ゴオォォォ。キャーッ。
はーい良い子のみんなぁ、コンニチワー!
ちゃんちゃららららん♪ちゃらららん♪


密売密会・ヤバイ話に人目の多いところはタブー。というのは嘘だ。
誰しも目的を持って訪れる場所ならば、他人は目に入らない。例えば美術館や水族館なんか。親子連れの多いところなんか特にいい。大人の視線が低くなる。人出が多ければなおさらだ。つまり休日の遊園地なぞは、格好の隠れ蓑という訳だ。
が、人を隠すなら人の中。監視の目には気をつけたいところだ。例えば、咥え煙草の私服警官とか。


「あのオバQ・・・やっぱりあの呉服屋・・・!」
「あの商人・・・やはりエリザベスを・・・!」


「「・・・・・・・ん?」」



【ペテン師ジャックを撃て】



ガシャンッ

こいつの腕に手錠をかけるのは何度目だろう。手錠をかけたり縄で巻いたり、そこまでだったら時々はいくんだが。
両手に枷を嵌められて、隣で桂が喚いている。おい芋侍今は遊んでいる暇なぞないだの、それどころじゃないんだ俺は、とっとと外せコレだの。その間にもいつ取ったのか俺の手から双眼鏡をかすめ、ジェットコースターの向こうの白い化け物とその隣の男に視線を注いでいた。
60半ばを過ぎたほどのその初老の男は、孫を連れて遊園地に来たが疲れてしまいました、というような風情で飄々と人の良い笑みを浮かべている。
あれは最近江戸で勢力を伸ばす大店呉服屋の主人。攘夷思想にかぶれて攘夷浪士に金を流している、ごろつきを囲っている、とタレコミがあり、こうして俺が張り込んでいる。山崎?あいつは別件だ。こっちも忙しいんだよ。

「まさか党首様自らお出ましたァな。ありゃ余程でけぇヤマと見える」
「でかいヤマだと?当然だ。無論俺はエリザベスを信じているがな」

そう言いながら視線を向ける桂の顔は険しい。表情の変化に乏しいのと、なまじ造りが良いのとで陶器の人形のようだと思っていたが、こうして眉を寄せて唇を噛み締めていると人間味が出るものだ。
もっとも綺麗な造りのぶん凄みが出ているが。
桂がここまでご執心とくれば、あの親父間違いなくクロだ。カシャカシャと何枚かを写真に収める。
ついでに向こうに夢中の桂の横顔も撮っておいた。まあ顔の広いテロリストだ、こっちは今更かもしれないが。
今回は金銭の授受か、取引の交渉か。桂の視線の先で時々オバQのプラカードが翻る。

「いずれにせよアレと一緒の写真がありゃあ、後あのジジイについちゃ差押令状が出る。
それより今はテメーだ。オラ、屯所までご同行願うぜ桂」
「何だと?だから俺は今忙しいんだと言ってるだろうが」
「見りゃわかるが知ったこっちゃねーんだよ。両方いっぺんに相手にすんのは骨が折れる、こっちは後で隊士を寄越すからよ」
「待て。見届けなければ安心できん。どうしても俺を連れてゆくというならな、ああそうだ、俺がここでエリザベスを見届けた後ならば、大人しく貴様らの処に行ってやってもいい」

何だって?
咥えた煙草が落ちそうになった。ここで取引を見届けたら捕まってもいいとそう言うのか?攘夷最大派閥の党首が。
精々小悪党の商人ふんじばるだけかと思っていたが、まさか穏健派の代替わりか?いやまだ桂は若い。将来有望な攘夷浪士を育てようと、そのための金の流れを作ろうと、そういうことか?
何であれこの話、俺が思っていたよりも余程大ごとなのではないか。
怪訝な顔で桂を見ていた俺を、桂が振り向いてふっと笑った。

「何だ、その顔は。俺は約束を違えんぞ。心配なら指きりでもするか?」

そう言って左の小指を突き出した。その時にチャラッ、と手錠の金属音がするのが生々しくて、そのくせ静かに俺の目を見て笑う桂は非日常的で、そのギャップを埋められないまま俺は自分の小指を桂に絡めた。蒸し暑い夏に触れるビー玉みたいな、なめらかで心地よい指だった。

「・・・・・・逃げンなよ」
「くどい」



***



「あの男が攘夷思想?フン、確かに攘夷とは名ばかりのゴロツキを囲っておるようだが」

党首格の人材養成のための援助要請。もしくはそれに準ずる大仕掛け。
そう思って固唾を飲んだ俺の予想は、その後5分で砕け散った。

「あれに思想などあるまいよ。汚い手で荒稼ぎをしおって」
「じゃああの親父はシロだってか?あのオバQと密会させてんの見せといてよく言うぜ」
「オバQじゃないエリザベスだ。エリザベス・・・あの男、よりにもよってエリザベスを」

ギリッ、と歯をくいしばる桂の表情は相変わらず険しい。
先程絡められた小指は既に双眼鏡をがっちりと掴んでいて、力の入れすぎで色を失っている。
ふわりと柔らかい風が吹いて桂の髪を揺らす。さらりと涼やかな音がして、艶やかな毛筋が散った。
珍しい、長閑な小春日和だ。こんな時でもなきゃあ絶好の昼寝日和だったが。

「エリザベスはできるやつだ。掃除洗濯、スケジュール管理、晩ご飯の買出しまでバッチリだ」
「そんなことさせてんのか」
「だから奴の気も解らんではない。が・・・よりにもよってこの俺のエリザベスを」
「何なんだ?」
「へっどはんてぃんぐだ」
「は?」
「分からんか。引き抜きだ。あの親父、エリザベスを自分の秘書として引き抜くと言うのだ!!」

お前らんトコはライバル企業か。
つまり自分の可愛がっているペットが余所者の親父に取られそうなんで張ってました、とこういうことらしい。頭が痛くなってきた。攘夷党の党首って何だっけ?
ともあれ呉服屋のほうは決定打にはならないらしい。これで桂を捕らえる約束が無きゃさっさと桂だけ連れて帰るところだ。つーか帰りてェ。

少しして二人(?)が動いたので、俺たちは少し距離を置いて追った。
あのエリザベスとやらの使うプラカードは会話の聞こえない位置でも見えることがある。相手が双眼鏡でも持っていれば尚更だ。あの親父、恐らく会話がプラカードで読まれる恐れがあるとは思い至らなかったのだろう。まあ日常普通の人間を相手にしてりゃそうもなるわな。
とにかくそれを何とか隠すために、親父はエリザベスを動きのある乗り物に連れて行こうとしているらしい。

「早く来い芋侍」
「おいヤメロその芋侍っての」
「やかましい奴だな。いいから行くぞ土方」
「え、あ・・・・・ハイ」









短編で書こうと思ったら長くなった・・・




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