「あ・・・あのさァ小太郎、俺ちょっとこれからヅラんトコ行くけど・・・」

土曜の昼、引越した幼馴染の家にさっそく上がりこむつもりの銀時は、絵本を読んでいるプランツ・ドールに泳いだ視線を送った。彼の溺愛してやまないプランツ・ドール―――小太郎はお気に入りの絵本を熱心に眺めている。きらきらと輝く色付き銀紙の金魚がいっぱいに泳ぐページを、窓から差し込む陽の光でいっそうきらきらさせては、絵本を傾けて光の弾けるのを楽しんでいるようだった。
しかしそんなにうっとりと綺麗な絵本を眺めていたのに、銀時の無粋な一言がかかるとぱたんと一切の未練なく絵本を閉じて、銀時の足に飛びついた。ばっ、と顔を上げて銀時を見上げる視線は絵本の金魚に負けず劣らずきらきらとして、一緒に行くのだと訴えかけている。

「あーウン・・・一緒に行こーね、一緒に」

心蕩けるようなその仕草も、けれど今銀時にとってはちょっと複雑な心持を引き起こすのだった。



【ワルツ・フォー・パペット】



正直一生借金地獄を覚悟した銀時は、思いがけないところで逆転一括払いを成し遂げた。というか、桂が払ってくれた。
いつぞや高杉に泣かされたぎんときがぼろぼろと零した涙は、紅いガラス球のようになって部屋の中に散らばった。涙がガラスになるとは不思議なこともあるものだと、桂はそれを大事にしまっておいたのである。再会し、わだかまりの解けた二人はすぐに松陽のもとへ行き、この驚くべき偶然を話して聞かせたのだったが、その時桂はふとそれを思い出して、あれはどういうものかと聞いてみた。高杉が桂を詰るのに腹を立てて泣いた、というのを松陽はくっくっと笑って聞いていて、「それは宝石商にみてもらいなさい。おもしろいから」と、完成したばかりの小さな高杉を膝に乗せて言った。
実際おもしろかった。「鑑定して、よければ買い取ってほしい」と桂が言うのを宝石商は目を丸くして、なんでこんなガキが、という顔をした。その後盗品じゃないかとか疑われ随分失礼な思いもしたが、買取が決まって契約書にサインをするとき、桂はやっとコトの重大さに気がついた。市場で本体よりも高値で売買されるプランツ・ドールの涙は、多大なローンを抱える銀時を救ってあまりあるものだったのである。
嘘のような話だが、とにかく晴れてバイト地獄から解放された銀時は、休みの日をのんびりと恋人や可愛いプランツと過ごす生活を手に入れることが出来たのだった。
だが。

「よーヅラ、今日メシ何作ってんの?」
「おい銀時、ぴんぽんを鳴らせといつも言ってるだろう。行儀の悪い」

玄関を開けたらじゅうじゅうといい音と匂いが漂ってきたので、条件反射で鳴る腹を小太郎に笑われる。
小さな手をしっかりと繋いで、小さな歩幅に合わせてゆっくり歩いてここまで来た。小太郎と一緒にゆっくりゆっくり歩く世界は銀時にとっても新鮮で、田んぼの端で雪に埋もれながらふきのとうが出ていること、野良猫だと思っていた近所のブチが実は飼い猫だったことを知った。そういえば散歩なんて小太郎が来てから、それも怒涛のバイト地獄から解放されてからだと銀時は気づいて、あれはこれはと道ゆくものいっぱいを指さしてはしゃぐ小太郎に目を細めた。

「ん、小太郎、おニューの帽子だな。銀時に買ってもらったのか?よく似合っているぞ」

玄関を開けるとすぐ台所、という1Kアパートお決まりの間取りで、玄関を開けた小太郎は勢いよくフライパンをまわす桂の足に飛びついた。いきなり足に飛び込んできた大きな弾丸に桂は少しよろめいて、それでも顔を上げた小太郎の頭を帽子越しに優しく撫でてやっている。最近買った白い帽子は小太郎のお気に入りで、女の子用のものだということなど気にもしないで外に出ると天気に関係なくかぶりたがった。
お気に入りの帽子を褒めてもらった小太郎は照れくさそうに帽子を両手でととのえる。と、銀時たちの訪ないに気づいたのか、ぎんときが頭の高さほどあるドアノブを慣れない仕草で開けてきた。

