒涛の漫才喧嘩をするのに、今この二人から言葉を一切排除したらどうなるのだろうと坂本は考えたことがある。そうすると行動は相変わらずだろうが、前提にする掛け合いができなくなる。二人にとって一番大事な、「相手の気をひく」ことができなくなる。すると常に相手に触れていてタイミングを計ろうとするか、相手が何を見ているか注意を払うか、恐らくそういった形で表れてくるだろう。この二人のことだから若干暴力的な仕草になると思うが、やっていることは彼らの気にするプランツたちとそう変わらないものになるのじゃないか。とにかく相手を気にかけたがる二人は言葉こそ乱暴だが見ていて妙に恥ずかしく、その理由をこう結論づけたあたりから坂本はこの二人の関係に気づき始めたものだった。

「子は親の鏡と言うちゃろう、あん子らぁおんしらを見ちゅうよ。アイコンタクトする仕草なんかソックリじゃ」
「「いやあんなに恥ずかしくない」」
「アッハッハー・・・・帰っていい?」

今更ながらこの二人と20年近く幼馴染をやってきた高杉は結構できた子だったと思う。この二人のことになると時々呆れきった目をするもう一人の青年のことを思い出して坂本は心の中でエールを送った。大げさなと思ったこともあったがとんでもない、坂本第一級のがんばってるで賞を捧げたい。
お前らもあんなもんだ、と言われた二人は改めて戯れる二対のプランツを見ている。ばたんばたんとさっきから走り回っていた小太郎の髪がいつの間にか解け、ぎんときが結ってやっていた。小さな手でさらさらと流れる小太郎の髪はなかなか上手にまとまらず、ぎんときが苦戦している。それを小太郎が少し気遣わしげにちらちらと見上げていて、そのたびにぎんときは視線を小太郎に遣る。そうして心配しなくてもいい、と言いたげに小太郎の頭を正面に戻す。
似ている、と言われて見てみると思い当たる記憶があったのか、最初に絶句して目を逸らしたのは銀時のほうだった。桂は難しそうにムッツリと動くことなく、けれど隠しきれない耳が真っ赤に染まっている。あれだけ騒いでいたのが嘘のように、今はすっかり静かだ。
それを見た坂本は本日はじめて溜飲の下がる思いがした。確かに料理のぶんと思って聞くつもりではあったけれど、自分だけこんなに疲れるのは割に合わない。友人のノロケ話、しかも本人にはその自覚のないソレは、本来とてもうっとおしいものである。

「・・・・・・・・・イヤイヤイヤ」
「・・・・・・・・・・・・・・うん、いや・・・イヤイヤ」

けれどこうして顔を赤青させながら動揺する友人たちは見ていて愉快である。まあいいか、と坂本は思って、膝の上で震える仕事催促の電話に気づかぬフリをした。任せておくとどんどん仕事を持ってくる有能な彼のパートナーには今日も休日という文字は無い。
たぶんこれから数日くらいは、他人目に恥ずかしいと思われている、ことに恥ずかしくなって、不自然にぎくしゃくする二人が見れるだろう。極端なほど距離を置いて、どうせ長くは続かないだろうけど。その様子を想像するとおもちゃの兵隊の動きのようで面白く、どちらが人形だかと可笑しくなった。
傾きだした西日を浴びて、ぎんときはまだ一生懸命に束ねた髪を結っている。
こんな二人がいつかもいたのだろうか。今となっては彼らの記憶の中にしかいない幼い恋、目の前のプランツたちを見ているとなんだか二人の共有してきた記憶というのが羨ましく思えてくる。
ひねった背を戻したらテーブルの向こうには顔を赤くして頭を抱え込んだ大きな二人がいるはずで、微笑ましいような愚かしいような、とにかくなんだか可笑しかった。きっと舞台の上のピエロはこんな気持ちで笑っている。

小さなふたつの影は大きく伸びて、大小ふたつの影が同じように大事そうに髪を結う。坂本はそれをやっと劇場の観客になれたような気分で、長い息を吐いてしばらくの間見つめていた。









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