「ナニしてんの、ンな寒ィトコで」
「銀時か」

陣としているボロ屋の縁側に桂が腰掛けている。
古い写真に一筋墨をひいたような、静かな姿をしていた。藍の着物に墨染の陣羽織を掛け、流れる黒髪をゆるりと結っている。常々鶴のようだと思う白い首筋がその合間から見えて、寒くないのかなと思う。つるりとした冷たい板張りの廊下を歩く素足が先程からじんじん痛むようなので、余計にそう感じられるのかもしれない。

「こう積もると雪とは明るいものだと思ってな」

銀時か、といらえておきながら、桂はちらともこちらを見ようとしなかった。
じっと庭の向こうの黒々とした山を見据え、時々ふっ、と顔を仰向ける。瞬きさえせずにそれをするのに、ああまた何か始めたな、と知る前から呆れた。
ぎしっ、と、上げた裸足に廊下が鳴いた。

「陽がある訳でもないのに、先程からそこの木やら向こうの山で影送りができるのだ」

このところ、朝方から障子の向こうが明るいことは知っていた。
晴れているのかと障子を開けると鼠が駆け回ったような曇天で、裏切られたような気持ちになるのだ。
新雪はどこまでも白い。露草色の色つき眼鏡をかけたと思うほど薄青に滲んだ空気の中で、遠目に雪洞の灯かりを見るようだった。
こうして陽が注さないようでも下が一面このようなので、明るい、という桂の言はよくわかる。

「だからって何でそんなレトロな遊びしてんの?幼児退行?ついにボケたか」

「知らぬか銀時、影送りとは影をガン見し空に映すという目と精神の忍耐力を試される高度な遊びだ。幼児やボケ老人にはとてもできるものではないぞ」

桂は一度灰色の空を仰ぎ見て、おお、だか、ああ、だか気の抜けた声をあげた。
雪は周りの音をよく音を吸うというが成る程、常ならば聞こえもしないだろう小さな感嘆はこの耳をよく擽り、桂が首をかしいだ時には長い髪が衣文をすべって、ざり、と音がした。
いつからこうしているのか。いつまでこうしているのか。相変わらず振り向きもしない桂は風景の一部になっていて、今手をとったら随分冷たいことが知れるんだろう。
暫くだらしなく口をぽかりと開けて空を眺めていた桂が、そこでやっとこちらに視線を向ける。
そうして外から戻ったばかりの己の白い陣羽織を目に留めると、ふふと笑った。

「白い髪に肌に、装束とは。お前で影送りはできそうにないな」

ほらソコに立ってみるか。周りと見分けがつくまいよ。
失礼な台詞とともに桂は顎をしゃくって白い庭を指さした。先程はじっとしていたので判らなかったが、いま桂は随分上機嫌のようだ。お前じゃだめだ、とてもできん、と何がそこまで楽しいのか、珍しく可笑しげな口調でころころと笑う。
どさりと音がして、庭の隅で重荷を負っていた笹が体をふるった。

「悪かったな」
「いいや、それがよい」


桂が笑う。


「影だとて、お前を送りたくなどないからな」



目を細めた顔のまま、桂は己の顔を見た。
唇はうっすらと孤を描きたがっていた。膝に置いた白い手には色が無かった。
昨日死んでいった者たちを思い出す。戦況は、もうほとんど絶望的と言って良い。


「・・・・・・」

氷点の空気に呼吸器官を突かれて、鼻の奥が痛い。
乾いた冬の気配に乗って、竈で飯を炊く炭の匂いと、味噌の香りが流れてきた。
雲に覆われた天井はあと何時で暮れが来るかを知らせなかったが、桂の伸ばした背筋の奥の、暗い和室がしんとするのに、子供は遊ぶ時間の過ぎたことを知る。

ギィ、と板張りが三度鳴いた。
四度目でどすんと重い音がするのを隣の桂は聞いていて、黙って自分の下駄を己の足元に寄せた。
素足の先からじわりと蝕まれるように冷えるので、早く暮れてくれと思う。
下駄を寄せた桂の足は冷えていた。
黒々とした木々や山の影を送って、曇天に何人もの同士を映した足だった。



鼠色を鈍色に。鈍色を鉛色に。黒橡、濡れ羽色などもっと良い。
誰も桂の影を送れなくなった刻限に、きつく抱いてやろうと思った。


おろしたばかりの真白い羽織で桂を抱くのを待つあいだ、今朝方捨てた赤黒の羽織を思い出している。








【遥かなる影】





攘夷銀桂。



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