「ぎんとき、小太郎が・・・」

桂の言葉の終わらぬうちに、小太郎を見つけたぎんときはダッシュをかけて抱きついた。その勢いで小太郎の帽子が落ちたのに、ぱっと顔を輝かせた小太郎はぎんときに抱きつきかえし、そのまま二人で仔犬がじゃれあうようにリビングに転げていった。お気に入りをそこに残したままで。

「「・・・・・・」」

銀時は落ちた帽子を拾い、じーっとそれを眺めている。のを、桂はちらっと見てため息をつき、二人ぶんのチャーハンとわかめスープを皿に盛った。

「・・・・・銀時、食事にするか」
「・・・・・・ウン」



***


桂が手早く暖めたミルクを、ぎんときと小太郎は肩を並べて仲良く飲んでいる。いつもは主人と話をするようにゆっくりゆっくり飲むのだったが、二対でいると早く遊びたくてたまらないらしく、ぐーっと飲み干してしまってお互い食事の終わったのを確認すると、またころころと転がりだした。

「・・・・あんな頃もあったな、銀時」
「・・・・・・・・・・・そうだっけ」

銀時と桂は机越しに、こちらも椅子を並べて二対の様子を眺めつつチャーハンを口に運ぶ。
お互いなんとなく釈然としない気分でいるのは、何を隠そうプランツ二対の仲睦まじさである。先日店で二人の再会、そして二対の初対面を果たしてからこっち、ぎんときと小太郎はすごく、それはもうものすんごく仲が良いのである。何をするにも見つめあって、手をとりあって、再会して復縁したカップルはどっちだったっけ?と人間のほうが首を傾げるほどに。

「・・・お気に入りでぜーったい落とさなかったのにさァ」
「俺だってな、ぎんときが俺をスルーするなんてなかったんだぞ」
「今日だってよォ、ヅラんトコ行くっつったらもー足から離れなくて!」
「ヅラじゃない桂だ!こっちも似たようなものだ、いつ来るかと朝からソワソワソワソワ」
「何でだァァ小太郎ォオオオマエのスイートハニーは俺だったじゃんんんんん!!」
「銀時米を飛ばすな。俺だってな、俺だってな!なんでだぎんときィィィあんなに一緒だったのに!!」
「オメーもワカメ飛ばすんじゃねーよ」

だんっ!と大の大人ふたりがわめきだすのに名前を叫ばれたぎんときと小太郎はぴくっと敏感に反応した。ぎゅっと繋いでいた手をぱっと離して、二対はとととっと音をさせてぱふんと膝に顔を埋めると、「なに、なにかした?」とまるで叱られた仔犬のような顔で桂と銀時を見あげてくる。
その顔を向けられて焦ったのは主人たちのほうで、「怒ってるんじゃない、怒ってるんじゃ、」と慌ててぎんときと小太郎を膝に乗せてぽんぽんと抱いてやる羽目になる。と、だんだんそうしている二人のほうも落ちついてきて、ぎゅっと抱きついてくるプランツたちの小さなにぎりこぶしにホッとした。

「・・・・ぎんときィィィ」
「小太郎ォォォォ」

それでも寂しいんだよおおおおうおう、と暑苦しくぎゅうぎゅうとプランツを抱きしめるのにやっとプランツたちは合点がいった、というような顔をして、隣同士の膝の上、首だけまわしてお互いちらっと目配せをすると、さも可笑しそうにくすくすと笑い出した。
そうしてくすくすくすと笑い続けるプランツたちのその理由を、二人はすぐに知ることになる。




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