マイファニー・ヴァレンタインデイの、ホワイトデー。


p.m2:00

「クソッ、今日はどーもダメだな・・・オイちょっと銀さん、なんかいつも以上に深刻そうだけどどうしたの」
「イヤ別に・・・あのさ長谷川さん、今日ヅラに会ったら俺がパチンコでスッたこと絶対ェ言わないでくんない、300円あげるから」
「ヅラっちに?そりゃ別に構わねーが」
「ワリーね。じゃァ俺今日はこのへんで」
「エッもう?・・・・なんでパチンコ屋の袋だけ貰ってんだあのヒト」

p.m2:15

「あら銀さん、お買い物ですか」
「エッあっウンまあ、まあね。・・・あのさお妙、今日ヅラ見なかった?」
「桂さん?いいえ今日は一度も。ああそれでその袋いっぱいのんまい棒」
「アーアーアー今お前は何も見てない、見てないってことで!!なっんまい棒一本やるから!」
「銀さん、今日ホワイトデーだって知ってました?」
「もう一本やるから」



こんな筈じゃなかった。

何の気無しにふらっとパチンコ屋に寄って、換金の余りで貰ってきた駄菓子がんまい棒だった。
別に甘くない駄菓子に興味も無いし、たまたま道端で会ったんまい棒好きの幼馴染に押し付けた。
ホワイトデー?ああナニ今日だったの。全然気づかなかった、ついでだよついで。たまたま。

そんなカンジでいこうと思っていたのに。何の気なしに入った筈のパチンコでは負け続け、とりあえず袋だけ貰ってきてコンビニで買ってきたんまい棒を詰めるという不審行動。そのすえ目撃者を買収、という不自然丸出しの現状に涙が出そうだ。
たまたま、というのがこの計画のキーワードと言ってもいい。「たまたま」んまい棒貰ったから、という口実は翻って自分にも洗脳作用があるワケだ。こんなの普段どおりだ、と言い聞かせることができるワケだ。
甘酸っぱい恥ずかしさを感じずにホワイトデーができるワケだ。

「アラ銀さん、おひとり?食べてく?」
「オバちゃん小豆餅一皿。あとさァ、あのー・・・髪長い男見なかった?なんか白いでかいオバケみたいのと一緒にいる」
「ああ時々連れてくる人ね?さぁー今日は見てないわ。見かけたら声かけときましょっか?」
「ああーイヤイヤいい、そーゆーのはいいから!聞かなかったことにしてんまい棒付けるから!!」
「?そう?」

おまけにここまで自身への言い訳をブチ壊しにしてまで「パチンコ帰りに駄菓子持ってる」ところを演出したにも関わらず、さっきからかぶき町周辺に桂の影が欠片も無い。いつもなら攘夷だバイトだペットの散歩だといってどこかしらフラフラしてるクセに。キャバクラの呼び込みだの、かぶきワンコだの、桂のバイトは大体把握していたが、今日はそのどれもしていないようだった。
おかげで道行く知り合いにこうして声をかけては桂がいそうな通りをぶらぶらと歩いている。なんかもう自然不自然っていうか俺超カッコわるい。

「チックショ、こんな筈じゃ・・・ヅラのヤロードコ行きやがった」
「旦那、人探しですかィ」
「ん?あー総一郎くんかァ。ヅ・・・ああいや、ナニ総一郎くん、サボり?」
「これでも巡察中でさァ。テロリストが暢気に街中ウロウロしやがるんで」
「そりゃおつとめごくろーさん。町ン中静かだから職務放棄かと思っちゃったよ」
「江戸中走り回ってるおまわりさんにひでーこと言いやがる。今日は少なくとも江戸の北にはいねーみてーです」
「・・・へー、じゃァ今日は北に避難するかね。そんじゃ」
「旦那」

「・・・・・・・・カツアゲうまいね総一郎くん」
「それはアンタに後ろぐれートコがあるからです」

すれ違いざま、ちょいちょい、と指を遣られて、んまい棒を一本持っていかれた。
さっきから口止め料に使ったりなんだりして、袋の中のんまい棒は随分かさが減っている。
このまま桂が見つからなければこんな駄菓子なんて持っていても仕方が無いし、それは別に構わないが。んまい棒を人に渡して桂の行方を尋ねるたび、なんだか虚しい気分になっている。
バレンタインとくらべて、ホワイトデーってのはどうにもパッとしないモンだ。「お返し」をしなきゃならない男のプレッシャーとかそんなもんが頼むからそっとしといてくれ、と無言の主張をしているイベントだ。
桂は、何か物を渡してきたワケではないので、お返し、というのも何をすればいいかわからない。まあ「お返し」、とか言って夜のアレソレに持ち込むことはできる、というかするつもりだけども。
けれどこうしてカッコ悪い言い訳作って歩き回る必要なんて無い筈だ。それをこうまで探し回ってしまうのは、桂がバレンタインに自分を訪ねてきたのが嬉しかったからだ。
「今更」だった「バレンタイン」を、「はじめて」桂と過ごせて嬉しかった。嬉しかったんだよ悪いか。


