甘い 甘い 恋のチョコレート
 あなたにあげてみても 目立ちはしないから
 私ちょっと最後の手段で決めちゃう


 バレンタインデー・キッス!



【マイファニー・ヴァレンタインデイ】


そわそわしながら出た先で、オバちゃんにチョコもらったりいつもの女性陣に巻き込まれたりしながら銀時の2月14日の昼は賑やかに過ぎた。
そっけなく、冗談めかして、にっこり笑って、それぞれ渡されたチョコレートを袂に入れて。志村家で大勢散々騒いでから、寝落ちした神楽を任せて、今銀時は上機嫌で星空の下を歩いている。
顔なじみの女性たちから貰うチョコレートに恋愛のときめきを期待することはなかったが、やはりこんな日に好意を示されるのは男として満更悪い気はしない。たとえ義理チョコでも嬉しいものだ。
袂に入れた小さな箱が歩くたび揺れるのに満足して、口笛なぞ吹きながら銀時は万事屋の古い階段を登り、


(・・・スタンバってる・・・)


玄関に膝を抱えて丸くなる影を見つけた。
影は白い肌をして、寒いのかじっとうずくまっている。足音に気づくと銀時を恨めしげに見上げた。
息を詰まらせる。どうしたものかと一瞬考え、何も言わないまま影の隣に立つ。
そして鍵をかちゃかちゃと開けると、何も見なかったことにしてガラリと扉を閉めた。

「銀時ィィイ!スルーとはどういうことだ開けんか貴様ァ!」

ばんばん!

「俺の二時間のスタンバイを無碍にする気かァア!!てゆーか開けてよ寒いじゃん!」

ばんばんばん!

「銀時!いい加減開けてくれんとここで歌うぞ!世のカップルたちがチョコイベントを終えそろそろチョメにさしかかろうとしているこの時間帯に俺が大音量でバレンタインデー・チッスを歌うぞォォオオオ!!」

ばんばんばんばん!

喚く影―――桂の声にあーあーあー、と指で耳栓をして、銀時は部屋の電気を付け、冷え切った居間にストーブを点けた。お登勢が買い換える時にもらってきた古いストーブはボボボ、と頼りない音を上げて惜しむように炎を見せる。袂に残った上機嫌の残骸を冷蔵庫に仕舞いこむまでしたところで、銀時は俄かに外が静かになったのに気がついた。
アォーン、と遠くで野良犬が鳴く。

「・・・はー特別スペシャッ☆デー、一年一度のちゃんっすー、オーだーりんッ」

炬燵を点けて布団を敷いたらぼそぼそと桂が歌っているのが銀時の耳に届いた。パチ・・・パチ・・・と時折手拍子も入っている。
まあ静かにしてんならいいや、と思い銀時はそのまま放っておくことにした。が、歌っている桂のほうは段々気分がノッてきたようで、サビに近づくにつれ声が大きくなってくる。

「バレンタインデー・キーィッス♪バレンタインデー・キーィッス!フゥ!
リボンを〜かk「ウルセェェエエエエエ!!!」

ぐわっしゃあああん!!
宣言通りに大音量になった桂のひとりカラオケに銀時の扉越しのとび蹴りが決まる。
扉を突き抜けた桂の頭をもう一度スパンとはたいて、銀時はやっと少し温まった部屋に桂を引きずり込んだ。ひっつかんだ襟元は雪女を連れ込んだかと思うほど冷たく、二時間待ってたというのが嘘ではないことを物語っている。

「・・・んで?指名手配犯がよく二時間もへばりついてられたな」
「フフン芋侍どもなぞにそうそう見つかる俺ではないわ」

室内に入ったと見るやいなや、するりと桂は炬燵に滑り込み動かぬオブジェと化した。
じわじわとまだ温度の上がりきらない炬燵に両足を擦りつけ、両手を毛布に潜りこませて揉みあわせている。こんなにしてまで来る用事でもあったのか。茶も出さない銀時の怪訝な視線に桂は気づくと、顔だけ銀時に向けてふふんと笑った。

「今日はバレンタインデーだからな」
「ナニ、銀さんにチョコでも渡しに来たってか?」
「ああ。今日街を歩いていたら女子らが騒いでおってな、売り場も大混雑で」
「え、」

冗談を言ったつもりだったのが肯定のようなものを返されて、銀時は焦った。
確かに銀時も桂もイベント事は楽しむ質である。毎年この日を銀時はそわそわと過ごすのだった。
しかしそれはあくまで世間的なイベント、ということで、もう長年添ったこの男を相手に今更バレンもタインもないのである。甘やかな恋人同士をすっ飛ばして熟年夫婦になったようなものだったから、この「男と女の甘酸っぱいイベント」と自分たちが結びつく気がしない、と銀時は思っていた。そして毎年何事もなく過ぎていたから、桂もそうだと思っていたが。

「真剣にチョコを選ぶ女子らを見ていたら、こういう時に顔を思い浮かべる相手がいるというのは幸せなことだと思ってな」
「・・・・・で、チョコ買ってずっと待ってたの」
「いや、そう思ったら満足して帰ってきちゃった」
「ナニしに来たんだオメーはァァアアア!!!」

ごっ!
銀時の手がわしっと桂の頭を掴んで炬燵机にたたきつける。
額からいった桂がしゅうしゅうと沈んでいるのを見下ろして、銀時はため息をついた。少しでも世間並みの期待をした自分が馬鹿だった。いや今更チョコが欲しいとかいう訳ではないけれど。

(今更、っつっても一度も無かったなそーいや)

銀時はやっとぶつぶつ文句を言いながら頭を上げる長年の添い合いを見た。
思い返せばお互いそういった意味で気にしだして身体の関係を持った思春期。余裕無くがっついて「甘酸っぱいイベント」どころではなかった。そうこうしていたら攘夷戦争でまたイベントとは縁遠になったし、終わって再会してみたらこう、ほら、・・・イイトシした大人が、感。

「だから、それで思い出したらお前の顔が見たくなっただけだ。チョコレートはいいだろう、俺はそれ以上貴様の糖尿に加担はできん」
「わかってねーな。こーゆーモンは気持ちが大事なんだよキモチが」

会いたくなったと言われて小さく跳ねる心臓を銀時は押し殺した。
欲しいのは桂からのチョコではなく自分への恋心なのだと、今頃になって言ったら桂は目を丸くするだろう。
だから寒空の下桂が銀時の帰りを待っていたのも、桂が頬を染めて恋をする少女たちに自分を重ねて銀時を思い浮かべたのも、本当はそれだけで一日浮かれていられるほど嬉しくて、







「・・・で、世のカップルたちがそろそろチョメにさしかかろーとしてるこの時間帯に、オメーは大音量でナニを歌ってたって?」




チョコも甘いセリフも無いけれど、気持ちが大事だとさっきも言った。
桂が膝を抱えて二時間スタンバることで伝えてきた気持ちはありがたく受け取っておきたい。
銀時は先程よりはいくぶん優しく桂の頭に手を回すと、指先で髪の感触を楽しみながら慣れたその唇に自分の同じそれを重ねた。















「・・・で、リボンは?」
「調子に乗るな。貴様が歌わせなかったんだろう」
「ちょ、やめてくれるそーゆー変な拗ね方すんの・・・」


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