「着いたか」
「ああ」

車を走らせている間、桂は確かに大人しかった。
屯所の前で車を停めて、後部座席から桂を出すと、周りを隊士が取り囲む。事前に俺が桂捕縛を伝えておいたために、屯所の周りはほぼ真選組総出状態だ。塀の上に腰掛けて、総悟がつまらなさそうな顔で投網を弄んでいる。・・・投網?
車を出た桂は授賞式に出る俳優のように堂々と背筋を伸ばし、くるりと俺に向き合うと不敵に笑った。

「さて、約束は果たしたな」
「あン?」
「『大人しく貴様らの処まで行く』という約束だ。もういいか?俺は帰らせてもらうぞ」
「オイコラふざけんな。きっちり捕まってもらうぜ」
「俺は『捕まってやる』とは一言も言ってない。約束通りここまで来たのだから、ここでサヨナラだ」

ほとんど詐欺に近い桂の言に、周りの隊士たちに緊張が走る。大捕り物が間もなく始まることを察したのだろう。無論俺もだ。ここまで来てはいサヨナラ、なんてそんなんありか?ねーよ。
顔を険しくして身構えた俺を見て、桂は笑った。その手にはまだ無骨な鎖が付いている。そして、

ちゃっ

不自由な手で器用に懐から何か取り出すと、キュッ、とソレを口元に当て、素早く俺の懐に入った。
・・・というか、寄り添った。

「土方、」

ぅわん、と桂の声が響く。いや比喩じゃなくて。エッ何だこれ。拡声器?
からかいの声音だが、随分甘やかなソレが屯所の周りに鳴り渡る。ざわっ、と隊士たちがどよめく気配がした。
桂はそのまま片手をじゃらりと俺の胸に添わせ、つっと一筋意味ありげに這わせ、黒々とした瞳で俺を見た。そして、ニヤッと笑い、
言った。

「今日は楽しかった。ありがとう」

ちゅっ

どよよよよっ!

言っとくが拡声器付きだ!
桂は初デートに誘われた少女のようなセリフを吐くと、すりっと頬を寄せて俺の耳元近くにキスをした。しかもご丁寧にバカ響くリップ音まで付けてだ!
ビシッ、と動けなくなる俺に周りのどよめきが最高潮に達する。と、


ドカァァアアン!!


俺の後ろを爆音が通る。ぶわっと頭が押し下げられるような爆風に、隊士が随分吹き飛ばされた。
石化のショックで反応が遅れた俺を桂は見逃さなかった。拡声器をずらし、すれ違いざまに耳元で囁く。

「ではな、狗」

振り向いた時には、駆け出した桂の姿は既に煙の中に消えていた。
煙が散って隊士たちが桂を追う。桂は白いペットの運転する車の屋根に飛び乗って、颯爽と走り去っていく。

「バイビー」









「アーララ、ヤラシー関係持った上に逃げられたんですかィ。こりゃなっさけねーや。ハイ土方、士道不覚悟、切腹ー」
「エエェェエエ!?いや違うだろ!アレ違うだろォォオオ!!」




ぅわん、と拡声器に乗って、忌々しい声がいつまでも響いていた。













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