「おう銀の字。どうしたンな辛気臭ェツラして」
「源外のジーさん。いや別に・・・あのさ、ヅラ見てねぇ?」
「ぁあ?イヤ見てねぇよ」
「ならイイわ。悪ィ今の忘れて、んまい棒あげるから」
「忘れるも何も最近めっきり覚えが悪くてよぉ、安心しな」
「イヤそれそろそろヤベーんじゃねェのジーさん」

暮れ六つの鐘がごぉんと鳴った。
春先の空はもう随分日が長くなったが、だからといってもう動き回ろうという気にはなれない。遠くに菫色を待つ霞んだ朱鷺色の空を見上げて、はぁと一息ついたら思っていた以上に疲れた風情が出た。
こうなったら一度桂の隠れ家を覗いて、いなけりゃもう帰って寝よう。ホワイトデー?つかまらねー奴が悪ィんだよバカ。
のろのろと桂の今棲む長屋を覗きに行ったが、案の定留守だった。あーもーナシな、ホワイトデー中止のお知らせ。チクショーマジ一日損した。こんなんなら恥ずかしいからって変な小細工なんてしないで、最初っから電話でもして捕まえとくんだった。
帰って寝よ、と踵を返したところで、

「うおっ」
『桂さんに御用ですか?』
「え、あ、ウン・・・、ヅラは?」
『先程街に出ていきました。お急ぎですか?』
「マジでか。あーイヤいいわ・・・コレ渡しといて」

ぬっ、と戸口に立っていたペンギンおばけの頭とキスしそうになって慌てて避けた。
さっき街に出たって、何だそりゃ。空気読めあのバカ。
たぶん桂は俺の後を辿るように街を歩いていた筈だ。どっかでちょっと待ってりゃ容易に鉢合わせたかもしれない、と思うとますます虚しい。
なんかもう全てが投げやりになって、スカスカになった紙袋を押し付けて長屋を後にした。


「あ、銀さんお帰りなさい。桂さん来てますよ」
「は?」
「む、銀時か。おじゃましてます」
「ナニやってんだオメーはァアア!!!」

ずしゃめこっ!!

「ナニをする貴様ァァ!お友達にいきなりクロスカウンターかけちゃいけませんってお母さん教えたでしょ!!」
「ウルセェエ!!オメーの所為で俺が今日一日どんだけ疲れたと思ってンだコノヤロー」
「俺の所為?何のことだ、俺はお前が探しているというからここで待っていたというのに」
「エッ?」
「何だ、違うのか?歩くと町じゅう声をかけられたぞ、お前が俺を探していると」
「・・・エッ?」

あとなんか必ずんまい棒が付いてきた、と言って桂は「町じゅうの人から」貰ったんまい棒をかさかさと袂から出してきた。真選組の小童が投げてきたのはなんか爆発した、と言ってぶつぶつ文句を言いながら、長谷川さんと、お妙殿と・・・と、まるで効果の無かった口止めの結果をバラしてくれる。
袂からよくもこんなにと思うほど出てくるんまい棒は、全部合わせるとちょうどさっきオバQに渡してきたパチンコ屋の袋に収まるくらいだ。

「すごい皆にニコニコされたぞ。生暖かい視線っていうか」

真選組以外は、と言い置いて、桂は目を細めた。嬉しかったな、ほうぼうから声をかけられて、銀さんが、と皆が言うのだ。俺を知らないご婦人や亭主まで、そこの人、さっき銀さんが、とな。この町でもお前と繋がっていられることを、町の人々が教えてくれたようで、嬉しかったな。
桂がまるで幸せな夢を見たのを教えるように言うので、俺は随分悲しくなったが、それでも少し救われた。
俺とコイツが繋がっているなんて、そんな当たり前のことを喜ばせたのはいつかの俺の所為に相違ない。でも今日桂は嬉しいと口にした。
嬉しいと思ってくれたか。俺が先月思ったように。だったらこのカッコ悪い一日も上々だ。

フーンそう、とそっけなく返事をするのに、桂は一本んまい棒を取り出して、ちらりと指先で弄んだ。
そして幸せそうな微笑みを少しニヤリと意地の悪いものに変えて、言った。

そうだそれとな、このんまい棒をくれる時に皆言うのだ、これ内緒って言われたんだけど、って、と。

「銀時」
「あンだよ」

「・・・・・・・カワイイ奴め」
「テメーいっぺん死ねェェエ!!!」






【麗しのブロードウェイ】





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