※一部本誌ネタ有り、コミックス派の方ご注意



『移転しました。これからもどうぞ宜しくご贔屓に
 ××−×××−××××

 ――――蕎麦屋カツーラ』





【虹を映すもシャボンに消すも】


「・・・何コレ?」
「幕府の狗どもに嗅ぎつけられたのでな、引越しだ。あ、ソレ新しい電話番号だから」

まだ浮かれるには少し早い冷たい春先の午後。季節外れの水ヨーカンを手土産に桂が万事屋を訪れた。
昼間は電気を点けない室内は少しうす暗い。何だ辛気臭い、リーダーと新八くんはどうした、と桂は言って、水ヨーカンと名刺サイズの紙切れを俺に手渡すと、茶を汲みに台所へ入っていった。

「電話番号はいーけどよォ、オマエいつ蕎麦屋に転向したよ」
「うむ。今まではこうした紙も燃やしてもらっていたが、最初からカムフラージュしておけばそういう手間もかけさせんで済むかと思ってな」
「いやバレバレだろコレ。てかオメー相手の手間考えるなんて気遣いできたっけ」
「手土産持って訪れた客人に茶も出さん貴様が気遣いとか言うな」

ひと仕事終えてごろごろしていた室内にテレビの賑やかさは無い。カチャカチャと暫く台所で桂が立ち回る音だけが響いていたかと思えば、コンっ、と頭の上を通すようにして机に茶が置かれた。寝そべったままぺりぺりと水ヨーカンの包みをはがしていた俺の向かいに桂は腰かけて、ソレな、先日越前の同士が寄越してくれて、と既にのんびり世間話を始めている。

「まァどーでもいいけどよ。それにしてもこの名刺オソマツだろ、蕎麦屋が移転したってのに地図も載せねーのか」
「あっそうか。・・・出前一本ってことでどうだろう」
「じゃそー書いとけよ。ウチにゃ時々おまわりさんも押しかけてくンだからさァ、バレても知らねーぞ」

包みのセロファンと共に付き返した紙きれを、桂はどこからかマジックを持ってきて「出前一本!」と書いている。燃やさせたほうが確実なのに、どこか楽しそうにそうする桂の様子を眺めながら、俺はまた厄介なモン抱えてきたよコイツと小さく息を吐いた。
桂がそうする理由を知っている。かもしれない。
江戸中に指名手配写真を貼られるお訊ね者は、ときどき町にマーキングを残していく。例えば路地裏の古いボロ屋の影や、電柱の裏なんか。暗号のような象形文字のときもあれば、ご丁寧に日付と言付けが書かれることもある。勿論仲間うちに向けたメッセージで、時には自分と判るモチーフを置いてそこにいたことを知らせることもあった。そういうときは大体何時間前・何日前にソイツが其処にいたかわかるようなもので、たとえば少し前の時期なら雪だるまとか、あとは外で汚れやすい手ぬぐいなんかだ。
桂たちの使う暗号は昔の仲間も集まりやすいようになのかいくさの頃のものと変わらない。だから俺も見ればだいたいわかる、のだが、最近新しい暗号もちらちら増えているらしくて読めないこともある。以前ひとつ聞いたら「あああれはな、『ここの蕎麦屋超オススメ!』だ」とかいうので殴ってやった。

ところでそれについてこの間、町をぶらりと歩いたら、真っ赤な夕日に全身染まって壁の前に立ち尽くす少年を見つけた。
見知った顔だった。裏路地に続く一角の、ボロい一軒家の壁の前に突っ立って、触ったら刺さるんじゃないかと思うほどささくれだった木造の柱を人差し指でなぞっている。何かを思い出すような、どこかに思いを遣るような、少し遠い目をして。
アレ、沖田?なんだかんだと何故だか結構懐いてくる真選組のドS王子だ。・・・よな?
思わず疑問系になるのは、声を掛けたらびくんと跳ねて振り向いたその顔が「らしく」なかったからだ。目立つ隊服を着ていてさえ、アレッ人違い?とか思ったほどだ。小さく唇を開いて、見開いた瞳は何かを期待するような、まあつまり随分な人待ち顔をしていたので。
コレってアレなんじゃないの、もしかしてアレなんじゃないの、とニヤニヤして近づいて行ったのだ。

『ナニ総一郎くん、待ち合わせ?カノジョ?カノジョかコノヤロー』
『あァ旦那。別にそんなんじゃねーです』
『エッ片思い?イヤーどうかなァバレてんじゃないの、そんな顔して待ってちゃバレバレなんじゃないの』
『だから待ってねーです。顔も滅多に見ねェんで』
『あーアレか、道ならぬ恋的な・・・。イヤ俺は身分違いも不倫もアリだと思ってっけどね』
『旦那ァ爛れてそーですもんねェ。不倫じゃねーですけどまァそんなモンです』
『イキナリ危ない橋渡るね総一郎くん。そんで今から久しぶりに会うワケだ?燃え上がる束の間の逢瀬ってワケだ羨ましーハナシじゃねぇかオイ』
『だから待ってねェっつってんでしょうが』

沖田は一度つっと指先で壁を辿ると一丁前に焦がれた男の顔をして、少し不機嫌な目つきで俺を睨んでそのままふらりと横を抜けて去って行った。

『会ったら終めーですからねェ。・・・こっちァただ辿るだけでさァ』



それ以上何を言うこともなく、また何かを言わせることもなく黒い背中は俺の後ろに消えていった。
少し寂しげに夕闇に溶けたその声音もまたらしくなく、しかも言ってることが意味不明だ。会ったら終めーってナニ、あのコ好きな子は殺したくなっちゃうとかそういうのなの。青春をさまよう獣なの。
ふと沖田の辿った指を思い出して、壁のラクガキを見にいく。と、見覚えのある文字で、


「肉球→→→」


と細路地に向かって書かれていたので、ああ確かにこりゃ終めーだ、とニヤニヤ笑いが引き攣った。







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